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37話:ホーリン観光2

 カーランと取っていた宿に戻り、アンドリエイラは休憩をした。

 カーランは商人として、ドラゴンの心臓の状態確認や引き渡しの段取りなどに取り掛かる。


 そうして朝に着いたホーリンの街で昼を回るが、宿に現れる者はいない。


「戻ってこないわね。サリアンたちは外かしら。ちょっと探しましょう」

「おい、待て。一人で出るな。これ以上の問題はごめんだぞ」

「だったら、あなたがついてくればいいでしょう?」


 アンドリエイラは気にせず、観光気分で宿を出る。

 カーランは野放しにする危険から、仕方なく冒険者風に姿を変えてついて行った。


(くそ、サリアンめ。押しつけて観光してるな?)


 カーランは腹を立てつつ、真っ直ぐ目的地があるように進むアンドリエイラに聞く。


「初めてのはずだろう? 何処へ向かっているんだ」

「えぇ。でもこっちにいるみたいだから」

「まさか、何処にいるかがわかるのか?」


 カーランが嫌そうに確認するので、アンドリエイラは笑ってはぐらかす。


(実はわかるのサリアン一人なのよね)


 サリアンは縄張りに侵入した不埒者だ。

 解放の代わりに条件を付けたため、その魔法的な繋がりで居場所がわかる。


 あとは方向を見定めて、生者の気配を探るアンデッドの能力を使っている。

 冒険者は気力、体力、生命力が充実していないとやっていられない稼業だ。

 村人や町人よりも、ずっと感じ取りやすい存在でもある。

 サリアンの近くに冒険者らしい生者の気配が揃っているので、目星はつけやすかった。


「本当にいた…………が、何やってるんだ?」

「あ、お嬢とカーランじゃん。商談終わった? いくらになった?」


 二人の姿に気づいたウルが、欲を隠さず跳ねるように近づく。

 カーランはうるさそうに手を振りつつ、声を潜めて応じた。


「ウォーラスの町の年間予算の倍で売れた」

「あら、そんな金額だったのね」

「逆にそれだけの金を出せる相手、よく捕まえたな」


 吹っかけたアンドリエイラは他人事だが、聞いていたサリアンが目を瞠る。


 ただ反応しない者もいた。

 聞いていないホリーとモートンだ。

 そして一人離れた場所にいるヴァン。


「ねぇ、ヴァンはどうして他の者たちと並んでパンに腸詰を挟んだものを食べているの?」


 その問いで、ようやくアンドリエイラの気付いたホリーとモートンが答える。


「あ、お嬢。これは大食い大会で、一番多くを食べられた人に賞金が与えられるんです」

「止めたんだが、腹が減ったとうるさくてな。やらせてみたら今三番手についている」


 二人は真面目にヴァンを応援していた。

 サリアンとウルは飽きていたから、アンドリエイラとカーランに気づいたのだ。


「賞金が出るなら全員で出ればよかったじゃない」

「大した額じゃないが、観光の小遣いには十分。ただ優勝の必要がある」

「情報集めた限りじゃ最低十二個は食べなきゃいけないらしいから無理」


 すでにヴァンは十五個のパンと腸詰を胃に収めているという。

 だがそれよりも一つ多い十六個目にかかっている者が二人いた。


「あまり美しい食べ方ではないわね」


 必死に口に押し込むさまに、アンドリエイラも興味を失くす。


「だったらそこの店で甘いもの食べよ。ここ、商業の街だから目新しいものあるはずだよ」

「あら、いいわね。ホリー、あなたも勝手に食べ始めたヴァンなんて放っておきなさい」

「え、あ、えぇと…………」


 ウルの誘いにアンドリエイラも乗る。

 誘われたホリーは心惹かれつつ、兄弟が気になりつつ迷っていた。

 誘惑される様子を見ると、アンドリエイラはさっさと腕を引いて店に連れ込む。


 残された男三人は、顔を見合わせて、サリアンから二人が距離を取った。

 すぐさまサリアンは大柄なモートンと小柄なカーランの腕を掴む。


「ヴァン放置でお嬢見張るなんてできるわけねぇだろ? 商談終わってすぐに同行者が問題起こしていいのか? 何かあるかもしれないのに他人を巻き込むこんな所で放り出していいのか?」


