53話:茶番の宗教裁判3
宗教裁判は、領主の館で行われた。
領主のための教会を開放しての大々的な催しとなる。
教会自体は石造りで小さく、傍聴人も入れない。
けれど教会前には祝宴を開ける広い芝生があり、そこに机や宗教裁判のための法廷が作られていた。
木製の柵に隔てられた傍聴席には、椅子を並べてウォーラスの住人たちも見物している。
「あらあら、立ち見までいっぱい。暇なのかしら?」
アンドリエイラは傍聴席に座ってそんなことを言う。
座れたのは、被告のパーティーメンバー、ウルの付き添いを名乗っているため。
ただしパーティーメンバーでも、裁判に影響するような発言は許されず傍聴席にいる。
結果、教会に集まるメンバーは固まって座っていた。
モートンだけが、法廷の中に一人立たされている。
つまり発言できるのはモートンだけで、擁護するための証人すら用意されずにいるのだ。
「完全にリンチするつもりだな。だからこそ見物人を集めることもしたようだ」
「宗教裁判に弁護する者がいないのは珍しくないが、自らが勝利して正しいというためだけの茶番だな」
サリアンとカーランは擦れた意見を口にしつつ、口元には笑みを浮かべていた。
ルイスも無害そうな愛想笑いを口に佩いて応じる。
「実際そんなところだろうね。領主代理も勇者側に与して森を封鎖してるんだ。その矛先を逸らすためには息抜きが必要だと思ったんじゃない?」
「宗教裁判を見世物としているのはどうかと思いますし、当の領主代理の姿がありません」
ホリーは真面目というには、緊張の強い顔で周囲に目を走らせる。
ウルは指折り数えて今後の展開を口にした。
「勇者が正しいと宣言させて、モートン悪者にしてから、勇者に森の封鎖解くって頷かせるんでしょ」
「本当、モートン可哀想だなぁ」
ヴァンは他人ごとで、すでに飽き始めていた。
何せこの後の茶番を知っているのだから、結果が振るわずとも、その後はアンデッドによる力押しだと知っている。
(わかってないと、こいつ法廷のほうに突っ込んでいくんだろうな)
サリアンは教えたからこそ大人しい弟分に呆れた目を向けた。
若い正義感と勢いでそんなことをすれば、神聖な場を穢したと今度はヴァンが罰せられる。
(後先考えない馬鹿。だが、今この状況だと、それは勇者たちだな)
待っていると開廷のために人が現れた。
先に待たされて見世物にされてたモートンと違って、勇者たちは後から現れる。
勇者、聖女、王女の三人は意味もなく煌びやかな防具を纏って威厳を演出する。
それと異端審問官一人と、補佐のような二人、書記が一人と法廷に入った。
「並びまであからさまね」
アンドリエイラが言うとおり、異端審問官の左右に補佐がいて、さらに横に書記が並ぶ。
そして反対の横に勇者たちが座った。
どう見ても、モートンだけが裁かれる立場だ。
勇者たちの訴えを審議するような様子もない。
「引きずり下ろしがいがあること」
「怖」
アンドリエイラの呟きにサリアンが首を竦めた。
ただ怖いと言いながらも、そうなることは仕組んだからこそわかっている。
開廷が告げられ、被告としてモートンが名前を呼ばれるが、返るのは否定の言葉。
「違う」
「は? 冒険者『清心』のモートンであろう」
「そうだが、違う。教会の神に誓う名は、別にある」
異端審問官は面倒そうな顔になる。
「ま、冒険者が名前変えるとかよくあるからね」
「その上神官ですから、生まれた時は教会の洗礼を受けてということもありますし」
アンドリエイラに向けてウルとホリーが教えた。
その間に改めて、モートンは名を聞かれるが、もちろんまともに答えない。
何故なら、名を知られることは、実家への連絡に繋がるからだ。
「神聖な名を、有象無象の前で口にすることはできない」
「ここは神聖な法廷。侮辱と取ることもできるが?」
「本当に神聖であるなら、まずそこに立つ者として名乗ってはどうだ? 私はそもそもこれが正しく宗教裁判であると認識していない」
「召喚状を受けておいて、なんたる不遜」
確実に相手を怒らせるが、異端審問官を正面に見据えるモートンの顔は、怖い。
ただでさえ怖がられる顔をしているのに、あえて悪を成す状況にモートンの顔はいつにも増してすごみがあった。
実際は、内心神の名のもとに開かれた法廷を侮辱する行いに胸を痛めているのだが、相対する異端審問官はモートンの人柄など知らないので、揺るがない理由があると受け取る。
