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28話:改装計画3

 カーランが用意した部屋に呼ばれ、アンドリエイラたちは移動する。

 広い部屋には着替えの衝立、手伝う女中も揃えてあり、机にはいくつもの服が並ぶ。


「うわ、なんでこんなに用意したんだ?」


 サリアンが並ぶ服に声を上げると、カーランは腕を組んで見せた。


「少なくても見栄えが悪いからな。変装用に用意してたのも並べてはある」

「え、血とかついてない?」


 不穏な心配をするウルに、カーランは睨みを効かせる。


「お前は俺を暗殺者か何かと思ってるのか? 馬鹿みたいな妄想外でたれながすなら覚えておけよ」

「そういう脅しをするからいけないのでは?」


 ホリーはそういうが、当のウルは気にせず服に近づく。


「お嬢、ほら。この中に好きなのある? やっぱりスカートは長め?」

「大きいものもありますが、裾詰めくらいはしてもらえそうですね」


 ホリーも手に取って、周囲にいる裁縫道具を携えた女中に目を向ける。


「正直見たことのない形の服ばかりだわ。ずいぶん布地は薄くなったのね」

「よくある服だと思うけど。まぁ、森に入る冒険者にはいないか」

「防御力などを考えれば、そこは。それに私たちもドレスには縁がないです」


 ウルとホリーも貴族の令嬢が好む服装などわからない。

 その様子にアンドリエイラは指を立ててみせた。


「では、二人で選んでちょうだい。それをまず着てみるわ」

「よし、だったらもっと動きやすい服にしようよ」

「でしたら、こちらの赤など似合いそうです」


 任されたウルとホリーは、あれこれ意見を出し合う。

 アンドリエイラは奉仕と受け取り満足げに頷いた。


 蚊帳の外になったサリアンとカーランは、部屋の端に用意された椅子とテーブルへ。

 そこで共同生活の話を聞かせる。

 さらにはドラゴンの心臓を売った値段を誤魔化すなと圧も忘れない。

 華やかで楽しげな声を響かせて服を選ぶのとは対照的に、サリアンとカーランが会話をする一角はギスギスとしていった。


「よし、それじゃこれ着てみて」

「きっと似合うと思います」

「ふふん、あなたたちのセンスを見てあげ…………な!?」


 アンドリエイラの驚きの声に、サリアンたちも言い争いをやめる。


 ホリーとウルが差し出すのは、白いシャツにレースとリボンのタイ、そして赤いスカートにリボンで飾ったコルセットだ。

 今を生きる人間からすれば、なんの変哲もない服装。

 古風なアンドリエイラに寄せて大人しいくらいにもみえる。


「な、な、な…………なんて破廉恥!?」


 そんな服を前に、埒外の叫びをあげたアンドリエイラに、誰も目が点になった。

 そして破廉恥の言葉に、次々ウルへ視線が集まる。


 防具を身に着けていないウルは、胸回りを大きく出しており、足元も隙が多い。

 人によっては商売女と言いそうな開放的なスタイルだ。


「うぅん? これでもお嬢に合わせたんだよ? 露出は最小限だし」

「えぇ、私たちからすると少し古いくらいのスタイルなんですが」


 ウルとホリーも合わせたのだが、想定よりもアンドリエイラの感性は古かったのだ。


「コルセットなんて下着じゃない! なんて恥ずかしい恰好を!?」

「えー? なんか言ってることが田舎のお婆みたい」


 ウルの言葉に周りも頷く。

 コルセットが使用され始めた当初は確かに下着だった。

 しかし普及すればその分使い勝手が優先されていく。

 服の下に固く締めるコルセットは労働には向かない、もしくは労働し続けるとコルセットが密着する分暑い。

 そのため今となってはコルセットを服の上に着けるのも珍しくない。


 しかし時代に取り残されたアンドリエイラは納得しなかった。


「それにシャツだって肌着よ! それをこんな隠しもしないで!」

「昔はそう言う用途であっても、今は見せていても問題ありませんよ」

「っていうか、シャツだけでうろついてるのいたでしょ、お嬢」


 ホリーの説明に、ウルはウォーラスの町にいたことを教える。

 冒険者が多いとその分運動量も激しく、シャツ一枚でうろつく者など珍しくもない。


 その様子にカーランが、年かさの使用人を呼んで話を聞くと、アンドリエイラに声をかけた。


「お貴族さまじゃ今も上着なし、ベストなしのシャツはだらしない恰好らしいな。だが、労働者は逆にシャツ出し、コルセットが基本だ」

