7話:田舎で家を得る2
アンドリエイラは宿暮らしの不満から、家を求めた。
「借家じゃ駄目なんですか?」
「それじゃ手を入れられないじゃない」
「うへぇ、本当にどこのお嬢?」
ホリーに聞かれて答えると、さらにヴァンが呆れる。
そんな一見平和な会話が聞こえていたサリアンは、内心突っ込みを入れるだけで堪える。
(ダンジョンがあって魔物が闊歩する森のお嬢さまだよ)
アンドリエイラが人間のふりでおとなしくしているため、サリアンも正体は明かしていない。
そんな四人が宿を出て歩く先は、魔の森から遠ざかる形。
人混みもあり乱雑な雰囲気のウォーラスの町並みは、人の流入と共に一気に作ったせいか道は真っ直ぐだ。
そんな町の端に見える建物同士の間に梁のような石積みがあった。
石の境を潜ると、町並みが目に見えて変わる。
「あら、昔の面影があるじゃない」
「まさか、来たことがあるのか?」
「えぇ、ずいぶん前だけど。この表通りは変わってないのね」
声を潜めるサリアンに、アンドリエイラがこともなげに肯定する。
サリアンは切り替えて今来た町を指した。
「元からの住人は、こっちを新町って呼んでるな。だからこっちは旧村とも呼ばれてる」
「あらそうなの? 昔は織物で発展して、南のほうに新しく工房がいくつもできていたけれど」
大まかにウォーラスの町は北に森、南に川がある丘陵の立地。
その上でアンドリエイラが知る頃とは、状況も時勢も違う。
「ま、すでに来たことあるなら教会も変わっちゃいないだろ。聖ムーア教会だ」
「ムーア…………私が知ってる教会と場所は同じだけれど名前が違うわね」
場所は村の目抜き通りにあり、教会から三叉に道が別れるかつての村の中心地。
広場になった教会前には市が立ち、新町とは違った穏やかな賑わいがある。
アンドリエイラの呟きが聞こえたホリーが、得意げに由来を語った。
「聖ムーアは周辺の村々が疫病に侵された際に、自ら危険な森に入って薬草を集め、煎じて村人たちを救った方なんです」
「その後、森から帰ってこなかったらしいけど、献身を領主が認めて、国に列聖の訴えを出したんだって」
ヴァンも教会の名前の由来を語るのは、縁があるからだ。
サリアンは迷いなく教会の敷地に入りながら、補足を入れた。
「ようは地方のマイナー聖人未満だな」
アンドリエイラは興味なさげにサリアンの後に続きつつ、脇を突く。
「私を教会に連れてきたところで意味ないわよ?」
「いや、ここに物件とか詳しい奴がいるんだよ。逆にどうにかなると思ったら連れてこねぇ」
異変があって暴れられても困るのはサリアンだ。
「この時間なら朝の務めが終わって昼食の下ごしらえかな?」
「孤児院のほうに子供たちは揃っていると思うけどどうかしら?」
ヴァンとホリーが喋りつつ、アンドリエイラとサリアンの後ろに続く。
無造作に教会の扉を開けたサリアンだが、中からは切迫した声が響いた。
「すぐに孤児院に避難しろ! 早く! ありったけの聖性の物を集めて扉を閉めるんだ!」
サリアンは何も言わず、一度開けた扉を閉めた。
「あいつ、本物だったんだな。酒も女も賭博もやるから、病弱さは神の怒りだと思ってた」
「ちょっと、私に何を紹介しようというの?」
破戒僧としか言えない行状に、アンドリエイラは不審げだ。
拒否されても面倒と見たサリアンは、想像できる状況を耳打ちした。
「たぶんお嬢が教会の結界に入ったから気づかれたんだよ。もっと気配消せないか?」
「あら、そういう意味での本物ね。いいわ、もう一段力を落としましょう」
アンドリエイラは手を胸の前に広げると、その場で魔法の術を編む。
編むという言葉のとおり、常人ではもたつくような繊細な組み立てを、技巧と修練で即座に形成し、完成させた。
魔法を修めているサリアンは横目で見つつ、内心冷や汗をかく。
(この場で本当に一から存在しない魔法を作ってやがる。人間技じゃねぇ)
アンドリエイラの頷きを受けて、サリアンはもう一度扉を開いた。
「能力はあっても性格と素行が悪い牧師なんだ。で、情報通でもあるからちょうどいい物件紹介できるかもしれねぇんだよ。…………おい、ルイス」