「そもそも宗教裁判を行う際の手順がおかしい。何故その地の教会にひと言もない? 何故領主の名前ではなく、領主代理の名前で発布された? 何故その領主代理すらこの場にいない? 何故私の側に証人を呼ぶことが許されなかった?」
モートンが並べ立てるのは、本当におかしなこと。
しかし、領主代理が承認して発布し、異端審問官によって開かれる。
形式としては罰せられるほどではない。
ここでモートンが入れ知恵されたのは、聴衆に向けてこの宗教裁判がそもそもおかしいという印象づけを行うことだった。
「必要であれば、私の側から異端審問官を召喚するところだ」
その上で、ありえないことを自信満々で言い切る。
ただの冒険者なら決してできないからこそ、異端審問官も鼻で笑う。
そうして侮ったところで、モートンがメダリオンを出した。
「私の身を明かすものはこれだ。知らぬというなら調べろ。そう言うつもりでいたのだが、今日まで訴えを挙げた側との交渉もなく拒否された。これを知らぬと異端審問官が言うのならば、その身分に疑義を呈する」
「そんなもの…………」
「あ、ツェーザルの」
「あ、そのメダリオンは」
異端審問官は気づかなかったものの、補佐の一人が気づくと、書記が家名を口にし、異端審問官もメダリオンをよく見なおした。
「な、何故そんなものを持っている?」
「それをここで明かすつもりはない。こちらも相応の理由はある。その理由も察してほしくて、話し合いを持ちかけもしたんだが」
モートンは声を落として、意味深に勇者たちを見る。
傍聴席は何か空気が変わったらしいとざわざわし始めた。
サリアンやルイス、カーランの入れ知恵で、モートンは怒ったふりで勇者たちを見る。
それで異端審問官たちも勇者を見た。
「あら、聖女も気づいていないようね」
「俺らも昔の教皇の家の名前なんて知らないしな」
「海の向こうだから知ってる奴は知ってる程度かもね」
サリアンに宗教者のルイスまで、モートンの家名は知らないと言った。
異端審問官は知ってるが、勇者は異国どころか異世界の人間だ。
その上で聖女と王女さえ知らないのは、勉強不足か妥当なのか判断はつかない。
その様子はモートンも見ており、本気で呆れていた。
「聖女の認定には枢機卿の推薦が必要だったはずだが、何処の家の推薦を受けたのか」
「なんて不遜な。神聖な法廷を侮辱するだけでは飽き足らず、我が国の枢機卿を軽んじる言葉。こんなこと許されるものではありませんよ!」
聖女は自らの正しさを疑わないが、異端審問官は考える様子で口を閉じる。
モートンの言動を咎める様子はない。
「怒らなくなったってことは、もしかしてあのメダリオン効いてる?」
「さすがに枢機卿の家の名前とメダリオンの意味を知っていたんでしょう」
ヴァンとホリーはこそこそと言い合う。
「なんか、明らかにやる気に差が出たね」
ウルが言うとおり、異端審問官は宗教裁判を進めようとしない。
聖女は侮辱だ、不敬だと新たな罪状を加えろというが、それにも応じない。
異端審問官からすれば、モートンと聖女の発言で、背後に別々の枢機卿が関与していることが疑える。
そうなればただの田舎での見せしめから、宗教権力の勢力争いに発展しかねない。
田舎にまで来てそんな益にならない争いの火蓋を切って落とすことはしたくないのだ。
「途中で罪の加算があるというのならば、こちらとしても訴えたい内容がある」
「何を無礼なことを。下賤の者が神に選ばれた私たちを訴えるですって?」
モートンの訴えに王女が不快を露わにする。
ただモートンに目を向けられただけで勇者に身を寄せて怯える程度には、普通の感性の少女だ。
それほど顔が怖いモートンは、そんな少年少女を責めるような言葉を口にするため、さらに厳めしい表情を浮かべた。
「これほど理非を知らない発言があっては、勇者と聖女を名乗ることへの正当性を証てもらう必要があるだろう。そもそもそう言ってきただけで、何か証立てがあるだろうか? 少なくともこの地の教会には連絡もなく、証明もない。ここにいる男女が、勇者や聖女であることはいったい誰が証明する?」
モートンの言葉に異端審問官は眉を寄せる。
領主代理に呼ばれてきただけ、勇者も鳴り物入りで入っただけで、保証すべき領主代理はこの場にいないのだった。
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