44話:当ての外れた勇者4
宗教裁判は、普通の裁判とは重みが違う。
「まぁ、あの悪名高い…………」
「お嬢が知ってるレベルか」
サリアンが反応すると、モートンが首を横に振る。
「いや、昔のほうが激しかったとも聞くから、もっと悪い想像かもしれない」
「え、宗教裁判は引き摺り出されただけで有罪確定って聞いたよ」
「それよりも激しいとはいったいどんな裁判なんですか?」
ヴァンとホリーが驚くが、宗教裁判が開かれるだけで問題であることはわかっている。
アンドリエイラは拍子抜けした様子で言った。
「あら、引き摺り出されるだけ? 昔は捕まってすぐに拷問よ。その拷問の中で殺されることもざらで。でも結論ありきなのは変わらないわね。有罪即処刑よ」
「うーわー。有罪だとすぐ殺されるの? しかも有罪になる前に殺されるって、えー」
驚きの声を上げるウルは、今の宗教裁判は社会的な抹殺のみだと説明する。
それでも大問題であり、宗教裁判にかけると言われたモートンにはただ事ではない。
だがいまいち危機感もないウルの反応に、サリアンが訝しんだ。
「なんだ、相方が社会的に殺されそうになってる割に軽いな」
「あ、そこは平気。だってモートンの実家、教皇輩出した家だもん。今は枢機卿が何人か?」
「は?」
「おい、勝手にばらすな」
サリアンが声を上げるとモートンが低い声で止める。
否定のないやり取りに、心配していたカーランも教会で行儀悪く足を組んだ。
「なんだ、実家がそれだけ太いのに、なんで神官なんてやってるんだ」
「いや、その…………」
実際はウルからすでに、兄にかまわれるのが嫌で家出したと聞いてはいる。
「つまり、本当に宗教裁判になったらモートンの身元が判明する。そうなれば実家にご注進が行くのね」
教会のトップを輩出した家と聞いて、アンドリエイラが推測した。
今も影響力があるのは枢機卿という一握りの教皇の後継に複数を送りこめている状況から確定だ。
モートンが社会的にも殺されることはない。
同時にそんな家の人間が宗教裁判にかけられて、止めないわけがないのだ。
やる側も、権力者と争う覚悟が必要になる。
「だったらなんでそんな顔してるのさ」
同じ宗教者のルイスに呆れ交じりに聞かれて、モートンもごもごと言葉を選ぶ。
煮え切らない反応に、ウルがまた暴露した。
「居場所ばれて神官してることまで知られたら、家に連れ帰られるからだよ」
「もう、そんなことで紛らわしいです」
ホリーも心配したからこそ文句を言うと、ルイスが宥めるように手を振る。
「ま、でも宗教裁判なんて軽々しくはできないよ。人員揃えるのにも金かかるしね。でも本気でやると思ってる。そう考えるだけのことがあったんだろう?」
先を促すと、後からモートンたちに合流したカーランが答えた。
「まぁ、その流れ見ていたが、無茶苦茶だったな」
モートンとウルをドラゴン退治で責めていた勇者一行の三人。
そこにカーランが商人姿で現れると、勇者の標的にされてしまった。
「金も払わず、ただ情報だけを寄こせと。危険に対処するための善行だとか、勇者を助ける栄誉だとか。あの場で、んなこと暴露されてこっちは大損だ!」
カーランは思い出して怒りの声を上げる。
先はウルが引き継いで話した。
「で、あんまり一方的だったからモートンがカーラン助けに動いてさ。…………まぁ、ホーリンの町での料理人みたいなことになってね」
ホーリンの町で大食いにヴァンが挑戦した後のことだ。
店で料理の粗を上げたことで料理人が怒り、間違ったことは言っていないため、モートンも怒らせたことには謝るが、意見は決して変えなかったので余計に火に油を注いでいた。
その様子はルイス以外全員が見ていたので納得する。
サリアンが代表して話をまとめた。
「つまり、また正論一辺倒で論破して相手を怒らせたのか」
「う、むぅ」
否定できないモートンだが、やはり間違ったことは言っていないと撤回はない。
ルイスも何が起きたかを推察して、非と言える非がないことは理解した。