サリアンが声をかけたのは、病弱と言われてわかる、繊細で儚げな美貌の青年。
青年だとわかる外見ながら、中性的な雰囲気がある。
突然アンドリエイラの気配が消えて戸惑っているせいもあり、ルイスは頼りなげに振り返る。
「あれ、さっきまで? 去ったのか? だけど、何かおかしいような?」
「おい、ルイス」
振り向くも、考えごとで無視されたサリアンがもう一度声をかける。
ただうるさそうに手を振って追い払おうとするルイスに、サリアンは怒って一人ずんずんと教会の奥へと踏み込んだ。
「ご友人でいいのかしら?」
アンドリエイラはホリーに聞く。
「えぇ、サリアンとルイスはこの教会に付随する孤児院の出身です」
「あら、じゃああなたたちもここに?」
「そうだけど、ちょっと違うかな。俺たちの母親がサリアンと知り合いだったらしいんだ」
ヴァンは特別思うこともない様子で身の上を語った。
「私たち、母が死を覚悟した時この孤児院に預けられたそうです。幼く記憶はありませんが」
「覚えてるのは、俺とホリーをサリアンがルイスに預けて冒険者してたことかな」
つまり孤児院で養育されたが、あくまで預けるという形。
本当に孤児院で生活するしかない子供たちとも違う、微妙な立ち位置だ。
それが許されたのはサリアンが出身者であり、ルイスが孤児院を管理する側に立っていたからだった。
「ルイス、騒いでいたが何があったんだ?」
「もう、二日酔いの頭に響くってぇ」
そんな話をしていると、教会の奥から新手が現れた。
長身で発育良好なヴァンよりも、身長と厚みのある銀髪の強面。
一緒にいるのは、赤毛で服の胸元はだらしないが、体のメリハリはしっかりした女性。
赤毛の女性は一度、アンドリエイラに目を向けて怪訝そうな顔をする。
「モートンとウル。あの二人も冒険者で、モートンが聖職者系の能力持ってるから、教会を手伝いに来ることもあるんだ」
「ウルはモートンと組んでいる冒険者で、見てのとおり私生活はだらしない方ですけど、小さい子たちとはよく遊んでくれます」
そんな二人の冒険者が、ルイスに無視されて怒るサリアンの所へ向かう。
するとやいやいと騒ぐ声が大きくなった。
そしてサリアンが何かを話すと、全員の目がアンドリエイラに向かう。
その中で聖職者の能力、加護を受けて祓邪を行う神官のモートンが声をかけた。
「お嬢とやら、あなたは騙されているかもしれない。話を聞かせては…………」
「おいぃー!? だからなんで俺が悪いことが前提なんだよ!」
文句を言うサリアンに、弟分と妹分からも養護はない。
「まぁ、普通そう思うよな。サリアンだし」
「日頃の行いですよ、サリアンなんですから」
手厳しいのはそれだけのことを過去にしたからこそ。
赤毛のウルもサリアンが悪事を働いた前提で言う。
「さすがにあんな小さい子、しかもお貴族さまっぽい子をカモにするのはヤバすぎるって」
「だから、違う! お嬢が白銅貨五枚程度の宿での暮らしは嫌だっていうから!」
「それで俺に頼るのはあんまりじゃない? いくら世間知らずのお嬢さまだからって、少しは良心持てよ」
聖職者として不良なルイスにも窘められ、さすがにアンドリエイラも信用がなさ過ぎて笑う。
その上で、話が進まないので声をかけた。
「サリアンが言っていることは本当よ。私が望んだことなの。私に似合いの物件があるなら教えてくださらない?」
言いながらアンドリエイラは教会の入り口から、祭壇方向へと向かう。
(確かに力は本物ね。けれど、この程度で私を祓うことなんてできないわ)
ただ一人、なんの痛痒もなく教会を歩くアンドリエイラの異常を知るサリアンは、おかしいと言わんばかりの表情を向けた。
アンドリエイラはそんなサリアンに近づいて、隠し切れない嘲りの笑みを浮かべる。
「ずいぶんな人望でいらっしゃるわね?」
「まぁな」
嫌味に盛大に顔を顰めてサリアンは、そのまま顔馴染みたちを睨み据えたのだった。
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