51話:茶番の宗教裁判1
宗教裁判はそう簡単に開けない。
そもそも普通の裁判とは違うのだ。
宗教施設の中でも格式高い扱いであり、国は関係なく宗教の話である。
そのため、領主も口出しはできず、してしまえば同じく異端者として責められる可能性が生じるため手控える。
「そもそも、そもそもだ。宗教裁判は異端審問。同じ神を奉じる教徒でありながら、誤った信仰理念に基づく考え違いを正すための場だ」
「へー、普通に気に入らない奴殺すためだと思ってた」
モートンが頭を抱えて言えば、ウルが不敬も気にせず言い放った。
さすがにモートンに睨まれると、その真剣さと顔の威圧感にウルも拝むように謝る。
「にしちゃ、ずいぶん早く裁判するぞって召喚状届いたな」
サリアンはモートンが持ってきた書状を片手に、特に格式など感じもせず振る。
そんな話をする場所はまた教会だ。
ウォーラスが魔人に襲撃されてから十日が経っている。
その間も森は封鎖されたまま。
ウォーラスの人々の不満は高まり、勇者たちへの反感も強まっていた。
「というか、この召喚状で本当に合ってるのか? 異端審問官はこの国の人間だが、異端に当たるモートンの信仰上の過誤ってなんなの?」
「ルイスがわからないんじゃ、俺たちにわかるわけないだろ」
サリアンから書状を奪ったルイスが聞くと、ヴァンがお手上げとばかりに手を開く。
ホリーは書状を横から覗き込んで、回りくどく書かれた文面から推測した。
「たぶん、勇者を批判したということで神の権威を棄損したといいたいのでしょう」
「ま、完全な暴論だな。問題は、領主代理の手を借りなきゃ、隣国の奴らがこんなに早く異端審問官なんて用意できないところだ」
カーランが言うとおり、勇者たちに国内の伝手を紹介した何者かがいる。
そして領内での宗教裁判の許可など領主しか出せず、この田舎の領主は赴任せず都に暮らしていた。
つまり、領主代理を任されている者が便宜を図ったのだ。
アンドリエイラは他人ごとで笑う。
「すぐには解消しないと見限って、ウォーラスを離れる冒険者も多いみたいね。反対に、いつまでもくすぶって文句を声高に叫ぶ者もいて、とっても不穏だわ」
ウォーラスの治安は悪化の一途をたどっていた。
身を守るために元からの村人は引きこもり、商品がなければ用のない商人たちは離れ、冒険者は稼ぎもなく不安から乱暴に振る舞う。
「現状をどうにかするには勇者が封鎖を解くと言わなきゃいけない。一度応じたからには、理由がないと領主代理も封鎖を解くことができないなんて、政治の話か権力の話よね」
「ま、つまりはこの馬鹿な宗教裁判に手を貸してやったんだから、今度はこっちの言うこと聞けってことで森を開放したい考えか」
サリアンに、モートンは顔を覆って呻くように言った。
「つまりその契機として宗教裁判をするというのか。馬鹿すぎる…………」
「ねー? ちゃんと事前に話し合いしましょって声かけたのに」
ウルに続いてホリーも溜め息を吐く。
「一応、モートンさんの身元を明かすようなことも伝えたんですが」
「その分相手が怒るように煽り文句考えて言ってたんだけどね」
ヴァンが不調に終わった理由を暴露した。
実は宗教裁判に備えて勇者側に呼びかけを行った。
裁判ともなれば事前の話し合いはあるはずだが、しかし勇者側はこれを拒否。
もちろん、あえてそうなるようにサリアンが入れ知恵をした結果だ。
「ま、これで相手は裁判なんて引けない場面で大恥をかくわけだ」
カーランが人の悪い顔で呟く。
勇者側に断らせるというのも、わざわざ冒険者ギルドで人目につくようお膳立てまでしてモートンに喧嘩を売らせた。
その際に勇者を冒険者ギルドに呼び出したのは、絡まれて腹を立てていたカーランだ。
ルイスも聖職者らしく微笑む。
「いやぁ、勇者も聖女も王女も若いね。みんな十代で国は目付け役くらいつけないのかな」
「たぶんヒロイックな展開が好きな神なのでしょうね。若者が強敵に挑んで苦労してことを成し遂げて行くって。そのためには賢しく安全な道を示す指南役なんていらないのよ」
アンドリエイラはあくまで神の都合と言い切る。
「これは結局、落としどころを何処にするんだ? このメダリオンで実家を明かして、向こうが引いてそれで平定になるだろうか?」
当事者のモートンは不安が募る。