「普通に動きやすいからな。お嬢の感覚が古いんだよ…………い、いや、似合えばなんでもいいだろ。それに赤っていい色じゃないか」


 サリアンから漏れた本音を覆うように、弟分のヴァンを思い浮かべながらフォローする。

 一度は睨んだアンドリエイラも、似合うという言葉には反応した。


「そう? 似合う? …………そうね。確かに赤はいい色合いよ」


 ただヴァンの好きな色が赤というだけで出たサリアンの肯定に、ちょろくもアンドリエイラは文句を言うのをやめた。


「いいわ。任せたのは私だもの。着てあげる」


 そう言って衝立の向こうに、手伝いの女手と一緒に向かう。

 その間に、カーランが使用人相手に指示を出した。


 そして着替えて衝立を出たアンドリエイラは、室内に使用人が増えていることに気づく。

 ただ特に害意も感じられないので、今は初めての装いを優先した。


「ど、どう? やっぱりこれは肌着丸出しじゃない?」

「いや、お嬢より絶対ウルのほうが見苦しい」

「喧嘩売ってんの? これで釣れる男のほうが見苦しいでしょ」


 突然貶すサリアンに、ウルはあえて胸を押し上げるように腕を組む。

 その姿に、ホリーは真剣な顔で言った。


「服装を改めろとモートンさんは何度も言っています」

「あ、ははぁ。…………えっと、あたしの恰好よりお嬢だよ。そんなにシャツとコルセット気になるなら上掛けとか着たらいいんじゃない?」


 逃げるウルに、ホリーも危険な存在の機嫌を取るほうを優先した。


「そうですね、気に入らないようであればもちろんお嬢の好きなようにしてもらって」


 そう言われたアンドリエイラは、服の中から珍しい手触りの布を取り上げる。


「あ、それチュールだね。こんな普段着には向かないお高い布地まであるんだ」

「こちらに、同じような赤色のケープありましたよ、お嬢」


 ウルが教える間に、ホリーが新たな服を見つける。

 アンドリエイラはチュールを重ねて、ケープを羽織り浅く頷いた。

 比較的、シャツとコルセットが目立たないようになる。


「これならまぁ」

「おま、一番高い布地選びやがって」


 アンドリエイラが迷わず手に取ったのは、亀甲紗とも呼ばれる絹のチュール。

 カーランは半端に文句を漏らすと、サリアンへ睨むように訴える。


「おい、支払いどうするつもりだ?」

「本人に請求しろよ」


 できないとわかっててサリアンは笑う。

 目の前で竜を倒し、死神を従え、夜の森を平気で飛ぶ。

 相手にできないと知っていて煽るサリアンと、カーランは睨み合う。

 そんな争いに、アンドリエイラは呆れて口を挟んだ。


「あなたが得る竜の心臓の値段から引いてくれていいわ」

「だそうだ。下手な値段はつけられないな」

「くそ…………」


 手を向けて見せるサリアンにカーランは歯噛みする。

 心臓の分の分け前を安くすれば、服の値段に釣り合わない。

 だからと言って、服の値段で大幅に引いて残らないようならアンドリエイラの怒りがカーランに向く上に、以後の強力な魔物の素材が回らないことになる。

 それを少しでも避けるために、カーランは使用人に向けて指を鳴らした。


「素晴らしい、気品がにじみ出ております」

「あなたのような方に着られて服も喜びましょう」


 増えた使用人も揃って、アンドリエイラに向けてよいしょを始める。

 全員が笑顔で、大袈裟に頷くこともすれば、拍手や掛け声を上げるなど、祭りかと思うほど。

 それでも絶え間なく四方から褒め称えられたアンドリエイラは、驚きから次第に口元がまんざらでもない様子で緩み始めた。


「…………しょ、しょうがないわね。これが当世風だと言うなら合わせてあげるわ。金額も聞かないから、心臓の払いに文句も言わないわよ。それがいい買い物をした対価なのだから」


 よいしょをされたアンドリエイラは、胸に手を当てて顎を逸らす。

 完全に煽てられて、調子に乗り安請け合いをした。


(こういうところは可愛げっていうのか?)


 サリアンはいい加減アンドリエイラのちょろさを理解し始める。

 ただそうは思っても、過るのは初対面の只者ではない強者の風格。

 そして見上げるほどに大きなドラゴンを、ほぼ一撃で下した実力。


(ないな)


 サリアンは胸中で、そんな失礼なことを考え、一人頷いていた。


定期更新

次回:改装計画4

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