54話:茶番の宗教裁判4
文字も読めいない、印章の意味も知らない。
そんな者が大半の田舎。
地位ある者が信用によって判断するのは当たり前のことだった。
異端審問官にとっても、領主代理が紹介し、隣国の王女が同行という信用がある。
その上で勇者と聖女を名乗り、話の筋も通っており、勇者召喚に関しては事前情報があった。
今さらその成否を本気で疑うだけ信用問題だ。
ただ異端審問官にとっての想定外は、訴えられた側が別の枢機卿の縁者であったこと。
「何故、事前の話し合いに応じなかったのか?」
異端審問官が聖女へと疑念を向けた。
その発言が、味方という立ち位置から中立へと逃げる行動だと聖女は気づかない。
「商売女など連れて何が話し合いですか! 不潔です!」
「彼女は、私の冒険者としてのパーティーメンバーだ。それは最初に説明もした。ギルドで調べれば虚偽がないことはわかる。その上で彼女は教会への奉仕も行う敬虔な人物だ。それもまた調べればわかることであるはずだが?」
聖女が怒り、王女は頷き、勇者が小さくなる様子に、何があったかは聡いものなら想像がつく。
その上でモートンは誤解されることを前提に、ウルを語った。
もちろん春を売るふりをして金を巻き上げる素行不良の仲間だ。
それでもモートンに連れられて奉仕活動をしていることは本当で、教会への出入りも間違いではないため、傍から見れば敬虔な行動に見える。
異端審問官はほぼウォーラスの住人たちで埋まる傍聴席に声をかけた。
「誰か、証言を申し出る者は?」
「それでは、ウォーラスの教会を預かる私が」
即座にルイスが応じて立つ。
「私が若輩であるためでしょうが、この件に関して私は何も聞き及んでおりません。勇者ご一行も我が教会に参られることはなく。それに比べて、このモートンとウルは…………」
ルイスは人の良さそうな笑みで語ると、聖女は逆に指弾した。
「知らなかったからと勇者のお勤めを邪魔した不信心は覆りません! それを庇うなど!」
「神の名の下に、私は勇者がいらっしゃるとは知らなかったと申し上げているのです。もちろん、そちらも教会を預かる私に知らせることはしなかったでしょう? であれば、証明のために領主代理にお願いするべきでは?」
教え諭すように語りかけるルイスの姿は、いっそ聖女たちを心配する様子だ。
しかしこの場に領主代理はいない。
そもそも異端審問官を紹介しておいて顔を見せないことが、少し考えられる者であればおかしいとわかる。
「あの方は今日は突然の体調不良で不在です」
聖女の言葉は言い訳にしか聞こえないが、ルイスたちは本当だと知っている。
村内にいるアンデッドによって、深夜誰の目にも止まることなく侵入し、領主代理の生気を半分ほど吸い取ったのだ。
異端審問官は考えつつ、やはりモートンを糾弾するような形では進めることはない。
「これ、どうなってる感じなんだい?」
「どっちにも肩入れしたくないんだろうな」
成り行きがわからず聞くヴァンに、サリアンは鼻で笑った。
異端審問官からすれば、隣国の勇者にもモートンにも肩入れする謂れがない。
ただの見せしめであれば実績の一つと割り切るが、今では二者の枢機卿が絡む案件になってしまっている。
「ま、どっちとも組まない辺り、背後にいる枢機卿のどちらとも縁故はない奴なんだろう」
裏を読むカーランに、ウルは納得して頷いた。
「モートンの実家、全然違う国だからね。こっちじゃばれないだろってあたしら来たし」
「隣国の枢機卿と繋がってる可能性もありましたが、どうやら違うようですね」
胸をなでおろすホリーに、アンドリエイラは余裕を見せる。
「そうだとしても、教皇を出したような家に喧嘩は売らないでしょう」
例え異端審問官が勇者側だったとしても、争うだけこの場にいない枢機卿という大物に負担をかけることになる。
どう見ても勇者側の暴走なので、異端審問官は止めに回ると読んでのことだった。
「けど、あたしみたいなの仲間にしてて、モートンの身元怪しまれないってすごいよね」
ウル自身が素行不良を棚に上げて言う。
「そこはいっそ、モートンがこんな田舎にいるにはおかしいくらいの堅物だからな」
「聖職者の家系だと言われたら納得しかないですよね」
遠慮なく言うサリアンに、ホリーも気まずげにしながらも同意した。
カーランは半分面白がる様子でウルに行った。
「だからこそ、あからさまに違うウルがいることで目隠しにも見える。その実敬虔だというならなおさら裏を疑うだろう。そういう役者を連れているんだとな」
