73話:亡霊令嬢の畑3
ダンジョンの上に存在する亡霊令嬢の畑。
そこには魔王の四天王の配下の魔物が潜んでいた。
その姿をひと言で表すなら、黒い虫。
さすがに見るからに黒い悪魔とは違うため、錯乱はしない。
それでもアンドリエイラは取り乱している。
サリアンがアンドリエイラを牽制している間に、冒険者たちは武器を構えて駆除にあたった。
「あ、こいつめっちゃ草食ってる」
ヴァンが言うとカーランがいきり立つ。
その目は欲に染まっていた。
「おいやめろ! それは珍しい東の国の香草だろう!」
独特の香りがする小さな種が、香辛料の一種の胡麻。
葉がなくなれば種を作るための花さえ咲かないのだ。
カーランが距離を詰めると、さすがに魔物も食事を中断する。
その間に、ホリーは必要な道具を荷物から取り出し始めていた。
「私は駆除剤を調合するので、モートンさんは守りをお願いします」
ホリーは慣れた様子で調薬にとりかかる。
森での活動で虫に襲われることは珍しくない。
そのため薬師としての役割の一つに害虫駆除があり、必要なものも常備している。
モートンは盾を構えると、ホリーを守る位置についた。
ただその間に、魔物はカーランから離れてまた別の植物を引きちぎり始めている。
「任された。ずいぶん暴食だな。次々に葉を食い荒らしている」
「うわ。こっちにも食われた跡あるよ。これ枯れちゃうかも、害虫だぁ」
コオロギににた魔物を逃がさないよう回り込むウルは、別の場所でもすでに被害が広がってることに声を上げた。
入ってすぐは見えずにいたが、回り込んでみれば枝ばかりになっている植物も目につく。
それだけ魔物が食い荒らしたのだ。
しかもアンドリエイラが自重など知らずに、欲しいものをダンジョンに育てさせた畑。
大金を払ってもなお入手の難しい遠国の植物さえ、魔物は知らぬ顔で消費している大損害。
「もう我慢ならん!」
カーランが千枚通しを片手に、狙うは害虫の首。
比較的柔らかいと思われる場所に、金目の物を食い荒らす怒りを込めて突き刺した。
しかし相手も魔物。
薄い翅を激しく揺り動かした途端、風の魔法がカーランを追い払う。
「うお!? けっこう固いな?」
カーランに遅れてウルも斥候役として身軽にナイフを振った。
けれど断ち切ろうとした節足は刃を簡単には通さない。
そうして攻撃されたことで、魔物もぎちぎちと口から音を立てて威嚇を始める。
さらには口から黄色い液体を玉にして分泌した。
「多分革くらいなら溶かす分泌液です! 金属で対処を!」
ホリーが威嚇音に反応して顔を上げると、敵の意図を察して注意する。
ヴァンはその言葉に慌てて動いた。
「うわー! そんなのここで吐くな!」
この畑が、金になることはわかっている。
だからこそ食いつくされては困るのだ。
ましてや革を溶かすような強力な毒など、草木に悪影響しかない。
ヴァンの大ぶりな振り下ろしを避けた魔物は、分泌液を吐き出すことはしなかった。
ただ地面に垂れる分泌液に触れた草は、黄色くなって萎れてしまう。
それを見て、アンドリエイラも肩を怒らせた。
「ちょっと、本当に害虫じゃない。すぐに駆除してやるんだから」
「待て、お嬢。お前のやり方じゃ周辺の植物も被害に遭う」
「じゃあ、あなたがやって」
「俺だって魔法じゃ危ないだろ。密集して生えてるから植物巻き込むぞ」
サリアンが害虫駆除から引いてるのは、理由があった。
剣士と魔法使いを兼任するので、ここで魔法を使うのは周囲を巻き込む恐れがある。
剣で対応するには、固さから見るに力が足りない。
「…………お嬢、黒い悪魔じゃないし触るとかできないか?」
「無理!」
「ぐ!? 耳元で叫ぶな!」
魔法は接触して使うほうが、範囲の指定も周囲への影響もコントロールできる。
それなら害虫の魔物だけをアンドリエイラが殺すことができるはずだった。
けれどアンドリエイラは虫自体があまり好きではないので、全力で拒否。
もちろんサリアンも好んで虫に触りたくはない。
ただ必要ならやる。
それが魔物でなければの話だが。
(ナイフ通らない魔物に触れる距離なんて、完全に大怪我だ!)
