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45話:当ての外れた勇者5

 魔人がウォーラスの町の側にいたのは、もう十日も前からのことだった。

 人間たちから隠れるようにして待機していたのだ。

 無数の配下を率いるのは、魔王を頂点にした武力集団の中の四天王。


「いったいこんな田舎で何をするというのです。あなたさまをこれほど待たせて」

「魔王さまのご意向だ。神との取り決めなのだから仕方あるまい」


 四天王を慮るのは、拳大のコオロギの魔物。

 答えるのは、燕尾服に身を包んだ黒い魔人だった。

 人間に近い体をしているが頭は虫であり、大きな顎と目立つ触角をもつ、ハサミムシに似ている。


「だが、確かにそろそろ頃合いだろう。人間たちにも動きはない」

「森も人がいない分静穏ですな。これ以上は変化もなさそうですが」

「そうだな。勇者は首尾よくやったか」


 世界は天の神、地の魔人によって裁量される。

 人間など蔓延る野生動物と変わりない。

 ただ信仰という栄養が豊富であるため育てているのだ。

 食いつくさないように神とも協定を結び、魔王を頂点にした魔人も、ハンティング期間を待っている。


「二百年前の雪辱を晴らす機を得たのだ。魔王さまの御代のため、我らがこれより、魔王さまの覇道の一歩を進める!」

「御意!」


 四天王の声に応じてコオロギが応える。

 そして空気が震えるほどの翅の音が立った。

 黒く辺りを染めるほどのコオロギが、魔人の号令で飛び立つ。


 四天王も翅を広げて空へと舞う姿は暗雲にも思えるほど。

 向かうはウォーラスの町。

 その名の由来となった、森の主、亡霊令嬢を阻む壁へ。


「やはり人間たちは変わらず生活しているか。であれば、亡霊令嬢は森に引きこもっているのだろうな」


 四天王は人間が暢気にぶらつく町を見下ろして安堵した。


「あれさえいなければ、二百年前に魔王さまの覇道はなされていたはずだったというのに。だが、今度は亡霊令嬢が贔屓にする人間も死に絶えているだろう時が経った」


 そうは言いつつ、四天王は森が気になる。

 勇者が入り騒いだあとの鎮静は予想していたが、それでも想定していたよりも森が静かだった。


 元が人間だったために、人間相手には甘いのが亡霊令嬢だ。

 怒らせなければ、時に賢女と呼ばれる恩恵も与えるアンデッド。


「手を組んだ、ということもないはずだ。そうなっては神との約定がそもそも破綻する」

「そうなのですか?」


 コオロギが四天王に問いかける。


「うむ、あ奴は二百年前に、勇者と組んで魔王さまを封印した」

「覇道が阻まれたとは聞いていましたが、そこまで直接的にでしたか」


 コオロギも魔物で、知能に特化した成長をした個体だ。

 魔人からすれば魔物などそこらの動物と変わらないが、この四天王はその才能を認めて側に置いた。

 コオロギも学び、成長し、四天王を支えるために努力をしてその側にいる。


 難点と言えば、生きる時間が短すぎて、魔王配下としての歴が浅いこと。

 それ故に知識も足りていない。

 わかっていたことなので、四天王はウォーラスを見下ろしながら頷いた。


「特に魔王さまへの敵対心はない。だが、立ちはだかる者に容赦もない。ただ、勇者への個人的な感情のみで二百年前は敵対した。そして当時の神さえも死に至らしめた」


 だからこそ封印が解けて後、魔王はすぐに動かなかった。

 亡霊令嬢がまた人間と関わっていないかと調べたのだ。

 そして引きこもっていると知って、また魔王として立つことを決めた。


「その勇者も魔王様封印後は不要として、すぐに人間に殺されたがな」

「なんと愚かな。それで亡霊令嬢は?」

「国を滅ぼした。知っているだろう、北辺の滅亡の国。一夜にして国の人間だけが全て命絶え、奉っていた神さえ衰弱死させた。故に、今も呪われた地として人間たちは住まない」

「あそこは、そんな理由で広大な廃墟に…………」

「あの亡霊令嬢が操る青い炎。あれは人間だけではない。命ある者を燃やし尽くす」

「そんな化け物が住む森の近くで覇を唱えるのは、少々」

「わかっている。だが、これも神との取り決めだ。亡霊令嬢の介入を阻止しない限り、魔王さまも安心はできない。その役を担うというのだから、今回私は一度負けたふりをする。お前もほどほどに離脱せよ」


