46話:四天王の誤算1
「きゃー! きゃー! きゃー!」
「叫びたいのはこっちだよ…………」
アンドリエイラに縋りつかれたサリアンは、首に回された腕の間に自らの腕を挟み込んで唸る。
それで首が閉められないよう必死の防御をしていたが、アンデッドのタガの外れた怪力に、まともに口も開けない。。
そんなことをしている間に、壁の上に青い炎でできた凶悪な顔が現れる。
牙を剥くように動いた炎は、ひと飲みに雲霞の如き虫を焼き払った。
「あ、一番大きいのが逃げた!」
「魔人でも逃げるんですね、あれ」
ヴァンが声を上げて指を差すのを見て、ホリーが半ば呆れる。
黒猫の死神曰く、命を焼き尽くす炎。
虫の魔人は素早い動きで翻ろうしつつ、高く昇って青い炎を搔い潜ろうと必死だった。
「…………害虫が」
サリアンの耳元でいらだった声が漏れる。
アンドリエイラは指先を動かして虫の魔人を捕えた。
その目には無慈悲な光が宿る。
近くにいて聞こえたウルは、モートンを盾にアンドリエイラから距離を取った。
「お嬢、魔人は燃えたがあの炎、他に害がないようにしてくれ」
「何しに来たんだろうね、あの魔人。もう燃えたけど」
モートンとウルが言う間に、青い炎に追いつかれた魔人は、足の先から一気に燃え上がり、瞬く間に青い炎に呑まれて消えた。
「ふん、他愛もない」
「だったらそろそろ放せ。なんでこの距離で怖がるんだ。つーかあれ、本当にゴキ…………」
「あんなおっきいの嫌でしょ!? 怖いでしょ!?」
「ぐぇ!?」
ガクガク揺すぶられ、サリアンはあまりの力に潰れた声を漏らす。
アンドリエイラは浮いてでもサリアンに抱き着いて盾にしていた。
今は揺れるサリアンの体勢のため、完全に浮いているのが見てわかる。
「違う虫だった気もするけど。ともかく、地に足をつけてほしいな、お嬢さん」
ルイスがそう言って、アンドリエイラを宥めた。
他の目が壁に向かっているので気づかれはしないが、人外であることを示す行動は慎ませたい。
壁を眺めていたカーランは、燃え尽きた魔人がいた場所から離れた方向に目を向けた。
「勇者どもは、逃げ足だけなら一級品かもしれないな」
魔人と相対していた勇者たちだったが、青い炎が現れると即座に逃げたのだ。
元からアンドリエイラの狙いが虫であったことから被害はないものの、燃え散るこぶし大の虫の死骸が降ってる来る中、一目散に逃走して行ったのをカーランは見ていた。
「お嬢、虫全般駄目なの?」
「あのハサミムシもですか?」
「え、あれ、ハサミムシなの?」
ウルとホリーに言われたアンドリエイラは、黒い虫の集団というだけで見てすらいなかった。
黒い虫の魔人の頭に、長い触覚を見てからは、ただひたすら燃やすことに集中している。
「あー、長い触覚、黒い体で間違えたんだね」
「見境ないな。たぶん雲霞になってたのも別の虫だぞ」
ルイスに続いてサリアンが教えると、アンドリエイラはもう興味がない様子。
「これは対処を間違えばこの町自体が壊滅していたかもしれないだろう」
「うん、危ないから虫はサリアンに任せることにすべきだと俺は思う」
厄介ごとを嫌うカーランが心配すると、弟分のヴァンが押しつけるように言った。
「おい」
「それもそうね」
サリアンが文句を言おうとした途端、アンドリエイラが頷く。
そもそも当初の目的からして、害虫駆除だ。
サリアンも思い出した様子で黙った。
モートンは、被害がないことに厚い胸を撫で下ろしつつ、ぼやくように呟く。
「これで、宗教裁判なんて忘れてくれないものか」
ただその願いは空しく。
半日経つとあらぬ噂がウォーラスに出回ることになった。
「おい、あの魔人撃退は勇者のお蔭ってことになってるぞ」
夕方に、教会へ姿を現したサリアンがそんな報せをもたらした。
ヴァンとホリーも一緒に、ドラゴン素材についてギルドへ問い合わせに行った帰りだ。
そこで噂が囁かれていたという。
モートンは勇者に絡まれるのを避けて教会におり、ウルもギルドには行っていない。