手には家紋の彫られたメダリオンが握られていた。
直系しか持てない物であるため、モートンが現枢機卿の近い血縁であることを証明する。
「引くわけないだろ」
サリアンはモートンの希望的観測を否定した。
「異端審問官までつけられた。それに領主代理も向こう側。だったらこっちをどうやっても追い落とさなきゃ体面が悪い」
「どうすれば…………」
「もう、普通にいつも通りおかしいことをおかしいって空気読まずに言えばいいんだって」
考え込むモートンに、ウルが発破をかけるように言う。
ホリーも励ましに回った。
「あちらが道理の通らないことをしているのです。こちらが正論を並べれば旗色が悪いと気づいてくれるかもしれません」
「ようは、まず勇者たちと、権力者を引き離せ。その顔で圧かければいいんだ」
失礼なことを言うカーランに、モートンは睨むがその顔は凶悪だ。
ヴァンは顔を盛大に顰めたモートンに聞いた。
「いつもなら相手が間違ってるって引かないのに、なんで?」
「そりゃ、実際異端審問にかけられても言い訳できない状況だからだろ」
サリアンはそう言って、アンドリエイラに顎を向ける。
教会だが、一緒にいるのはアンデッドだ。
アンドリエイラと通じて、さらに神を黙らせる算段もしている。
「あとは離間のために色々嘘、おおげさ、紛らわしい表現を多用することかな」
ルイスが指を立てて推測すると、モートンは肯定するように溜め息を吐いた。
「いい案だと思うわよ。勇者の動向を監視に来た教会の手先のふり。実際、ここの覗き魔のように他の神々も見ているんだし」
「そこだ。唯一絶対の神を奉じる教会のはずなのに、実態は数いる神々の合議制という」
モートンは一般的な教徒なら知らなくていい事実に思い悩む。
アンドリエイラはそんな敬虔な恐れの気持ちを汲み取らずに言った。
「昔に争いすぎて弱った神々の悪あがきよね。最初は一つに信仰をまとめてそれを分け合うために、唯一絶対の神なんて言う偶像を作ったの。それを人間たちが正義だとか、倫理だとかと絡ませて、逆らうのは悪と決めたのよ」
アンドリエイラからすれば、神々の寄り合いで作られのが今の教会だ。
そしてそこに集まる信仰という力を分け合うくだらない集まり。
「神官に祭られて細々と独自路線維持してる小神のほうが、まだ気骨があって筋を通すわ」
「やめてくれ。神をそう軽々しく語らないでくれ…………」
信仰が揺らぎそうになるモートンは、アンドリエイラに手を向けて止める。
サリアンはそのやり取りを眺めて言った。
「これ、モートンが弱ってるのって、お嬢のせいもあるんじゃないのか?」
「あら、私はあなたたちに協力してあげてるのに」
「…………その実?」
サリアンが横目に聞けば、アンドリエイラは笑顔で応じた。
「せっかく屋敷を買って家具も選んだし、鉄のオーブンも買ったのよ。変に荒らされて屋敷の改修が遅れるなんて嫌だわ。どうせなら二度と馬鹿なことをしないように叩くべきでしょう?」
乱暴な物言いを聞いて、ルイスはモートンの肩を叩いた。
「ま、あれくらい吹っ切れとは言わないけどさ。もう少し肩の力抜いていいんじゃない?」
「そうそう。今のままじゃ美味しくお酒も飲めないから、余計なことしてくれた人たちは追いだそーくらいで」
ウルはそう言って拳を上げる。
それにヴァンとホリーも乗って拳を上げた。
「そう言えばお嬢とダンジョン行く話もまだだしね」
「神鹿のところで薬草を得られるという話もそうです」
「俺としては魔人の心臓をどう売るにしても、この騒ぎが収まらないとな」
アンドリエイラから猿魔人の心臓を、瓶詰にされて渡されたカーランも拳を上げる。
「いつまでも村がこの調子だと、教会に参ってくれる人もいなくて困るんだよね」
「変にお嬢にここで暴れられるのも困るだろ。腹くくれ」
ルイスとサリアンも拳を上げると、モートンだけが腕を下ろしたまま。
「神の名前さえ特定できればいいのよ。後は私が黙らせるから、モートンは何も悪いことはしないでしょう?」
「…………はぁ、きっとこれが一番被害の少ない方法だと思おう」
アンドリエイラに言われて、ようやくモートンも拳を上に上げたのだった。
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