68話:ダンジョン探索3
ウォーラスは目立つ産物もない田舎の町だが、その壁は他に類を見ない。
理由は魔物の住まう森にあり、いつしか森の中にダンジョンが生まれたことにある。
発見はここ百年のことで、気づけば存在し、食材となる希少品を産出する、珍しいダンジョンだった。
もう一つウォーラスのダンジョンの特異例を挙げるならば、未だにあふれたことがないこと。
ダンジョンで増えすぎた魔物が住処を変えて、被害を出すようなことは、ない。
それはひとえに、元から魔物が住む森の中にできたからだと言われる。
魔物同士で潰し合っているのだろうと。
そんな楽観から、田舎のウォーラスは賑わいこそすれ危機感は低い。
ところが森から現れた巨馬の襲来で、一時大変な緊張と恐怖を植え付けられた。
「つまりあの馬は、森の外は安全だとか思ってた奴らにとって予想以上の脅威だったわけだ」
「それはおかしいわ。馬よりも強いドラゴンはすでに森にいたのに」
アンドリエイラが頬を膨らませると、サリアンは苦笑するしかない。
何故なら脅威を目にして、森に行くために門の通行が、以前とは違っていたのだ。
軽装を理由にアンドリエイラが止められた。
以前は護衛がいれば大丈夫だったが、状況が変わり、そんな物見遊山は許されないと言われている。
ただ止められた側からすれば、憤慨するばかり。
サリアンからすれば、状況を変えた張本人に自覚がないのが悪いとも思う。
「だから少しはそれらしい恰好しようっていったのにー」
「せめて護身用のナイフくらいはと言っても、無骨で嫌だと言いましたよね」
呆れるウルとホリーは、アンドリエイラの衣服を最初に世話した。
そのため今回ダンジョンに向かう際の服装も用意しようとしたのだ。
けれどそれを拒否したのはアンドリエイラ本人。
可愛らしい服装のまま、気ままに散歩をしたいのだと言って。
それで本人も同行する冒険者たちも、何一つ問題がないことは知っている。
しかしことが起きた後の番兵たちに、それは通じない。
「しかも行き先ダンジョンだしね」
「村人も岩塩狙いで行きたがっているからな」
止められるのも当たり前だというヴァンに、モートンも番兵が口うるさくなる理由を口にした。
塩は必需品だ。
その上で確実に売れると同時に消費もされる。
そうなれば、村人も欲しがるのが必定。
使い捨ての護符を買うよりも、岩塩という数か月分の必需品のほうが高いのだ。
ただダンジョンはもちろん、立ち入りを禁止されていた森も、半月以上放置されていた。
魔物も間引きされず、何処にどれだけが移動しているかもわからない。
近くの森に薪を拾いに行くような感覚では無理だ。
その上巨馬が未だに森にいる。
さらに神鹿という上衣存在も確認された。
そしてそれらを超える未知の存在も、森にいると思われる。
そんな危険があるため、番兵たちも森を舐めているとしか言えない軽装の者は、頑なに止めるのだ。
「通れたんだしいいだろ。早くしろ」
カーランは冷静に聞こえる声で、森へと入って行く。
ただし、その目を見れば欲にたぎっていることは一目瞭然だ。
それを知っている他の冒険者たちはげんなりして続く。
アンドリエイラは簡単に欲に走る姿に笑いを堪えていた。
「確か浅い部分という所では、人が多くいるのだったかしら。だからダンジョンについても奥へ行くのだったわね?」
アンドリエイラが確認を口にすると、周囲に人がいないことを見てサリアンが応じる。
「まぁな。戦えない連中は昼を過ぎてから、ある程度魔物が間引きされた安全な中、ダンジョンに入るようにしてるのは、森が封鎖される前からの習慣だ」
「今日は朝一に、勇者とそのおこぼれほしい連中が勇んで森に入ったらしいよ」
ウルが町での噂を教える。
今は昼前の時間で、ダンジョンへ向かうには中途半端だ。
移動するよりも昼食の準備をしているはずの時分。
そこをあえて狙ったのは、人目につかないようにするためだった。
何せ同行者が人外なのだ。
しかも何するかわからない常識外れの森の主。
冒険者たちは勇者と顔を合わせることさえ警戒していた。
「魔物の数が増えてたら、中層付近に勇者たちはいるはずですね」
「やっぱり増えてるらしくて、まだ深層までは確認できてないって話だったね」