アンドリエイラは教会でおとなしくしていろと言われたため、サリアンの持ち込んだ噂に笑い声をあげた。
「あれだけ目立つ場所で頭を抱えて逃げたのに?」
「まぁ、半分はそう言ってるよ」
「ですが見ていない人もいるんです」
ヴァンとホリーが語る噂の筋立ては、神の力による加護というもの。
魔人を倒そうと勇者は果敢にも、全ての人の前に立って挑んだ。
その姿に聖女を通して神が神託を下し、今ここで魔人を倒せと命じられた。
そして勇者の助言で同行する王女が火の魔法を放ち、とてつもない威力の火で見事魔人を打倒したという。
「そこまでこんな田舎で大きな顔したいかなぁ?」
「いや、逆に何か狙いがあってのことではないか?」
呆れるウルに、モートンが考えがある上で噂を広めている可能性を上げる。
そこにカーランが外からやって来た。
「奴らの狙いはドラゴン素材だ。ギルドのほうに再三渡せと言ってるらしい。領主代理は面倒がって関わらないそうだ。その分、勇者たちを止めることもしない」
商人として調べたカーランは、顔に不満をありありと浮かべている。
不機嫌なカーランに、ルイスがあえて踏み込んだ。
「その様子だと、君に神鹿について聞き出すのも諦めてないのかな?」
「ついでに宗教裁判もな。どうもあっちは筋書きありきで動いている」
カーランが手下も使って集めた情報を開陳した。
「勇者は神に与えられたという能力の他に、未来予知のような力を持つらしい。聖女も、神からその未来は保障されてるとかなんとか」
「神の預言って、基本的にやらせよ。そうなるように整えてから、人に知らせてるだけ」
アンドリエイラが人外ゆえの視点で内情を暴露する。
ただそれはすでに聞いていたので、カーランも頷いた。
「ドラゴンがそもそも神が用意して勇者に倒させて、その素材で作った武器で、火に弱い魔人を倒すっていう筋書きだったそうだ」
「じゃあ、カーランに神鹿聞くのは?」
ウルに聞かれ、カーランはげんなりした様子で答える。
「どうもそれが予知した手順らしくてな。俺が教えることで、神鹿を見つけられると信じてる」
「たぶん、先に神鹿の縄張りに細工でもしたんでしょう。細くとも縁を結ぶことで無理やり引き寄せるような」
アンドリエイラは、それも神の思惑だという。
ホリーは心配そうに、アンドリエイラに聞いた。
「ではモートンさんへの宗教裁判も?」
「いや、それは完全に八つ当たりだな。ドラゴンが倒されてることから預言や予知との齟齬ができた。それを虫がどうとか言ってるらしい。大まかに意味を捉えると、失敗の原因になった奴ということか」
勇者の言動を語るカーランに、ルイスは首を傾げる。
「蟻の穴から堤も崩れるっていうけど、その蟻がモートンだから、裁くって? それで何か改善するとも思えないけど」
「そうなると見せしめじゃないのか? ドラゴン素材に関して権利持ってる俺らの内一人を吊し上げることで、他にも圧かけるつもりで」
サリアンの邪推に、カーランは肩を竦めてみせた。
結局は狙いがあるのかどうかは半々。
「まぁ、魔人討伐も信じてない奴は多い。森の立ち入り禁止もあって、印象最悪だからな。宗教裁判で素材巻き上げなんてなれば、ギルドも動かせるかもしれない」
「待て、それだと俺が…………」
「もうさ、いっそ身分明かして正面から鼻明かそうよ」
他人ごとで気楽に言うヴァンに、モートンは苦渋の表情。
それをしてしまえば冒険者として生活ができなくなる。
なんとか実家には知られたくないのが、モートンの望みだ。
そんな様子を面白がりながら、アンドリエイラは手を振る。
「私は一度森の様子を見に行くわ。何をされているか見て、神鹿にも様子を聞いてみましょう」
アンドリエイラは他人ごとでいうが、冒険者たちは不安しかない。
そうして、冒険者たちの目はサリアンへと集まったのだった。
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