 商売優先のカーランは嫌な顔しつつ足が止まる。

 モートンも良心が刺激されて、それ以上離れるのをやめた。


 そんなことをしている間に、アンドリエイラたちは道に面して並べられた椅子に着く。


「道にイスとテーブルを出すなんて。これが今風なのかしら? それにこんな店でお茶を出すのね」

「喫茶店は最近広まってるんだよ。こういうテラスは何処でもあるけどね」

「ここは綺麗なので、珍しくはあります。お茶はお金を出せば飲めますよ」


 座る前に注文したお茶とお菓子が運ばれてくる。


 手のひらサイズの丸いパイの中央には、チーズカードのクリームが焼き上げられていた。

 さらに香辛料と甘みを足したナツメグがトッピングされ、見た目も楽しい。


「見たことのないお菓子だわ。なんというのかしら?」

「メイズオブオナーだよ。確かどっかの城発祥のお菓子だっけ?」


 言ってウルは豪快にかぶりつく。

 対してアンドリエイラは、ナイフとフォークで優雅に一口サイズを口に運んだ。


「スパイスも多いし、匂いづけもいいわね。ずいぶん高そうなのに、町の者でも食べられるなんて」

「二百年前はそうかもしれませんが、街に来ればこれくらいはお金を払って食べられますよ」


 昔とは違うというホリーに、アンドリエイラは比較対象を上げた。


「あら、ウォーラスでは食べられないの?」

「ないない。あんな田舎にしゃれた喫茶店なんてないもん」

「村はそれこそ二百年前の習慣を守ってたりしますし」


 都市部と農村では文化にも情報にも差がある。

 百年ずれた暮らしでも驚くことではない。


 だからこそウォーラスでカーランが用意できた料理は、アンドリエイラでも懐かしいと言える古くからのものもあった。


「まずパイ生地に使う小麦粉がね。高いのは手に入っても売って、安いの大量に買うんだ」

「それに乳製品は質が良くないです。周辺の山羊のものは癖が強くてお菓子に向かないですし」


 ウルとホリーが、田舎では無理だという理由を挙げる。


「だからこそ、こういうところ来たら食べとかないとね。あたし次キャロットケーキ食べようかな。匂いからしてたぶんシナモンたっぷり」

「では、私はプディングを。赤いジャムはサクランボだと嬉しいです。お嬢はどうしますか? 他の店のお菓子が気になるなら、後で一緒に行きますよ」


 ゆっくり丁寧に食べるアンドリエイラが目を向けるのは、まだ奮闘しているヴァンの姿。

 そして見張りを押しつけ合うために言い争うサリアンたち。


「そうね、他のお店も気になるわ。向こうからアーモンドをローストしたいい匂いがしているの」

「それもいいですね。アーモンドタルトは、以前来た時に見ました。ただ食べる暇もお金の余裕もなかったんですけど」

「ところが今回はとんでもないお金の当てができたからね。いやぁ、喫茶店で甘いものふたつめなんて贅沢ぅ」


 ウルはキャロットケーキとプディングを持ってきて、上機嫌に言う。


「あら、粉糖がかかっているのね。本当に昔と違うわ」

「ぷ、お砂糖が珍しいって、本当故郷のお婆みたい」

「あら、粉糖がどれだけ作りにくいか知らないようね?」


 笑われたアンドリエイラが声を低くすると、ホリーがとりなした。


「砂糖には船で運ばれるものもありますから、南の出身のウルよりお嬢は珍しい思いもあるでしょう」

「まぁ、ウルは南? それは海の向こうかしら?」

「そうそう。モートンと出会ったのもここに来る前。で、一緒に船に乗って渡って来たの」


 他愛のない話をしつつ、話題はウルの故郷の思い出に。


「うちのお婆、お菓子作り上手でね。お嬢にもらったカスタードタルトには負けるけど、それでもお婆がお菓子作るとみんな家に集まったんだぁ」

「あら、もしかして家に竈があったの? いいおうちね。ウォーラスの家にも竈は作るつもりよ。タルトもそうだけれどパイも焼いてみようかしら」

「竈、そういえば最近はオーブンという調理器具があるそうです。鉄製の器具だとかで、貴族の方が台所の改修を行うと」

「そうよね、二百年経てば調理器具も変わるわね。オーブンというものも、ここにもあるなら見てみたいわ」


 ウォーラスは田舎で、喫茶店もなければオーブンもない。

 しかし冒険者と魔物素材の売買をする商人が出入りするので、人の往来は激しく、情報も比較的早く回る場所だ。


「よし、じゃあ次行って、それからどこにあるかカーランにでも聞こう」

「ウル、もう食べたんですか。ちょっと待ってください」

「ホリー、焦らなくていいわよ。私もまだお茶をいただいているもの」


 喫茶店で女性三人が集まって、甘味を楽しむ昼時。

 アンデッドでも和気藹々と、大食いを横目にお茶を楽しんだのだった。


定期更新

次回:ホーリン観光3

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