「つまり、モートンが何か別の枢機卿の命令で身分隠してこの村にいたって勘違いさせられてる?」
ヴァンがようやく話に追いついて、手を打ち確認する。
揃って周囲を見るも、流れの変わった様子に皆ざわめき近くの者と話していた。
誰もヴァンの言うことなど聞いていない。
「あら、あれを言うみたいよ」
アンドリエイラは面白い見世物のように言って促す。
モートンが神への宣誓を示す指の形で手を挙げていた。
それをすることで嘘偽りなく申し立てることを示す作法であり、異端審問官からすればモートンが相応の教育を受けているとわかる所作。
「仲間との分断を警戒したことで、あらぬ疑念を持ったようだが、こちらとしても言い分がある。あなたたちはウォーラスに現れた魔人を倒したのは自らだと言ったそうだな?」
「えぇ、そうよ。神のお力によって灰汁は倒されたのです!」
「それがおかしい」
モートンはきっぱりと言い切るのは、この点は嘘がないためだ。
「虫らしき魔人を追い立て上空に現れた青い炎。あれは、伝説に語られる魔性の炎だ。かつて北の大地で生きとし生けるものだけを燃やし尽くしたと言われる厄災。あれは神の炎ではない。魔王さえも忌避する呪われた炎だ」
「北…………、あの廃墟の王国か」
異端審問官は知っていたようで口にすると、モートンも頷いて続ける。
「今回の魔王は北のほうから現れたと聞いているがどうか?」
「いや、私も魔王に関しては何も。しかもあの廃墟の王国の方面となると、人も好んで近づかないため情報もない」
異端審問官はモートンをただの吊し上げられる冒険者とはもう見てない。
その上で勇者一行に確認を取る。
「その炎は確かに神のお力なのか? そうであれば今一度ここで証て見せよ」
「そ、そんなことは、危険で、できない」
勇者が嘘が吐けないようで、明らかに狼狽する。
神に力を借りて炎を放ったという王女は、黙り込んで目を逸らしていた。
そんな中、その点については確かに嘘をついている聖女は、他の訴えまで悪印象を塗布されることを嫌って足掻く。
「神の奇跡をやって見せろなどと不敬な。神の慈悲を請い、相応の勇気と献身を発揮して初めて可能なことなのです! そんなこともわからないのですか!?」
「…………もし、北の廃墟に命を燃やし尽くす呪われた炎の残り火があったとして、それを手に入れられるのは、誰かという疑問がある。何より、魔人はこのウォーラスになんの被害ももたらさずに消えたのだ。数を擁していたというのに、上空に留まって、勇者方と話すことさえしていたとか」
モートンが、聖女の言い訳など聞かないふりで語る。
若い勇者一行はわからないものの、裏を探ることが身についた異端審問官は察した。
モートンはいつも以上の険しい顔もそれらしいが、実際は他人にあらぬ罪をなすりつけることで良心の呵責にさいなまれているだけだ。
傍聴席の側でも、察した者が勇者を名乗る魔王の手先ではないかといいだす。
元から森の封鎖で悪感情があった。
敵だったとレッテルを張れたなら、そこには確かな攻撃性が生まれる。
傍聴席からは勇者たちを非難する声がうねるように上がり出した。
「ぼ、僕は本当に女神に呼ばれた勇者で!」
「ふむ、信奉するのは女神、か」
「か、神に性別はございませんが、勇者さまは異国の方なので、女性らしくも見えた神の御尊顔に勘違いをされているだけです!」
勇者の言葉尻を捉えるルイスに、聖女は取り繕うが、響かない。
傍聴席では勇者は偽物じゃないかという声が強くなっていた。
「違うというのなら、青い炎をもう一度見せてくれ。神へと祈りを捧げ勇者と繫げるのが聖女ではないのか?」
モートンの助言めいた煽りに、聖女は歯噛みする。
ただ聖女は若く、最初の想定から大きく変わった形成の悪さに怯んでいた。
「なぁ、頼んでみればまた手を貸してくれるんじゃないか?」
「そうよ、あの時もどうにかなったし、神のご加護があればきっと大丈夫よ」
勇者と王女は、神の力であることをまだ疑ってはいない。
聖女も仲間の言葉に、もしかしたらという希望を得て、指を組んで祈る。
「…………どうか、我が神ウェネフォルトさま」
「そう、そんな名前なのね」
騒ぐ人間には聞こえないほど小さな聖女の呟きに、アンドリエイラは笑みを浮かべた。
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