表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/99

57話:追い詰められた勇者2

 宗教裁判という茶番が行われた日の夜。

 突如森から野太い嘶きがほとばしった。

 その声に、ウォーラスの誰もが起き出し、暗く沈んだ森に不安の目を向ける。


「なんだ!? 何かいるのか!」

「聞いたこともない声だ! なんの魔物だ!?」


 夜中に騒ぐ声は、灯される明かりと共にウォーラスに広がった。

 サリアンは寝ずに教会で起きていたため、混乱の始まりから広がりを見ている。

 教会前の広場に出て、弟分のヴァンの呟きに頷いた。


「馬だね」

「馬だな」

「鹿じゃないですね」


 ホリーも教会で起きており森のほうを見る。

 いくつもの火が家屋から離れ、慌ただしく森と隔てる壁へと集まるのが見えた。


 未知の魔物。

 そしてたけだけしい声。

 人々は恐怖し、そして一つの名を口にした。


「おい! 勇者を連れてこい!」

「勇者が来てからおかしなことばかり!」

「勇者に始末させるんだ!」


 新町のほうから聞こえる声は、時と共に膨れ上がるように大きくなる。

 まるで村のほうにまで不満と恐怖が溢れるようだ。


 その様子に同じく教会にいたカーランが出てきて笑う。


「おうおう、良く利いてるな」

「もしや、新町のほうでそう言うように誘導をしたのか?」


 あまりに一方向に向かう声にモートンが聞けば、ウルが平然と言った。


「夜逃げしないように夜の森に放り込むのかぁ、かわいそー」


 ルイスは孤児院にいる子供たちをなだめるために不在。

 そしてアンドリエイラも、教会から出てくることはない。

 森の主は森にいる。


 ウォーラスに残った冒険者たちは、揃って新町へと歩き始めた。


「あっちは、領主館か。今頃鬱憤の溜まった奴らに取り囲まれてるかもな」


 サリアンが冗談半分で不敬すぎる言葉を吐くが、周囲に聞き咎めるものはいない。


 明かりを持った者たちがこぞって、一方向へと明かりを手に進む。

 ウォーラスのそちらには領主館しかない。

 そして領主館には今、勇者と聖女、王女が滞在している。


「そこまでする? この暗さだと、あの馬の大きさ見えないし」

「ちっちっ。声の大きさと響いてきた位置で、だいたいの大きさは予想できるもんよ」


 無駄じゃないかというヴァンに、ウルが得意げに人差し指を振った。

 夜中に嘶きを響かせたのは、アンドリエイラに牙を折られた巨馬。

 そうと知っているからこその余裕だ。


 モートンは面白がるような相棒に溜め息を吐いた。


「まるで質の悪い野次馬になった気分だ」

「えぇ、この後もっとひどいことになるとわかっていると…………」


 ホリーも気がとがめた様子で頷く。

 カーランはそんな善良さを鼻で笑った。


「あれだけの魔物がいて、本気では襲ってこないんだ。上手く立ち回って怪我しないようせいぜい気を抜かないことだな」

「そうそう、そもそもこれは神のシナリオだ。俺たちは最初から野次馬と変わりない観客なんだよ、迷惑なことにな」


 サリアンも口の端を上げて、罵倒するように言った。


 勇者は本来、ドラゴンに荒らされたウォーラスを助けにやってきている。

 ところが暴れる前にアンドリエイラが倒してことなきを得た。

 そして巨馬も本来は森にいなかったことから、神の策略で設置された脅威なのだ。


「あの巨馬もそう言えばそんな理由だったね」


 ウルが遠くを眺めて思い出すように呟く。

 アンドリエイラと出会ってすぐ遭遇した巨馬だが、その後にはドラゴンが現れ、恐怖と驚きを上書きされたのだ。

 冒険者たちからは巨馬の印象は薄く、あえて言うなら、いい金になった巨馬の牙くらいのイメージしか残っていない。


 その巨馬はアンドリエイラの支配下に下っている。

 それをアンドリエイラが命じて嘶かせたのだ。

 そして予定では、ほどなく森から現れる。

