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31話:護衛旅行1

 カーランの商売のための護衛として出発するのは翌日だった。

 昨日の内に依頼を出された冒険者パーティー『星尽夜』と『清心』は文句たらたらだ。

 それでも翌朝には教会前の広場に旅装で揃っている。


「文句が多かった割に手際がいいのね」

「手際っていうか、身一つのお嬢がおかしいんだよ。水さえ持ってないよね」

「私たちも家財なんてないですが、それでも旅装の準備はしていますよ」


 ヴァンとホリーの二人が、手ぶらのアンドリエイラに眉を寄せていた。

 寝食の必要がないアンドリエイラは、昨日買った服のまま旅のための靴さえも変えずに集合場所に来たのだ。


 服装を整えたはずが、旅装を整えた一団の中ではまだまだ浮いていた。


「ちょっと、俺だけ置いてくの? ひどくない?」


 教会の前でルイスが文句を言えば、サリアンとカーランがあしらう。


「ひ弱なんだから。元から旅なんて無理だろ」

「何かの役に立つならいいが、ついてくるなら最低限歩け」

「ひどーい。これはお土産奮発してくれないとー」


 ふざけ合ってるような会話だが、内心を映した目は剣呑だ。


(ふざけんな! 俺だけ残して面倒ごと押しつける気だろ!)

(院長さまが何言ってんだよ! そのよく回る舌の使い時だ!)

(せいぜい領主からの使いに頭下げてろ。そっちのほうがお似合いだ)


 訴える目をするルイスに、サリアンが軽く睨み、カーランが冷めた目を向ける。


 そんな裏と表のいがみ合いをする所に、モートンが声をかけた。


「おい、早く出発するためにも荷の確認を始めるべきだろう」

「他の護衛の人と配置話し合わないといけないんだからさぁ」


 真面目なモートンに引っ張られて、ウルもサリアンとカーランを呼ぶ。


「それじゃ、せいぜいよろしく」


 サリアンはルイスに手を振って、教会に背を向けた。


 ドラゴン退治で領主からの呼び出しが予想される中、依頼で不在という言い訳のための旅路だ。

 そうなると所在を尋ねに縁ある教会へ、領主からの使いが現れることは想像に難くない。

 領主の使いを無下にはできないルイスが引き受けることは、もはや決定だった。


「ルイス、屋敷のこともよろしくね」

「もう、お嬢さんもひどいなぁ」

「ふふ、お土産は買って来るわ」


 アンドリエイラもわかってて手を振る。


 そうしてカーランが率いるドラゴンの心臓を運ぶ車列が、村を発していった。


~~


 ルイスは一人教会に戻り、日々の仕事をしていると、予想していたとおりに来客がある。


 隔離が必要なアンドリエイラと違って、ルイスは来訪者を客として院長室に案内した。

 ルイスと懇意なマダムたちもやって来るので、それなりに調度は整えてある部屋だ。


「本日はどのようなご用件で?」

「ここに出入りしている冒険者たち、『星尽夜』と『清心』は何処へ行った?」


 不愛想な使者の質問に、ルイスは笑みを浮かべる。


(冒険者如きのために村まで足伸ばしてやったんだぞってか?)


 ルイスは内心毒づきながら、なんでもない風に答えた。


「今朝、ホーリンへ旅立ちました」

「理由は」


 ギルドを通した正式な依頼の結果だ。

 調べるくらいしろと言いたい気持ちを飲み込んで、ルイスは愛想笑いを続ける。


「先日のドラゴンの素材を売るためです。その護衛に指名依頼を受けたとか」

「なんと勝手な」


(勝手なのはそちらだろ。優先されるべきだと思いあがってるなら、優先しろと最初からはっきり言え)


 ルイスは内心で毒づくのは、ドラゴンの騒動から一日経っているからだ。

 冒険者風情と侮って一日放置したのは領主代理。


 だが上位者の考えとして、使者の姿勢が珍しいわけではない。

 奉仕すべきと考える人間が、思い通りにならないことに怒りを覚えるものなのだ。

 身勝手さを正当だと思い込んでるため、言うだけ無駄なこともルイスはわかっていた。


(それともドラゴンの素材、供出しろとでもいうつもりだったかな?)