もちろんサリアンだからこそ、腕一本失う懸念がある。
アンドリエイラであれば、同じ魔物である上に格上のため、無傷だろう。
ただそれを本人が嫌がるのだ。
「何してるの、早く駆除して!」
「相手、魔王の四天王が連れてた魔物だぞ! 無茶言うな!」
あからさまに固いが、見た目は虫。
魔法も連発できるほどの魔力量があり、魔物の質は高水準と言えた。
さらに場所も悪い。
安価で村人がよく使うハーブもあるが、中には周辺では栽培できないはずのハーブや香辛料もある。
そんな宝の山を傷つけるわけにはいかない。
そのため人間側の動きも鈍いのだ。
「うわー! やめろそれを吐くな!」
「ちょ!? かまいたちでなんか実が落ちたよ!?」
大きく飛ばないようけん制をするカーランとウル。
身軽さから細かく動き回るが、相手も虫なので、何とか追いつく程度。
その上強力な魔物でもあり、二人も攻撃を抑えきれず振り回される。
「待て、こらー! この、避け、るな!」
「く、動きが早すぎてこちらでは無理だ!」
大柄なヴァンとモートンの攻撃なら、魔物に痛打を与えられるかもしれない。
けれど当てられるほど甘くもないのは、さすが魔王の配下と言うべきか。
「もう、さっさと内側から焼いてちょうだい!」
「はぁ? それすると剣が痛むんだよ」
業を煮やしたアンドリエイラが、サリアンを押して退治方法を指示する。
だがサリアンもそんな武器を損耗させることはしたくない。
「それにホリーの薬ができれば倒せるんだ。焦るな」
「あれ、たぶん弱らせる程度で殺せないわよ」
「え?」
アンドリエイラの言葉に、薬を作っていたホリー自身が驚きの声を上げた。
「森の浅い所では効くでしょうけれど。魔王の四天王が率いてた魔物だから、それくらいの耐性はあるはずよ」
アンドリエイラの言葉を聞きながら、ホリーは手を止めずにいるが不安が表情に浮かんでいた。
窺うように妹分に目を向けられたサリアンは、一つ頷く。
「…………いや、弱らせられれば十分だ」
「だったら、もう少しでできます」
「よし、ウル、カーラン! こっちに追い込め!」
途端にサリアンへ文句が飛ぶ。
「こいつ偉そうに!」
「お嬢の盾になるよりましだと思うな」
カーランは深層での疲れもあり、苛立ちを吐く。
けれどウルのひと言で、すぐに怒りも引っ込んだ。
この場で何が一番危険かと言えば、亡霊令嬢だろう。
そのため、二人は言われるままに魔物を追い立て甘い攻撃を連続で放つ。
「ヴァン、まだ動くな! モートンはホリーの後だ!」
「できました! 散布します!」
サリアンの指示の後に、ホリーは魔法で風を操った。
薬剤の入った風が黒いコオロギを襲い、渦を巻く。
まとわりつく風に魔物も応戦して風を当てるが、ほどなく動きが鈍るのが目に見えた。
「押さえ込む! 落ち着いて狙え、ヴァン!」
モートンは盾でひと抱えある魔物を押さえつけた。
注意されたヴァンは不満の声で答える。
「こんなのろい相手なら別に押さえる必要もないって!」
「いいから早くしろ」
サリアンがアンドリエイラから離れて、剣に火を纏わせた。
ヴァンよりも足りない腕力を火で焼ききることで補う。
そうして息を合わせると、同時に剣を振り下ろす。
機動力の要の後ろ脚二本を切断された魔物は、苦痛に暴れようとするがモートンを跳ねのけられない。
そうしてカーランとウルも加勢して刃を振るが、中々切断には至らない。
刃を立ててわかることだが、異様に固い筋が生半可な攻撃を受け付けないのだ。
「だぁ! 虫相手に疲れた!」
囲んで一匹を相手にしたため、それ以上の被害なく倒すことができた。
途端に誰もその場に座り込んで呼吸を整える。
深層で強力な魔物を相手に戦い続けた後では、サリアンが上げる文句を笑える余裕など、誰もなかったのだった。
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