6話:田舎で家を得る1
ウォーラスという町は、別名壁の村と呼ばれる。
魔物の住む森から守る壁が、村の時からあったためだ。
今、町と呼ばれる規模に成長したのは、冒険者の流入による。
魔の森には近年発見された、ダンジョンと呼ばれる魔窟があるのだ。
ダンジョンは謎と危険、そして富に満ちた魔物の群生地。
何故できるのかわからない、いつの間にかできている。
その上でダンジョンの内部には魔物が生息し、周辺にいなかった種類や固有種など様々現れる。
そんな危険と未知に溢れていながら人々を魅了するのは、必ず内部には宝箱があり、訪れる者に与えられるからだった。
「そんな奴らが集まる町の宿屋に求めすぎなんだよ」
「だからってなんなのあのベッド! 適当な絨毯重ねただけじゃない!」
サリアンがぞんざい答えると、アンドリエイラは拳を握って訴える。
「あと、お嬢。実態はともかく外見が幼いから、安全重視で高い宿を紹介したんだぞ」
「あんなベッドに香水も振らない、朝の支度も手伝わないで!?」
「そんなこと求められる宿も困るだろうぜ」
朝いきなり宿泊する部屋に突撃されたサリアンは、深々と溜め息を吐いた。
不満いっぱいのアンドリエイラは、昨日取り繕った余裕などなかったようだ。
「ったく。おーい、お嬢。猫剥がれてんぞ」
「何よ猫って」
「猫かぶり」
言って、サリアンは、ポカンとアンドリエイラを見つめる同室二人を指す。
そこにはオレンジ髪のヴァンとホリーがいた。
目が合ったことでホリーが、思ったことをそのまま伝える。
「まずベッドがあるだけいいほうなんですよ、お嬢」
声をかけられたアンドリエイラは、改めて突撃した部屋を見回した。
そこは兄弟のヴァンと、サリアンと共同のひと間。
ベッドだろう木枠に寝具はなく、着替えの時だけ使うだろう衝立が目につく。
そして清拭にしか使えない大きさの盥が、壁に立てかけられているだけの板間。
それらを見たアンドリエイラは、口元を覆っておののいた。
「年頃の娘をこんな環境に置くなんて! そもそもあなたたちなんで一緒なの!?」
指を突きつけるアンドリエイラに、ヴァンが指を動かして答える。
「俺とホリーが血縁。サリアンは保護者枠。もっと小さい頃から一緒に寝てたから今さらだね」
「風呂やらなにやら世話した相手にどうこうする気はねぇ。変な誤解すんなよ」
サリアンも、男女の仲を疑うことに不快感をあらわにした。
「お嬢、お前が泊まった宿は白銅五枚もするんだぞ。こっちはもっと安いんだからな」
「孤児院のほうがもっとぼろかったしお金払うだけこっちのほうがましなんだぞ」
サリアンに頷きながら、ヴァンは現状が悪くないことを訴える。
曰く、期間を決めての先払いで広い部屋を長期占有状態。
もっと大人数で狭い部屋で寝るしかない、孤児院よりも悠々自適。
一人で高い宿に泊まった上で、文句を言うほうが悪いと言わんばかりだ。
しかしそんなことで怯むほど、アンドリエイラも気弱ではない。
「何を言ってるの。盛りのついた男と夜を過ごすだなんて、ホリーの女性としての尊厳が汚されるわ」
「いえ、その。ヴァンは血が繋がっていますし、サリアンは孤児院の兄のような存在で」
「駄目よ、こんな生活に慣れちゃ。忍耐は美徳だけれど、底辺に甘んじるのとは違うわ」
アンドリエイラはお嬢だからこそ、現状の扱いの悪さを訴える。
ただ言っている内容に、ヴァンは令嬢とは違った存在を思い描いた。
「なんか、お節介なおばさんみたい」
「いや、ありゃ礼儀にうるさい婆さんだ」
ヴァンとサリアンの軽口に、アンドリエイラは音もなく近づいた。
もちろん浮いているのだが、知らないヴァンとホリーはその早すぎる移動に目を剥く。
その上で、アンドリエイラはヴァンとサリアンの肩を小さな手で圧した。
その細い腕からは想像もできない圧に、ヴァンは対応できず目を白黒させる。
ただ正体を知っているサリアンは、即座に謝罪を叫んだ。
「悪い! 俺らみたいなのじゃよくある冗談だ! 口の悪さは育ちからわかるだろ!? 謝るから許してくれ!」
「ふん、お気をつけなさい。…………それで、白銅ってどれくらいかわからないけど、高いほうなの? せめて男女別にすべきよ」