 その後は、ウォーラスの壁を壊さない程度の攻撃を行い、森へと帰るのだ。


「思いのほか早く出て来たな」


 カーランが言うと、サリアンたちも騒がしい方向を見る。

 領主館から勇者一行が現れたのだ。

 カーランは巨馬の攻撃が始まってから慌てて飛び出してくると思っていた。


 周囲を兵士にも守られながら、勇者たちは防壁の上へと移動する。

 それを見てモートンが斥候役で目がいいウルに聞いた。


「あそこに登って何か見えると思うか?」

「黒い馬なんか見えるわけないじゃん」


 そもそも人の住まない森だ。

 光源は空の星と月だけでわかるわけがない。


 そんな話をしているところに降り立つ者がいた。


「あら、魔力を観察すればたぶんわかるわよ」

「お嬢、夜だからって飛ぶな。それで、もう森はいいのか?」


 サリアンは、降り立つ瞬間を見たために苦言を呈す。


「少し突かれたら引くように言ってあるし、言うことを聞かなければ神鹿が止めるわ」

「その神鹿って、サリアンが言うには普通の鹿の大きさなんだろ? 本当に止められる?」


 ヴァンが不安そうに聞くと、アンドリエイラは笑って教えた。


「あら、馬はドラゴンを倒せないけれど、神鹿なら森にいたドラゴンを倒せはするわよ。怪我も負うでしょうけどね」

「怪我どころか、人間であれば命がけなんですが…………」

「しかも今の言い方、絶対サシでの勝負の話じゃん」


 呆れるホリーに、ウルは自分を抱くように腕を回すと震え上がる。


(あの鹿けっこう強いんだな)


 サリアンは立派な角の破壊力を想像して遠い目になる。

 妙な想像を振り払い、サリアンはカーランに目を向けた。

 カーランはじっと考えながら、アンドリエイラを見ている。


(商人の顔してやがる。絶対、神鹿と会う時にはお嬢盾にしようとか考えてんだな)


 自分でもそうするとサリアンは納得して視線を逸らす。


 その間にもう一度巨馬の嘶きが夜に響いた。

 それで何か勇者側も掴んだらしく、防壁の上が慌ただしくなる。


「なんだ? まさか夜の森に出るつもりか!?」

「まぁ、蛮勇。ちょっと面白いわね、あの勇者」


 モートンが心配すると、アンドリエイラはいっそ笑う。

 そして軽やかに走り出した。


「さぁ、せっかくなのだから特等席で見ましょう」

「お、おい」


 サリアンが追うと、仲間の冒険者も動き、さらに様子を見ていた者たちも集団が動くのにつられるように動く。

 そしてアンドリエイラが当たり前に防壁の上に続く階段へ足を乗せた。

 そこは本来兵しか行くことを許されない場所だ。


 しかし突然の嘶きに森へ集中しており、誰も咎めることもない内に大勢が防壁の上へと登る。

 降りろなどと言ってる間にも森を警戒しなくてはいけない兵は対処できず、不安に駆られた者たちは防壁の上で黒い森に目を凝らした。


「ほら、出て来たわ」


 まるで見世物を楽しむようにアンドリエイラが教える。


 指差す先には壁の下方の闇。

 しかし音や微かに動く陰によって、勇者一行が出てきたのがわかる。


「こう暗いと何も見えないな。やっぱり日が昇ってからが本番か」

「人間は不便ね。あの馬も夜のほうがやりやすいと言っていたのだけれど」


 当たり前に算段するサリアンに、アンドリエイラが唇を尖らせた。

 完全に勇者たちの心配ではなく見世物としての出来を案じている二人だ。


 そんなことも知らず、勇者たちは夜の森へ。

 松明を持つ兵も領主館から同行しているが、照らせる範囲など微々たるもの。

 防壁の上や防壁の中からは、勇者に命を張れと圧をかける声が響く。


「どうして、どうしてこんなことに…………?」


 振るえる声は、女神と交信できなくなった聖女。

 そんなか細い泣き言が届くのは、面白そうに見下ろすアンドリエイラだけだった。


定期更新

次回:追い詰められた勇者3

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