5話:亡霊令嬢森を出る5
「いっよし!」
「やめてちょうだい、恥ずかしい」
商館から出て合流したアンドリエイラは、拳を握って喜ぶサリアンに苦言。
金の入った袋の中身を確かめるという、令嬢からすればはしたない行動の上でのことだ。
予想以上の値で売れたことを喜ぶサリアンは、アンドリエイラの声など聞こえていない。
無視されたアンドリエイラは、下からサリアンを見上げて囁く。
「まぁ、私の情報まで一緒に売っておいて、安く済ませたなら商人ごと潰していたわ」
「…………!? き、聞いてたのか?」
「人間はとても耳が悪いのねぇ?」
サリアンは脂汗をかいて目を泳がせる。
青い石の谷百合を売ると同時に、商人から何処で採ったかという情報を求められた。
散々売値を吊り上げた末に、森の深奥、しかも森の主の住処の近くで採れたという情報をサリアンは売っていたのだ。
「易々とは取りに行けない場所だし、ほ、本当に採りに行く奴はいねぇよ」
「しかもまず飛ばないと無理だという前提条件も売ってないわね」
「お、おう」
「さらには詳しい場所は知らないのに、さも売り渋るようにして値を吊り上げて」
一から十まで聞いていたアンドリエイラの様子に、サリアンは言い訳を諦めた。
「阿漕ね」
「そう言う割には面白そうじゃないか」
「えぇ、面白いやり取りだったわ」
「そうかよ」
ぶっきらぼうに言いつつ、サリアンは胸を撫で下ろす。
アンドリエイラはそんなサリアンの反応込みで面白がっていた。
一緒に住んでいた黒猫と白鴉は長命なアンドリエイラよりもさらに長く生きている。
一喜一憂するようなこともなく、サリアンの反応は新鮮なのだ。
(穏やかで安定と言えば聞こえはいい。けれどそれだけ刺激がないのよ)
アンドリエイラはサリアンについて来て、ただお茶を飲むだけの間に実感した。
二百年の引きこもりの間、刺激が足りなかったのだと。
一人頷くアンドリエイラの横で、サリアンはさらに阿漕なことを考えていた。
(ばれてるってことは、やっぱり分け前請求されるよな。なんとか宿代だけで誤魔化せないか? いっそ一番いい宿連れて行って一泊させて恩を着せて…………)
不穏な企みで欲に走りそうになるが、すぐに命の危機が頭をもたげる。
(いや、こいつは森の主だ。自分でも亡霊だ、令嬢だとか名乗ってたから金に固執する様子は見せないが、何があって爆発するかわかったもんじゃない)
亡霊や死霊は生者に害をなす存在と言われる。
何より館を吹き飛ばした純粋な魔力の塊が宿っているアンドリエイラの敵意が、人間に向かないとは限らない。
(側で暴発されるなんてたまったもんじゃない。いや、それよりも魔物町に引き込んだってことがばれたら…………)
サリアンは保身に傾き、いっそ放り出したほうがいいかもしれないとまで思考を巡らせた。
しかしその考えを読んだかのように、アンドリエイラが腕を引く。
「いつまでこんな所に立たせておくつもり? 宿をとるのでしょう?」
「あ、あぁ、そうだな」
アンドリエイラはエスコートよろしく、サリアンの肘に手をかけて歩く。
サリアンも振り払うこともできずそのまま並んで歩いた。
「それにしても、あの村がこんなに人が多くなるなんて。一度は錆びれてしまっていたのに」
「こっちは冒険者向けの買い取りで新しく建った商館だが。いったいいつの話だ?」
「二百年より前ね」
「あぁ、そう…………」
及びもつかない話にサリアンは投げる。
思い出しつつ話すアンドリエイラは、ただ聞き役を求めて喋った。
「森から通った門、あんなものもなかったのよ。そもそも領地の境を示す塀だったもの」
「え、あの壁、最初は塀だったのか? 町に最初からあるもんだとばかり」
言ってサリアンは、傾く日の中影を落とす壁を見上げる。
二階建てよりも高い、町を守る石壁は、大抵の道から屋根を越えて見えた。
「そう言えば、町になったのね。コンフォグ村は」
「コンフォグ? ここはウォーラスの町だぞ」
「あぁ、いつの間にか名前も変わっていたの…………」
時の変化にしんみりするアンドリエイラだが、サリアンは全く別の感想を抱く。
(見た目若いのに、婆臭いな)
もちろん攻撃されることわかってるので言わないが。
(これだけ常識違うと、こいつ放り出してもボロだしそうだな。だったらやっぱり利用できる内は利用して?)
