69話:ダンジョン探索4
ダンジョンの入り口で、長大な縦穴を出現させたアンドリエイラ。
落とされた人間たちは、刻々と底の見えないほどの穴を落下しながらも、現状への対処に腐心した。
「下手に動くな! ヴァン!」
「壁壁壁壁ぇぇええ!」
落下中のサリアンは、慌て始めたヴァンを掴んで引き寄せる。
ウルはずっと叫んで、危険を知らせていた。
下手に動けば体勢が崩れて、縦穴の岩壁にぶつかる。
そうなれば人間の骨など簡単に砕け、皮膚は千切れることだろう。
さらには勢いづいて落下するさなかに互いがぶつかれば、もはや制御など利かず岩壁に衝突するのは間違いない。
「底が、見えない! く、まさか最奥まで直通だとでもいうのか!?」
「あぁ、くっそ! お嬢め! これは悪戯じゃすまないぞ!」
脂汗を浮かべながらも、落下位置を確認しようとするモートンの横で、カーランは上を見て元凶を呼ぶ。
「あら、深層へ行きたかったのでしょう? だから手早く用意してあげたの。そんなに喜んでいただけて嬉しいわ」
自ら飛んでやって来たアンドリエイラは、人間たちの慌てようを笑った。
完全に面白がっている。
そんな相手に、ホリーが声を振り絞り確認した。
「ちゃ、着地はどうするつもりですか!? 考えてこの穴に落としたのですよね?」
「どう? 下を水か砂にすれば良くないかしら? うーん、どれくらいの量があればいい?」
「死ぬから! やめて!」
ヴァンが端的に訴えると、アンドリエイラは困ったように口元を押さえた。
「この人数飛ばすのは、制御が面倒なのに…………」
「じゃあ、なんで落とした!?」
当たり前のサリアンの問いに答えがあるとすれば、もちろん面白いからだ。
逆にそれだけしかないから、さすがにアンドリエイラも口にしない。
取り繕うように、アンドリエイラは面倒さを前面に出して着地を考え始めた。
(落としてしまったから、今から地面をせり上げても駄目よね。勢いがつきすぎてるし。あ、そうね。勢いを殺せばいいんだわ。下のほうから風を巻き起こして噴き上げて。うふふ、面白い悲鳴が聞けるかもしれないわね)
またよろしくない悪戯を思いついて、アンドリエイラは恩着せがましく対処することを告げようとする。
けれどそんな少女の腰に、突然衝撃が走った。
バランスは崩れるが、岩壁にぶつかるようなへまはしない。
アンドリエイラは不満を前面に出して、腰にしがみつく腕の持ち主を呼んだ。
「ちょっと、ウル。危ないで、きゃぁあ!?」
腰にウルが抱き着くまではまだ余裕があった。
しかし続く重量に驚き、アンドリエイラはさらに少女らしい悲鳴を上げる。
何故ならウルに倣って、全員がアンドリエイラに体重をかけられるようにし始めたから。
同性のホリーも遠慮なくアンドリエイラに抱き着き、そのホリーに兄弟のよしみでヴァンが抱き着くと、さらにサリアンも加わる。
カーランとモートンはさすがにウルを頼ることはしないが、ヴァンとサリアンを支えにしつつ、アンドリエイラの両肩にそれぞれ手を置き体重をかけた。
「待ちなさい、こら!」
重さが増して、バランスも悪くなり、アンドリエイラも危機感を覚える。
「ま、お嬢が飛んでるんだから、そのお嬢に掴まればいいわけか」
「正直申し訳ないが、これも自らの行いの結果と受け入れてもらおう」
半笑いのサリアンに続けて、モートンまでもが擁護しないのは、そもそも穴に落とした張本人だからだ。
実際アンドリエイラに掴まったことで、落下に安定感が増している。
アンドリエイラ自身は落下ではなく飛行であるため、支える力があるのだ。
「お嬢! 着地はゆっくりしてよね!?」
「安全に、安全第一でお願いします!」
「耳元で騒がないでちょうだい、もう!」
ヴァンとホリーに続けざまに懇願され、アンドリエイラは辟易して岩壁に手を向ける。
途端に、足元に岩壁から棒のような岩が突き出し、螺旋を描いて階段状に下へ続いた。
「もう、これでいいでしょ! 自分で歩いてちょうだい!」
「何故そこでお嬢が怒るんだ。できるなら最初からこうしろ」
カーランのほうが怒った様子で文句を吐くが、足がついた途端に下へ向かうのは欲。