 覇を争う神は、新参者で運よく今回の競争に選ばれた女神。

 これを機に自らの信者を増やして力を増すことを目的としている。

 四天王からすれば、競争相手としてその意気やよしというもの。

 だが、成果に目が眩んでリスクへの目配りが足りないきらいを、四天王は感じていた。


「自らが亡霊令嬢の登場は抑え込むと言ったのだ。その上で、この亡霊令嬢への恐怖という信仰の存在する地を奪う気でいる。そう上手く行くかは別だろうがな」

「確かにあの森は今やダンジョンもあり、人の欲と恐怖が集まる場。女神の加護する勇者が名を上げ、人心を掴むことができれば大きく女神に利するでしょう」


 もちろん魔王側も座して見ているわけではない。

 亡霊令嬢を抑え込んだ後に、魔王軍との戦いによって、その場の信仰をどちらが得るかを争う。

 四天王はその先鋒であり、一度負けたふりをして引き、再度戦いを挑む予定だ。

 神の側に花を持たせたうえで、対等な戦いを行うつもりでいる。


 女神からは勇者が派遣されており、魔人からしても力は侮れない。

 異界から呼ばれた神の使徒なのだ。

 扱いやすく、異界を通すことでこの世界の人間よりも霊的な力を与えやすい。

 故に他とは比肩できない技能や、精神性で魔王に立ち向かう存在。


「しかし、女神が配置したというドラゴンに荒らされた形跡さえないな?」


 ウォーラスの壁の上から辺りを見回した四天王は、触角を撥ねさせる。

 予定では、ドラゴンに襲わせあえて人間たちを騒がせるはずだった。

 そこに勇者がドラゴン退治を行い、戦闘経験を積ませて肩慣らしをする。

 その後に亡霊令嬢の元へ向かい、干渉を防ぐ予定だった。


 四天王も、女神が森に魔物を配置したことを知っている。

 亡霊令嬢の住まいの結界に穴を開けたのは、女神と魔王側との共謀でもあった。

 そこから勇者が入って亡霊令嬢を威嚇したはずだ。

 人間など、ましてや神と魔王の争いに嫌気がさしている亡霊令嬢は、さらに引きこもるという算段だった。


「魔人だな! なんで来たんだ! まだ早いだろ!」

「なんだと?」


 壁の上に現れた少年は、後ろに見目麗しい少女二人を従えていた。

 その上で四天王に文句を言う。


「お前が出てくるフラグなんて立ててない! 何考えてるんだ!?」

「貴様、勇者か? 何を言っている?」


 意味不明なことを責めつつ、指を差す少年に、四天王も困惑する。

 しかし違和感はあった。

 そして最初からこの場所に四天王は最大限警戒を敷いていた。


 だからこそ聞くことは一つ。


「…………亡霊令嬢は倒したのだろうな?」


 倒せるほど簡単な相手ではない。

 人間相手とみて亡霊令嬢が退くことを選ぶだけだ。

 だが女神に操作された勇者は、そう思い込むということを聞いていた。


「亡霊令嬢のいるステージに行けないから困ってるんだ! そもそもドラゴンだっていなかったし! それなのになんで四天王が出てくるんだ! おかしいだろ!」


 理不尽に抗議するかのように苛立つ勇者だが、四天王からすればおかしいと言いたいのは自らだった。

 その上で当てが外れたことは確定する。


「…………私は帰らせてもらう」

「え、そう?」


 攻撃的に怒っていた勇者は、突然の言葉に素で返した。

 勇者自身当てが外れた上に予定外の進行で慌てていたからこそ、安堵も混じった言葉だった。


 しかし四天王は冷たく見下ろす。


「女神に言っておけ、貴様らとこれ以上の交渉はせんとな。我々は自らの覇道のために動く」

「女神さまと交渉? 汚らわしい魔人が何を思い上がっているの!」


 王冠に似た飾りをつけた少女が、四天王へ怒り声を上げた。

 しかし隣の修道服の少女は慌てて勇者へと語りかける。


「い、今、神託が…………。卑劣にして臆病な魔王の手先はこの場で討つべし。勇者さま! 女神さまは今こそ戦いのときであると!」

「え、えぇ!? こいつ倒すためにドラゴンの炎系エンチャントが欲しかったのに!」

「火? だったらわたくしの出番ね!」


 人間たちで勝手に騒ぐ。

 四天王は相手にしていられず、コオロギに命じた。


「ともかく魔王さまにこのことをお伝えせよ。すぐにだ。ことは悪化しかしない」

「はは!」


 コオロギは無駄な逡巡はせず、すぐさま飛び去る。

 四天王は残る虫の魔物たちを統率して撤退しようと振り返った。

 瞬間、青い炎が空気を揺らして現れる。

 まるで叫びをあげ、不快に顔を歪めるようなおぞましい造詣。

 その存在を見止めた次の瞬間には、青い炎がひと息に虫の魔物たちを燃やし尽くす。


「くそ! やはり健在ではないか!?」


 四天王はすぐさまその場から飛び立ち、細かな旋回を繰り返して追って来る青い炎を避ける。

 だが無情にも、青い炎は四天王の足に食らいつくように火をつけると、瞬く間に全身を燃やし尽くして行ったのだった。


定期更新

次回:魔王四天王の誤算1

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