 ルイスは自分の邪推に目を伏せる。

 この田舎の領主、しかも代官が希少素材を手に入れて販路があるとも思えない。

 すでにギルドを挟んでいるので、供出など組合からの抗議が目に見えている。


 怒る使者にルイスは話半分で聞きながら、頃合いを見て切り上げにかかった。


「先約がありますのでそろそろ」

「なんだと? 私がまだいると言うのにか」

「ご不満があれば直接交渉をお願いします」


 ルイスはそう言って、貴族夫人の名が刻まれた封筒を差し出す。

 代官の使者でしかない相手は、格上の存在に黙った。


 いや、黙ったのもつかの間、負け惜しみを交えつつ来訪の本題にようやく入る。


「こちらも暇ではない。討伐の仔細を聞き取りに来たのだ」

「ギルドに報告されているはずでは?」

「今後の警備や捜索部隊の編制、さらには昨夜の騒ぎの調査もしなければならん。報告が回って来るのを待っていられるか」


 使者も仕事があるからこそ足を運んだ理由はあった。


「そうですか、では伝聞でよろしければ」


 もちろん事実など言えないため、ルイスはその場で言い訳を捻りだす。


「ことの初めはとある少女。森で神鹿を見たというのです」

「神鹿? 聞いたことがないぞ、そんなもの。魔物か?」

「それが曽祖父が遭遇したという冒険者がおりまして。曽祖父は森で難儀していたところを助けられたと。そのため少女を案内に、冒険者たちは神鹿を探して奥へと入ったそうです」

「ふん、冒険者の与太か。それでその神鹿とやらはいたのか?」

「いえ、その前に見たこともない巨馬の魔物に襲われています。牙の折れたその巨馬によって二手に別れて逃げることになったそうです」


 ルイスは真実を誤魔化しつつ、その上で事実には沿った形で話した。

 さらにはあくまで伝聞。

 間違っていても言い訳はできる範囲を語る。


「あとから思えばという話ではありましたが、巨馬は逃げていたのではないかと」

「逃げていた?」

「巨馬の折れた牙を見つけた側の冒険者たちは、焼け焦げた森の奥地に辿り着いたのです」

「焼け焦げ、まさか…………」

「はい、そこにドラゴンがいたのだとか」

「む、むむ、飛来したのでもなく、いたのか?」


 事前の目撃報告もないとなれば、森を監視する側の責任になるため、使者もその点は確かに確認する。

 何よりそう確認することが、領主館側がドラゴンの存在を把握できていなかったことを物語っていた。


「えぇ、彼らもとても敵わないと逃げようとしましたが、ご存じのとおりドラゴンのブレスは強力であると同時に広範囲。盾を持つ神官が他の仲間を守ることに手いっぱいで、その場から動くこともできなかったそうです」

「おかしい。それでどうやって討伐をしたというのだ」


 ルイスはもったいぶって声を落とす。


「実は、彼らが倒したわけではないのです」

「なんだと?」

「説明のしようがないというのも頷ける事態でした。何せ、ドラゴンは突然死んだのです」

「そんなわけがあるか」

「盾を構えてブレスを耐え、もう一度ブレスが放たれる。それに備えてまた盾を構えて隠れた時、ドラゴンは倒れ伏し、見た時には何やら喉の奥が破れて死んでいた。ドラゴンを倒せるように見える者は何もいなかった。それが、かの冒険者たちの話でした」


 ルイスが語る内容は、事実ではある。

 アンドリエイラを見て、ドラゴンを倒せる思う者はそういない。


「馬鹿な、そんな話を何故ギルドは認めた?」

「ですから、ギルドにも最初から怪我をして暴れていたところを、ブレスを乱射したために傷口が開いてと報告をしたそうです」


 サリアンたちもアンドリエイラの正体が露見しないよう誤魔化しはしたのだ。

 結果、ブレスを吐かせたことを討伐の功として報奨金が出ることになっている。


「そういえば、珍しい白い渡鴉を見たそうです。戦わなくて正解だったのでしょう」

「英雄を天界へ導く、戦場の死神? そんな迷信がどうしたというんだ。まさか勇ましくドラゴンと戦っていたら、神の目に留まって死んでいたとでも? 馬鹿馬鹿しい」


 使者の反応で、ルイスは確信する。

 二百年引きこもっていたという亡霊令嬢を知らないことを。

 起き上がった時からの付き合いだという死神の黒猫も知らないだろう。


「今ダンジョン攻略を止めるわけにはいかん。しかし夜現れた謎の魔物も無視はできない」


 使者が独り言を呟くことで、ドラゴンの血に狂った魔物化ということさえ把握できずにいることもわかる。


 情報を売りつけようか、何かの折に恩を売ろうか、ルイスは笑顔で算段し始めていた。


定期更新

次回:護衛旅行2

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