ホリーとヴァンもダンジョンに関するうわさを口にする。
そんな話などすでに商人として知っているカーランは、拳を握った。
「だからこそ、手つかずで収穫もされてない深層のものを根こそぎ手に入れるチャンスだ」
「浅層から深層へ行けるそうだが、それもお嬢の言葉だけで皮算用はやめておけ」
モートンは慎重に忠告する。
散々に常識を壊して、さらにはねじ伏せて解決する。
できると言うならできる。
それがアンドリエイラだと、嫌でも突きつけられた後だからこそだ。
その上で頭から信じるには、やはり常識が違いすぎることに、カーランも口を曲げつつ頷いた。
(確かに、落とし穴でもありそうな感じなんだよな)
サリアンも今までの経験で、アンドリエイラを盗み見る。
カーランは正直、今回欲に引っ張られていた。
そのせいで考えが浅いヴァンはもちろん、慎重派のホリーも引きずられている。
モートンは止める気はあるが、ウルが今の所無反応なため様子見だ。
「お嬢も機嫌がいいし、とっとと言っちゃおう」
ウルが拳を上げるのは、つまり勢いで進んだほうが吉だという印。
勘を信じる冒険者たちは、不安を覚えつつもダンジョンへ直進した。
「まぁ、こうして見るとずいぶんと立派なことになっているわね」
アンドリエイラが言うのは、天然の洞窟に扉や柵を設けてダンジョンへの対策として囲っているため。
その上で救助や簡単な処置のための建物も並んでいる。
「人間が多くて近寄らなかったけれど、石が敷いてあったし、ずいぶん手をかけたのね」
「なんだか逆にお嬢が言う畑がどんなか気になるなぁ」
ウルが興味を示すと、アンドリエイラは首をかしげて見せる。
「あら、面白いことをしてくれるなら案内してあげてもいいわよ」
途端にウルは手を突き出して首を横に振った。
その姿で、サリアンは面白いことのハードルが高いことを知り、カーランも舌打ち。
「ちょうど待ちもいない、さっさと入るぞ。で、浅層ではこっちの指示で動いてもらう」
不慣れなアンドリエイラに、サリアンは危険からではなく何かしでかさせないために、不釣り合いな少女を守る陣形を取って進むことにした。
そうしてダンジョンへ入った途端、ころころと石が転がる音がする。
「うわ、本当に岩塩が出た」
「え、こんな入り口だけで?」
足元の白っぽい石を拾うヴァンに、ホリーは振り返れば見えるダンジョンの入り口に目を向ける。
壁から剥がれ落ちるように足元に転がったのは拳大の岩塩は、ちょうど人数分。
あまりに雑な様子にモートンは溜め息を吐く。
「いったいどういう理屈でこうなるんだ?」
「魔力と内包した素材からの生成物よ。一度取り込ませて構成を覚えさせる必要があるけれど。ある程度は組み換え可能で…………」
アンドリエイラが語り始めると、逆に冒険者たちは困惑した。
それでも一人ずつ岩塩を拾って先に進む。
「ダンジョンに言い聞かせるってなんだ?」
今さらカーランも、アンドリエイラの言動を気にかける。
おかしな現象を前に、いっそ冷静になったようだ。
「魔物の肉体で、外部器官もあれば、内部の主要器官もあるのはダンジョンと呼ばれるここも変わらないのよ。その主要器官を躾けて、外部器官に護符の気配を覚えさせるの。あとは躾けたとおりに反応を返すわ」
「わかる気がしねぇし、もういい。ともかく目的の場所に行くぞ」
サリアンが話を切り上げる。
冒険者は倒す者である。
魔物の生態については、倒すために必要分だけで十分だという考えだ。
商人であるカーラン辺りは、ダンジョンの秘密を聞き出して情報として売ることも考えていたが、情報の信憑性を保証できない限り高くは売れないと考え至る。
何より今はダンジョンという危険に身を晒している状態。
ダンジョンでの収穫も大事だが、一番に考えるべきは命の安全だった。
ただ、アンドリエイラはそんな人間の都合など気にせず笑う。
「ちょうど人もいないし、何処にも行かなくていいわよ。私が命じるだけだから」
そうして笑顔のまま指を鳴らした。
瞬間、通路に忽然と開いた巨大な穴に、間抜け面の冒険者たちが吸いこまれる。
宙に浮いたアンドリエイラは、遅れて慌てだす姿に抑えきれない笑声をあげたのだった。
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