43話:当ての外れた勇者3
ウォーラスに戻ったら、森が閉鎖五日目だった。
勇者のせいで雰囲気が悪くなったと、教会のルイスが言う。
「とはいっても、こっちの旧村はましなほうだよ。新町は荒くれ者もいるからもっとね。森に行かないから宿も詰まってて、道端で野宿してる奴らもいるんだ」
「うわ、じゃあ、今日はここに泊るしかねぇのか」
「一人青銅二十」
「おい」
今夜の宿を勝手に決めるサリアンに、ルイスも笑顔で要求。
睨むサリアンに、ヴァンとホリーが取り成すように言う。
「宿に比べれば安いし、いいじゃないか」
「大人は場所取りますしお金くらい払います」
「絶対こいつ、宿貸したとか言って別の雑用振って来るぞ。金取った上で」
「神の家で休むなら、当たり前の奉仕だ」
サリアンに魂胆を暴露されても、ルイスは悪びれずしたり顔。
そんなやり取りの間、お嬢は考えに耽り無言。
その沈黙にサリアンは水を向けた。
「おい、どうした? さすがに森が心配か?」
「人間が森を荒らすなんて今さらよ。それより、ドラゴンがいないとわかっているのに、それ以上に何が危険だと言っているのかしら? あの馬だって、ドラゴンより下だったのに」
アンドリエイラは本気で、勇者が何を理由に森を封鎖しているのかわからない顔で悩んでいる。
しかしサリアンたち冒険者の心は一つだった。
(((お嬢だよ)))
(勇者を相手にもしてないかぁ)
ルイスは一人、遠目に見た年若い勇者を思い描く。
ただそれを言葉にする前に、気づいて教会の扉を見た。
教会を守る結界の中に入る来訪者を感知したからだ。
そして扉が開き、入って来たのはカーラン、モートン、ウルの新町へ行っていた三人。
見るからに疲れた顔をしている。
「あら、どうしたの? 新町は荒れているという話を聞いたけれど、そんなにひどかった?」
「ひどかったもひどかった。なんだろうね、あれ」
聞くアンドリエイラに、ウルは高く結い上げた髪を乱暴に払う。
ひどいと賛同したのは、町の様子ではなく何か個別のことを指している気配があった。
何より、モートンが無言で答えないのは普段にない様子。
顔色も悪い。
さらには守銭奴のカーランが、そんなモートンを椅子に誘っている。
カーランにも人の心が、などと思う者はいない。
異常な状況にサリアンも、それほどのことがあったのだと受け取った。
「新町で何があった?」
「…………勇者に会った。どうも俺を捜していたらしい」
「え、何したんだよ、カーラン?」
カーランに非があることを前提に聞くヴァンに、ウルが手を振って見せた。
「それがさ、なんかお告げか何かでカーランの持ってる情報寄こせって絡んできて」
「いや、最初から順を追って話そう」
ようやく口を開いたモートンが、制止する。
話が飛ぶらしく、まずはカーランが店に一人で向かい、ウルとモートンは情報収集のためギルドへと別れたところから。
新町自体はルイスが言うとおり、路上で寝る者が出るほど人が過密になっていたという。
人が増えれば摩擦も多く、その分苛立ちが募り喧嘩沙汰も目についたと語った。
それは冒険者が集まるギルドも同じことだったとも。
「職員も対応に苦慮しているようだった。それでもなんとか捕まえて状況を聞けば、勇者が森への通行を封鎖させたという」
「それで、ドラゴンいないことにもご立腹とかで、予定が狂ったって怒ってるんだって」
気落ちした様子で語るモートンに、ウルが不機嫌な声で続けた。
勇者の暴挙への怒りは、本人にはぶつけられない。
それなら、勇者が言う予定どおりに行かなかった原因に向ければいい。
ドラゴンがいない、倒されたというなら、現状はドラゴンを倒した者のせいだと。
「そんなバカな理屈で、暇を持て余した冒険者に絡まれてな」
「あたしたちがドラゴン倒したからいけないんだとかって本当バカ」
あらぬ罪で絡まれた点については、呆れた様子で気にしていない。
二人でやって来た冒険者の『清心』だ。
ましてやウルは素行不良で揉めごとなど慣れている。
いつもどおり対処と言われたが、アンドリエイラにはわからない。
「ホリー、いつもどおりというのはどうするの?」
「正面からモートンさんが睨みを利かせて、後ろを取ったウルさんがナイフをちらつかせます」
わかりやすい脅しだった。
そんなことをされて引かない馬鹿は冒険者としてやっていけない。
