41話:当ての外れた勇者1
ドラゴンの心臓の売買は成功した。
引き渡しも問題なく済み、ホーリンでの四日の滞在は終了。
冒険者も商人も、それぞれ楽しみはあった。
「護衛依頼というのは楽しいのね」
「はっきりいって、そんなの今回だけだぞ」
鼻歌でも歌いそうなアンドリエイラに、サリアンが釘を刺す。
それにウルが、革の小手の締め具合を確認しながら言った。
「けどお嬢がいるなら魔物には襲われないから、確かに今回は楽しいよね」
「楽は楽だよ。盗賊出てもドラゴンより弱いだろうしさ」
ヴァンのたとえはおかしい。
人間と比べる対象ではない。
ただ、聞いていた全員が納得してしまうのは、ドラゴンを倒すアンドリエイラを見たからこそ。
「他にどんな旅行先があるのかしら? ウォーラスから南東に行った場所の温泉地はまだあるの?」
当のアンドリエイラはわかってて知らないふり。
モートンは真面目に答えた。
「ターヴのことか。あの街は今も保養地だな。ただ他にも温泉が湧いて観光地になっている街があるぞ」
「ターヴは貴族屋敷が多く、あまり私たちではいけませんが。お嬢からすれば、港も大学も敷居は高くないんでしょうね」
ホリーが何処か羨ましそうにいうのは、華やいだ街への憧れがあるからこそ。
ただそんな情緒など一銭にもならないと切り捨てる感性のカーランが割り込んできた。
「おい、もう次の散財の話か? 今度こそ噛ませろ」
カーランが率いる馬車は、現在ウォーラスに帰る準備中。
馬車には行きと変わらない量の荷物が積まれていた。
新たに手に入れたものをウォーラスで売るためだ。
荷づくりを指示していたカーランは忙しいが、護衛依頼の冒険者たちは暇。
手伝えと言われたが、アンドリエイラが拒否し、それに乗って他も拒否した。
そのため端で管を巻いていたところにカーランが嫌味を言いに来たのだ。
「家具でだいぶつかっちゃったもん。もうすっからかんだよ」
ウルが両手を開いてみっせると、ホリーも頷く。
「まさかしっかりしたベッドがあんなに高いなんて」
二人とも宿暮らしか、もしくは簡素な家具に慣れていた。
そのせいでアンドリエイラが求めるレベルの家具など縁遠く、その値段も想像できていなかったのだ。
「まだ質は低いのよ。だからここでは間に合わせだけ。それにこれからいつ家に運び込むかで連絡を取り合わなければいけないのよ」
アンドリエイラはまだ家具の予約をしただけだという。
その様子にサリアンは、ホリーに向かって声を潜める。
「いくらぐらい使ったんだ? 金貨四枚は受け取っただろ」
ドラゴンの心臓の売り上げからの金だ。
護衛依頼ではありえないほどの金額であり、金貨四枚とは別に護衛料は白銅貨二十三枚が約束されている。
これも護衛依頼にしては破格で、冒険者の日の稼ぎを上回る。
その上で移動時の飲食は確約し、自由時間として四日の休みがあった。
四日の自由時間も銅貨で賄える範囲であり、金貨四枚が消えるには早い。
早すぎる。
「ベッド、机、いす、棚、お風呂と石鹸と」
ホリーが数え上げるのにウルも加わる。
「注文して作ってもらうところからってことで、工賃にデザイン費に」
「まぁ、そうなるか。工房を回っていたからな。金貨は何枚残っているんだ?」
散財も致し方ないと納得したモートンが聞くと、それまで指折り数えいていたウルとホリーが止まる。
そして立てる指は、ホリーもウルも一本。
「うぇ、金貨三枚も何に使ったんだよ?」
「金貨三枚しか使ってないのよ。さすがに絨毯を一から使わせるには足りないもの」
驚くヴァンに、アンドリエイラが不服もあらわに言う。
絨毯を作らせるのは金持ちと相場が決まっている。
それを念頭に置くアンドリエイラの考えが、冒険者たちと違う。
その上であり合わせと明言しているので、さらに散財の予定があることをカーランは察し、揉み手を始めた。
「そうかそうか。帰って家の建て替えもある。また必要な物もできるだろう」
カーランは機嫌を直して笑みを浮かべる。
(金の感覚が違うとは思っていたが、使うのもそうなのかよ)
カーランの欲にまみれた笑みを見たサリアンとモートンは、それぞれパーティーメンバーの肩を叩いた。
「おい、ホリー。財布の紐は固くな」
「ウル、目新しいものに惑うなよ」
カーランが売り込むとわかっていての忠告だ。
アンドリエイラと暮らす二人には、節制を心掛けなければむしり取られる。
ただ当の本人たちは目を泳がせていた。
「あー、うん。オーブン買ったもんね」
同じように目を泳がせたヴァンが、そんなことを言った。
四日の間、一緒にいたりいなかったりでそれぞれ何をしていたかを詳細に把握はしていない。
その中で、オーブン購入の際には女子三人の他にヴァンもいた。
何故なら食事に関して、相伴に預かるつもり満々だから。
サリアンとモートンは、アンドリエイラが町で料理をした時の様子で、そうなることは想像はついていた。
ただ商人のカーランは、眉を跳ね上げる。
「おいおい、いったいいくら使った? いや、それで金貨一枚保持したのはすごいな」
商人だからこそ知っているのだ。
鉄製のオーブンは最新の機器で、片田舎にはそうそうない。
だからこそあっても相当な値段がすることを。
「金貨四枚だったわね」
アンドリエイラが何でもない顔で答える。
ただすでに家具などを買った後であり、女子三人に金貨一枚を保持して、金貨四枚も出せる余裕がないことはわかっていた。
だからこそサリアンは気づいて弟分を見る。
「お前、まさか…………」
「だ、だって。またあのシチュー食べたかったし」
食べ物でつられ、金貨を出してしまったヴァン。
理由は健康的な男子の理屈。
味も食べたからこそ、もう一度と思う気持ちもわかるが、サリアンとしては別の問題があった。
(俺が食わせてないみたいだろうが! この大食漢!)
内心で叫んだが、口に出して言うべきだった。
「おい、まさかこいつ、がめつさから子供に食事を? どれだけだよ」
「む、いや、だがホリーはそんな風には。むぅ、しかし確かにあの食いっぷり」
カーランの邪推にモートンも否定できない。
「大食い出てんの見てんだろうが!」
サリアンが堪らず言うが、その食いつき方も日頃の飢えと思えるほど、サリアンには信用がない。
それでもモートンは思い直して咳払いをする。
ただカーランはわかっていて言っていたので笑うだけ。
その上でカーランは煽りに行く。
「二人も抱え込まれて、ずいぶんいい教育をしてるな? パーティーリーダー?」
「あぁ、そうだな。フリーだからってお前だけ逃げられると思うなよ?」
サリアンが今後も巻き込む宣言をしていると、ウルとホリーから声がかかった。
「カーラン呼ばれてるよ」
「準備ができたようですよ」
呼ばれてカーランは手を振って離れる。
その背中に指を立てたサリアンに、ヴァンがそっと近寄って主張した。
「ごはん、少ないと思う」
「黙ってろ」
高いヴァンの頭を押さえつけてサリアンは黙らせる。
そうして自らよりも大きく育てたのはサリアンなので、ヴァンが飢えさせられていないことは、少し考えればわかることなのだった。
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