「勇者は何処の馬の骨とも知れない市井の人間らしいけど、一緒にいたのは隣国で聖女認定受けた令嬢と、隣国の王女だったよね?」
「そんな偉い人相手に粗を指摘したの?」
「それは、怒らせて当然ではありますが」
ヴァンとホリーも、モートンの頑固さにフォローができない。
アンドリエイラは人間同士の争いに笑いつつ、気になることを口にした。
「けれど、それで宗教裁判だなんて。ただただ言い負かせなかった相手を処分したいだけの見苦しい悪あがきね。しかもモートンの背後に何がいるかも知らないんだから、そのままにしておけば相手が火傷するでしょう」
想像してアンドリエイラは笑った。
(それだけ見苦しいことをする若者なら、裁判で鼻を明かされたらもっと面白いことになりそうね)
ただしょんぼりとしたモートンに、太い実家に対する自信はないように見える。
「…………ここに、いられなくなる」
「冒険者続けられないよねぇ」
他人ごとなウルに、モートンは厳めしい顔を向けた。
「お前の実家にも、うちから連絡行くぞ。過去の行状調べ上げられたうえで」
「やだー!? それあたしも家に連れ戻されるじゃん!」
「こっちとしては痛い目見せたい気はするが、情けをかけられた上で、『清心』が解散というのもな」
カーランは珍しく、金にもならない諍いに関わる姿勢を見せた。
アンドリエイラはそんなカーランの様子にも笑みを向ける。
「あら、義理堅いところがあるのね」
「どうせ、お嬢の手綱握るのに手は多いほうがいいとかそう言うところだろ」
「あとは、相手より強い後ろ盾いるのわかって、どう利用しようかってところかな」
サリアンとルイスが、カーランの腹の内を推測して開陳する。
見直そうとしていた面々は、カーランに疑いの目を向けた。
「まだなんとも言ってないだろうが。というか、ここまで付き合ってやってるんだから誠意だろうが」
「その程度の誠意なんて蟻みたいなもんだろ」
茶々を入れるサリアンは、余計なことを言うなと言わんばかりのカーランと睨み合う。
瞬間、アンドリエイラとルイスが反応して立ち上がった。
「おい、なんだ?」
「魔物が近づいてる!」
「この強さ、相手はすでに攻撃態勢に入っているわよ」
ルイスの警告に続いたのは、アンドリエイラの危機的な状況報告。
全員が揃って教会の外へと飛び出した。
ルイスはわからないが、アンドリエイラは過たず北の方角を指す。
「見えた。空を飛んで、何? 黒雲を従えている?」
アンドリエイラの人外の視力をもってしても判然としない。
揃って広場の見晴らしのいい所へ出ると、確かに北から妙な動きの黒雲がウォーラスの壁の上に現れるのが見えた。
さらに引き連れるようにして、とんでもない速さで空を飛ぶ何者かもはっきり視認できる。
ウォーラスの名前の由来の高い壁のさらに上で停止したのは、かろうじて人型と思わせる黒い魔人。
ただ顔は明らかに人ではなく、左右に割れる顎に、複眼の目、額からは長い触覚が風に揺れていた。
「魔人!? こんな田舎にどうして!」
「どうもこうも、魔王の配下なら勇者目当てだろ!?」
驚くホリーに、ヴァンが考え得る可能性を口にした。
魔人は魔物の上位種で、魔族と呼ばれる知能の高い魔物のさらに上位種。
人と遜色のない文化さえ持つ存在で、見ただけで違いはわかる。
またそれ故に、王をいただく存在であり、魔人の上には魔王がいた。
そして魔人が動くのならば魔王が動いた証とも言われている。
「あ、壁の上に出てきたのって勇者じゃない?」
「何か魔人と話しているようだが」
「いや、あれは言い争っているんじゃないか?」
ウルが指すところを見て、モートンとカーランも様子を窺う。
サリアンはアンドリエイラに聞こうとして目を瞠った。
「おい、お嬢? どうした? 何固まって…………」
「い…………いやぁ!」
叫んだアンドリエイラは突然、サリアンに抱きつく。
なりふり構わない反応に、周囲は驚くが、サリアンだけはこの恐慌に遭うのは二度目だった。
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