34話:護衛旅行4
旅の最初に襲われ、少々の私情は入りつつも、ドラゴンの心臓が狙われた。
警戒を強めたものの、その後は平穏な旅。
そして二日目には目的の街、ホーリンを視界に収めることになる。
「魔物も寄ってこないのはさすがにおかしいだろ」
歩けるようになったサリアンの視線の先には、アンドリエイラがいた。
少女の見た目の割に、先を急ぐ旅に弱音や文句もなく同行している。
実際痛痒など感じていないのだが、そんなアンドリエイラを横目に、モートンは応じた。
「考えてみれば、魔物は縄張り意識が強い。その上で格上がいる場からは遠ざかる」
「あ、そうか。ドラゴンより強いからそれ以下の魔物は出てこないんだ」
「ドラゴンの心臓の肉を狙うような魔物も恐れて近づかないのでしょうね」
ヴァンとホリーが納得すると、ウルが暢気に笑う。
「お嬢が言うとおりただの旅行になったよね。普段より扱いもいいし快適ぃ」
「どうした? 移動するぞ。無駄話をするな」
一度車列を離れていたカーランは、今日は商人の格好になっていた。
街の門へ先に行き、城門を通るために列をなす他の荷馬車の中に、サリアンたちを残していたのだ。
アンドリエイラは前にも後ろにもできた列を見回して聞いた。
「順番はどうするの?」
「そんなの待ってられるか」
「不正はいけません」
「純然な力だ」
列を乱すことに反対するホリーに向けて、カーランは胸を張った。
ただ手では、金を表すサインを示している。
「金の力って、何が純然だよ」
「俺が真っ当に稼いだもんだ。いいから手を動かせ」
青い不服を漏らすヴァンに、カーランは護衛としての仕事をするよう指示した。
移動に伴う警戒のため、サリアンたちがお互いに距離を取ると、馬車が動き出す。
しかしすぐに兵が駆け寄って来て、列から抜けようとするカーランの馬車を止めた。
「待て、先に出す人ができた。お前らは後だ」
「話が違うぞ」
カーランが文句を言えば、兵士も声を潜めて早口に訴える。
「面倒な相手だ。下手に目をつけられるよりもやり過ごせ」
賄賂分の働きのため、兵士も順番の繰り上げをなかったことにするつもりはない。
サリアンたちも周囲を警戒しつつ耳を傾けた。
アンドリエイラは自前の耳の良さで、全く気にしてないふりで兵士の声を聞く。
「隣国の聖女が神託得たとかで昨日街に入ったんだ。腕の立つ若いの連れてな。上からのお達しで門の通行は優先される。上から変に目をつけられるのも面倒だろ。向こうは出て行くだけだ。移動はその後にしろ」
権力者が出した指示を守らないことに対する面倒さがわかって、カーランも渋々応じる。
元の列に戻るよう指示を出し、その間に情報収集に切り替えた。
「その相手ってのは何処の誰だ?」
「さぁ、昨日いきなり来て詳しくはしらないな。お偉いさんだからってのも今回って来た情報だ」
盗み聞きから何かを思いついたサリアンが、ヴァンに耳打ちをする。
ヴァンはサリアンの指示を受けて、兵に近づいて聞いた。
「腕が立つってどれくらい? 聖女のための騎士かなにか?」
無遠慮なヴァンだが、大きくても子供だということは言動と顔つきから察せられる。
兵士も話したいことがあった様子で応じた。
「それがドラゴンを倒すんだとよ」
半端に笑う兵士が、誇大に言っているとも思える返答。
しかしサリアンたちは、自分たちが運ぶ荷に目が吸い寄せられた。
ヴァンに応答したことで、アンドリエイラは無邪気さを装って兵士に声をかける。
「ドラゴンだなんてとてつもない腕ね。こちらの道を通るということは、行先はどちら?」
「え、お、おぉ。ウォーラスだ」
服装を変えたところで、貴族のような振る舞いの変わらないアンドリエイラ。
兵士はやんごとない雰囲気に慄きつつ、良く知る町の名を上げる。
答えに、サリアンたちの目はまた荷に向く。
目の前の兵士を不審がらせないよう、一度は堪えたカーランも、二度目はドラゴンの心臓へと視線が動いてしまった。
「私たちもウォーラスから来ましたのよ?」
「そうなのか? 大変なことになるだとか、色々ぶってたらしいが…………」
「まぁ、そうなのですか? 特にこれと言った変化はございませんでしたわね」
「ふぅん、神託とやらもそんなもんか」