欲を隠し、なんでもないふりで目を向けるサリアン。
その視線に気づいたアンドリエイラは笑って見返す。
もちろん不穏な考えを持っていることはお見通しだ。
そこは年の功。
アンドリエイラも自身が常人からどう思われるかくらいは知っている。
その上で、サリアンをどうすれば面白く動かせるかを考えていた。
つまりどっちもどっちなのだ。
「何か私を楽しませることは思いついて?」
「…………はは、いーや」
サリアンも見透かされたことを感じて誤魔化す。
その後はお互いにお互いの利用方法を考えて沈黙するが、長くは続かなかった。
そこに慌ただしい足音が近づいたのだ。
サリアンがすぐさま気づいた顔をするので、アンドリエイラも興味を持つ。
「いたー! こんな時間までギルドに顔出さずに何してるんだよ、サリアン!」
「ヴァン、うるさいぞ」
声をかけた長身の青年ヴァンは、まだ少年の面影を残していた。
オレンジの髪にオレンジの瞳は、サリアンに隠れたアンドリエイラに気づいていない。
赤いジャケットに黒い手袋、剣を帯びた姿は駆けだし冒険者といういで立ちだ。
「あら、サリアンと同じ手袋ね」
「…………ち」
気づいたアンドリエイラに、サリアンは小さく舌打ちをする。
ヴァンは気付かなかったアンドリエイラの存在に口を開けて、驚いていた。
そこに新手が現れる。
今度は少女だった。
「ヴァン、サリアンは。まぁ…………あなた、この人に何かされませんでしたか?」
アンドリエイラに気づいた新手の少女はすぐさま心配の声をかける。
オレンジの髪を長く三つ編みにした、ヴァンとよく似た面立ち。
見るからに血縁者であることは察せられる、緑のスカートの少女。
アンドリエイラはにっこり笑って答えた。
「とても紳士的な対応をしていただいているわ」
「まぁ、そんな。…………本当に?」
「紳士ぃ? ホリー、これ言えないことされてる?」
アンドリエイラのお世辞を聞いて、ホリーという少女は疑い、ヴァンはさらに悪く取る。
アンドリエイラは声をあげて笑いそうなのを堪えて、サリアンを見上げた。
「ぷ、ふふ。とても仲がよろしいのね?」
「もう、お前らちょっと、黙れ」
サリアンは恥ずかしさから片手で顔を覆って、ヴァンとホリーに文句を言う。
そんな反応も面白くて、もっと慌てさせたいアンドリエイラはあえて話しかけた。
「森で難儀しているところを助けていただいて。採集したものも私では扱いがわからず、代わりに売ってもらったのよ」
「は…………。その代金はきちんと受け取りをしましたか?」
ホリーは何かに気づいた様子で、アンドリエイラに確認を取った。
「あら、そう言えば」
「やっぱりあくどいことしてた。サリアン、見損なったぞ」
「ちゃんとあるよ!」
年下だろうオレンジの髪の二人に責められ、サリアンは代金の入った袋をそのままアンドリエイラに押しつける。
年下に悪事を見咎められたばつの悪さが、金への欲を上回ったのだ。
アンドリエイラは押しつけられた袋の中を確認した上で、小さく笑う。
「まぁ、こんな金貨の一枚もないのでは、使いどころもありませんわね」
そうして令嬢マウントを取った上で、サリアンに金の入った袋を返した。
腹立たしいという気持ちを隠し切れないサリアンだが、反射的に金の入った袋は確かに、しっかり握って放さない。
そんな貧乏性に自身でも呆れるサリアンの表情の変化を、アンドリエイラは指を差して笑うのを堪えつつ、大変楽しんだのだった。
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