力の差、技量の差を見せつければ、怒りよりも命の安全を取れるのが冒険者であるはず。
ただ絡んだ冒険者たちは五日で鬱憤が溜まっていた。
いっそ暴れたかったのか、退かずに喧嘩を買いそうになったという。
「引き際を弁えなかったのね。もし喧嘩になっていたらどうしていたの?」
「四人くらいなら沈められるはずだぞ」
楽しげに聞くアンドリエイラに、サリアンは教える。
ただ暗い顔からそうはならなかったことはわかっていた。
そしてウルが怒りを叫ぶ。
「もう、あの勇者ってのがしゃしゃり出てきてさー!」
「まぁ、仲裁をする、目的ではあったんだろう」
人の良いモートンがフォローするも、歯切れが悪い。
それにもウルは憤慨した。
「あたしらがドラゴン倒した冒険者だってわかった途端、掌返してこっちを悪者扱いで!」
「あれは、確かにいただけない。しかも周囲の女性たちは輪をかけて、道理の通らないことをいうのだ」
「あらあら、大変ね。いったいどんな難癖をつけられたの?」
いっそアンドリエイラは面白そうに先を促した。
その誘いに、ウルは鬱憤のまま語る。
「神さまが勇者にやれって言ったことを横取りしたとか、そのせいでやるつもりだったことができないとか、余計なことするなとか、目立ちたがりなだけだろとか、ドラゴン売ったお金も不正に手に入れたんだとか言い出して!」
「それはあまりにも無法すぎます。勇者と呼ばれる方がなんて無道な」
「えー、奢れっていう冒険者のほうがまだましじゃないか」
あまりの難癖に怒るホリーと、たちの悪さに呆れるヴァン。
勇者とその取り巻きである聖女と王女は、言い分があまりにも一方的だった。
それはモートンも感じたことであり、言われるだけで済ませなかったという。
「もちろんそれは指摘した。神の指示にそもそも間に合っていないこと、ドラゴンの被害を防げたこと、予定は準備不足、被害が想定されていたなら余計なことではない、目立っていいことがあるとこの状態で言えるのか、金は働きの対価だと」
モートンは一つ一つ、正論の理詰めで勇者側の思い違いを諭した。
聞く耳があるならそれで退き、良識があれば思い違いを詫びるくらいはするだろう。
しかし最初から難癖と言ってウルは答えたのだ。
「うーん、火に油注いだわけか」
話の流れから、ルイスがその後の結果を想像して呟く。
途端に、今まで話に絡んでいなかったカーランが頷いた。
「俺がギルドで見た時には、何故かどちらが強いか白黒つけろと勇者に絡まれていたぞ」
「なんで今の話でそうなるんだ? 全然話が違うだろ」
サリアンも呆れるが、さらに呆れる話が続いた。
勝負に負けたらドラゴンの権利を譲れとまで言われたと聞いて、全員が勇者の無法ぶりに言葉もない。
「だが、カーランが来てからまた様子が変わったんだ」
「そそ、なんか勇者、カーランに食いついてこっちは放置になったの」
モートンとウルに言われて、カーランもげんなりする。
揉めていたモートンとウルがギルドにいたところに、勇者が絡んだ。
そこから難癖を正論で返され、口ではかなわないから暴力に訴えようとした。
そうしてようやく、最初のカーランが探されていたという話に辿り着く。
「情報提供をしろという話のようだった。と言っても、一方的過ぎてなんのことか理解するのに時間もかかった。で、神鹿のことを聞かれたわけだが。神のお告げかは知らないが、勇者はそれについて俺から聞く必要があると粘着してきてな。知ってるなら勝手に探せばいいものを」
神鹿は森に住み、人前にも出ないためウォーラスでも知られていない。
しかしカーランの祖父の祖父が出会い知っていた。
ただ余所者のカーランが知っていることを知るのは不自然であると共に、それこそ神に教えられたという証明にもなる。
モートンは溜め息を吐くと、疲れた様子で話しを巻きにかかる。
「神のお告げは、まぁ、本当だろう。だが向こうの言い分は支離滅裂だ。ただ確かに権力は持っていて、もう、単刀直入に言えば…………私は神に反する不正な行いをして勇者を妨害したとの理由で、宗教裁判にかけられることとなった」
とんでもない飛躍に、さすがのアンドリエイラも開いた口がふさがらなくなっていた。
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