そこに少々の恐怖も含まれているのは、アンドリエイラだけが感じる感情の揺れ。
(ふん。間抜けな顔も、必死な顔も見られたし、これくらいにしておきましょう)
もちろん後で笑うつもりでしっかりと、怯えていた様子は覚えておく。
アンドリエイラは謎の縦穴から脱出しようと急ぐ冒険者たちを追った。
ただ、余裕だったアンドリエイラにも誤算はある。
「あら?」
「おい、なんか魔力の流れがおかしいぞ」
「邪悪な気配を感じる、これは敵意だ」
アンドリエイラが呟くと、魔法使いでもあるサリアンが気づいた。
神官のモートンも害意を察知し辺りを見回す。
異変に真っ先に気づいたのは、命の危機に関しては勘の冴えたウルだった。
「上! っていうか足元もだよ!?」
全員が警戒して指示された方向を見る。
すると視界の届く範囲のギリギリで、突き出した岩の階段がうねり形を変えていた。
「どういうことだ、お嬢!」
カーランにアンドリエイラも真面目な顔をして足を止める。
「説明してる余裕はないわ。ともかく足場が安定しているところへ行かないと。この人数はフォローしきれない」
珍しく真剣な様子に、ホリーも手短に対処を問う。
「でも何処へ?」
「ないなら作るまで、よ!」
細い指で拳を握り込んだアンドリエイラは、容赦なく岩壁を殴りつけた。
少女の拳でダンジョンが揺れる。
うねり姿を変えていた足場の岩も震え上がるように硬直し、岩壁には見間違いようもない横穴が口を開けた。
「ほら、早く」
言ってアンドリエイラは横穴に飛び込む。
考える暇もなく冒険者たちも続くしか道はない。
そうして竪穴からアンドリエイラたちが消えると、途端に背後に岩が触手のように形を変えて追い駆けて来た。
「あれ何!?」
ヴァンは走りながら背後を確認して叫ぶ。
「あら、あなたたちのほうがよく知ってるんじゃないの?」
「ダンジョンでこんなことになった記録はない!」
サリアンは言外に、原因がアンドリエイラだと指摘する。
もちろんアンドリエイラも薄々感じ取っており、否定はなかった。
「おかしいわねぇ」
「何がおかしいかを説明しろ!」
カーランも走りながら聞くが、行く先は行き止まりで足を止める。
しかし速度を緩めないアンドリエイラは、小首をかしげてすぐさま蹴りを見舞った。
「どうしてこんなに聞きわけが悪くなってるのかしら?」
「ひぃ、だめだめだめ! これ完全に全方位駄目!」
行く手の岩を破壊して新たな横穴を作り出したが、ウルは勘で悲鳴を上げる。
つまり危険が周囲を覆っているのだ。
それが指すところは一つ。
「ダンジョンが襲ってきている!?」
モートンが信じられないように言うが、アンドリエイラは否定しない。
「畑は少し元気がない程度だったのに、どうしてこんなおかしな反応するようになってるのかしら?」
その言葉にアンドリエイラ自身が手を打って気づいた。
「あぁ、こっちは畑じゃないから、私を食らってもいいと解釈したのね」
「あぁ、じゃねぇ!」
サリアンが盛大に突っ込む。
つまりはダンジョンにいるアンドリエイラでは、大前提が覆っているのだ。
ダンジョンという魔物を畑として躾けたものの、その躾の範囲外だと、ダンジョンである魔物は判断した。
その上で狙われている理由は一つ。
アンドリエイラの捕食。
「弱ってる今、一番吸収して栄養価が高い相手を全力で捕まえようとしてるのね」
つまりは、神さえも凌ぐ森の主。
そんな考察をしている内に横穴を走り出ると、広い空間が広がる。
ホリーは周囲を見回して息をのんだ。
「ここ、深層です。そんなに落ちて来てたなんて」
「あら、目的地には着いたのね。良かったわ」
アンドリエイラは余裕だが、すでに深層の魔物たちが獲物を求めて目を光らせていた。
冒険者たちは武器を構えると、今まで相手にしてきた魔物との違いに眉を顰める。
「さて、それじゃあ、ついでだから躾け直しをしましょうか」
ただダンジョンの外の主であるアンドリエイラは、無人の野を行くが如く歩き始めたのだった。
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