アンドリエイラは手を放して、まだ現状の改善を要求する。
心配されるホリーは、サリアンの素直さに驚くと同時に、アンドリエイラの気遣いを無下にもできない。
「お嬢、私たち冒険者一人が一日に稼げるのは白銅五枚あれば多いくらいなんですよ」
ともかく兄貴分のサリアンがお嬢と呼んで気を遣う相手の疑問に、ホリーは答える。
「その白銅っていう硬貨を知らないわね。二百年前にはなかったはずだし」
「二百?」
埒外の数字にホリーは理解が追いつかず聞き返す。
それに慌ててサリアンが声を上げた。
「こういう銀色の銅貨だよ。これの下に青銅、黄銅があるんだ。上は銀貨や金貨で、こっちは大きさで値段が変わる。いやぁ、お嬢には馴染みないんだろうがなぁ」
アンドリエイラが高貴過ぎて、常識がちがうのだと誤魔化す。
銅貨は三種類で青、黄、白の順で安い。
銀貨はたまに庶民も使うが、金貨になると身分のある者しか手にしない。
「へぇ、昔よりも硬貨の形が綺麗ね。銀貨に見えるのに銅貨だなんて面白いわ」
アンドリエイラは気にせず、サリアンがみせた白銅貨を眺める。
見るからに少女が古臭いことを言っている姿に、サリアンは呆れた。
(昔と比べるって、年寄りが言いがちだよな)
そう思うが、サリアンももう口に出すことはしない。
同じ目に遭ったヴァンも、アンドリエイラを警戒して距離を取った。
(なんか知らないけど、あの子ヤバい)
そんな男二人を気にせず、アンドリエイラはホリーと向き合う。
「やっぱり年頃だと気を使うこともあるでしょう? それは正しい成長の証よ。我慢することじゃないの」
「まぁ、そうですね。サリアンはお願いすれば外に行ってくれるんですけど、ヴァンが」
「おい、待て。なんの話だ?」
サリアンは保護者として話に入ろうとするが、途端にアンドリエイラとホリーから冷たい視線を浴びる。
「デリカシーがないわね。察して気づかないふりくらいしなさい」
「こういうなんでも根掘り葉掘り聞いてくるのも、正直…………」
ホリーからの不満に、サリアンはショックを受けて固まる。
さらにヴァンが大いに頷いた。
「わかる。サリアン口うるさいんだよ。俺たちだってもう一人で食事もできないような子供じゃないんだよ」
「お、お前らはまだ冒険者としても駆け出しで…………」
「それとこれとは違うだろ。交友関係にもすぐ口だしてくるし、正直部屋別って俺も金があればそうしたい」
同性であるヴァンだからこその、遠慮ない言葉。
弟分からの拒否に、サリアンは胸を押さえて唇を噛み、寂しさと嘆きを耐える。
その姿に、さすがに可哀想になったホリーが咳払いをしてフォローを入れた。
「とは言え、サリアンに世話をされている身の上です。文句ばかりよりも現状を良くするように努めるべきでしょう。なので、お嬢が心配してくださるのは嬉しいですが、私たちは私たちのやり方で暮らしを維持します」
「やり方を探るにも、方向性を決めたほうがいいわよ。そう言うのは自分の意思でこれと決めたほうが、やる気にもなるもの」
アンドリエイラはそう言って、手を打った。
「そうそう、私も文句を言いに来たんじゃないのよ」
「じゃあ、なんだったんだよ、今までの?」
サリアンが八つ当たりぎみに水を向ける。
弟分妹分よりも年下に見える少女に当たる、大人げなさ。
非難の目を向けられても知らぬふりをするサリアンに、アンドリエイラは些細な抵抗を吹き飛ばすように言った。
「宿を自分の思うとおりにしても問題があるわ。だったら、私は自分の家が欲しいの。紹介してちょうだい」
「「はぁ!?」」
突飛で非現実的な発言に、ヴァンとホリーは声を上げる。
しかしサリアンからすれば、すでに館を持っていることを知っていた。
悠々自適に暮らしていた様子も垣間見ている。
ただ現実的に言うと、不動産とは縁遠い冒険者という浮薄な職。
だがサリアンは一つ頷く。
「あぁ、一つ心当たりがある」
「「えぇ!?」」
身内だからこそサリアンを知っているヴァンとホリーは、さらに予想外な返答に声を上げたのだった。
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