「これから起こることかもしれませんし。心に留めておくべきでしょうかしら。あぁ、兵士の方、お忙しいところを足を止めさせてしまってごめんあそばせ?」
「いや、まぁ…………その、また呼ぶから、な」
アンドリエイラの貴族風の言葉遣いに、兵士は終始押される。
そして去れと婉曲に言われるまま、カーランに声かけて去った。
兵士が遠ざかると、サリアンたちはすぐにアンドリエイラの周りを囲んだ。
「おい、ウォーラスでドラゴンって…………!」
「絶対これですよね。神託でわざわざ討伐なんて、ご足労いただいたのに」
サリアンに続いてホリーが申し訳なさそうにドラゴンの心臓を見る。
「変化がないとかよく言うよ。出て行く前も冒険者ギルド忙しそうだったのに」
「神託はドラゴンを予見したということか? だが、お嬢のことは予見しえなかった?」
呆れるウルに、モートンは神託の範囲を考える。
しかしアンドリエイラが手を振った。
「というよりも仕込みよ。言ったでしょう。勇者を育てるために神が試練を用意すると。あのドラゴンはそれ用に仕込まれていたものでしょうね」
「待て、つまり誰も見てないドラゴンが住み着いてたのは神が、手引きした?」
さすがに言葉に迷うカーランに、アンドリエイラはこともなげに応じる。
「えぇ、そういうことするのよね。あの時私たちが会っていなかったら、そのまま森の奥からウォーラスへ向けて移動していたのではないかしら」
「おいおい、なんてふざけたことすんだよ。だが、それもお嬢のお蔭で失敗か」
サリアンは腹を立てながらも、すでに心臓を抜かれている状況に鼻を鳴らす。
モートンは、アンドリエイラの話から指を一本立てて見せた。
「つまり、神託を受けた聖女が連れるその腕の立つ若者は、勇者?」
「おぉ、勇者。本当にあのドラゴン倒せるほど強いのかい?」
ヴァンは興味から聞くと、アンドリエイラはひらひらと手を振る。
「ここを通るそうだから、見物すればいいじゃないの」
「あの、お嬢は大丈夫なのですか?」
ホリーが心配するのは、もちろんアンドリエイラがアンデッドであり魔物であるため。
勇者とは魔と戦う者のことを言う。
時には魔の王とも戦う存在であり、強力な魔物ほど勇者の敵であるという認識だ。
サリアンたちからしてもアンドリエイラは規格外の強さを持つ魔物。
本人も魔王を歯牙にもかけない強さを持つ自覚がある。
つまり勇者の敵でしかない。
「モートンも最初気づかなかったくらいだし大丈夫でしょ」
緊張感が漂い始めたところで、ウルが投げやりに言った。
危機感のない様子に、冒険者たちは気を抜く。
もし戦いが起こるようなことがあれば命がかかるだろう状況。
しかしウルの暢気さに、その様子はない。
アンドリエイラも勇者だからと喧嘩を売るつもりなどないのだ。
言うとおり、ただ見物する、それだけ。
そして小一時間待った末に、勇者と思しき優先で通行する人物が現れた。
「さぁ、急ごう! 今も困ってる人が待っているんだから!」
癖のない黒髪の少年が、意気軒昂に仲間へと声をかける。
引き連れるのは胸の大きな修道服の少女と、愛嬌のある顔つきにドレスを改造しただろう派手な少女。
「「はい、勇者さま!」」
高く媚を含んだ声に、ドラゴンと戦う緊張感などない。
そんな様子に、列の中からは僻みの舌打ちや悪態が発される。
アンドリエイラはそれらを聞きながら、じっと遠ざかる勇者の背を見つめていた。
アンドリエイラの目には、立ち上るほどに与えられた加護の輝きが見えている。
いっそねっとりと絡みつくように尾を引くさまが、蛇のようだ。
(ずいぶんご執心ね。もしくは逃げられないようからめとってるのかしら。あれでは精神に影響が出るでしょうね。その内、人間性が歪んでしまうわ)
勇者の発言から、被害に遭う誰かのためを思っての行動だ。
しかしいずれ神の加護と共にその意向に逆らえなくなる。
そうなれば、もはや勇者は他人のためになど行動しない。
全て操る神のためが行動指針となり、地上のことなど顧みることはなくなるだろう。
アンドリエイラは小さくなっていく勇者の背に、憐憫と共にそっと黙礼を送った。
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