27話:改装計画2
ウルが突然アンドリエイラを買い物に誘った。
サリアンは冒険者として思い当たることを口にする。
「昨日の戦闘で何か買い替えが必要になったのか?」
武器防具はもちろん、使い捨ての道具も駆使して魔物と戦うのが冒険者だ。
特に斥候役のウルは、武器以外にも道具を使用する職で消費は激しい。
他にも巨馬にドラゴン、魔物化した植物や虫との連戦だった。
ただその懸念は、ウル自身が否定する。
「違うよ、服。服買いに行こうって誘ってるの」
「服? 誰の?」
ヴァンが聞くと、ウルはアンドリエイラを指差す。
瞬間当人以外は納得の目。
「何よ?」
不愉快な気配にアンドリエイラが睨んでも、叫び回りさえするウルは真剣な顔で言った。
「一緒に暮らすなら、せめてそのダサいドレスはやめてほしいの」
「ダ!?」
あまりに真っ直ぐなお願いに、アンドリエイラもすぐには言葉を返せない。
それを見て、ホリーも心からの誠意をもって訴える。
「お金で注目されるのを避けるなら、お嬢ももっと市井に馴染んだ服を着てほしいんです」
「ま、まぁ、確かに? ちょっと歩くだけで不躾に見られるのは気分のいいものではないわ」
その言葉に全員が驚いた。
((((((見られてる自覚はあったんだ))))))
まるで気にしないような振る舞いに、無自覚さえ疑っていたのだ。
モートンは不躾な思考の後ろめたさもあって、咳払いをし話を進めた。
「と言っても、この町は冒険者向けがほとんど。それ以外はかつての村人が作ったものを買いとる。もしくは布地自体を買い求めるかだ」
「あら、それでは服はどうやって仕立てるの?」
アンドリエイラの常識からすれば、服は作らせるもの。
しかしそれが平民たちに当てはまらないことは知っている。
「自分で作るんだよ。そうでなければもっと大きな町にいる仕立て屋に依頼するのさ」
ルイスが答えると、アンドリエイラは別の場所へ行くことを思案する。
ただサリアンは、一瞬人の悪い笑みを浮かべて助言をした。
「お嬢が悪目立ちしてるからには、すぐに替えるべきだ。だったら、ある所に行けばいい」
「それは何処なのかしら?」
アンドリエイラが応じると、サリアンは親指で自身の後方を指した。
「カーランのとこ。ついでに様子見もしに行けば払いが悪いこともなくなるだろ」
「あら、魔物を扱ってるのかと思ったけれど、服なんて取り扱いがあるの?」
驚くアンドリエイラに、ウルが教える。
「ここで扱ってるのは確かに魔物素材なんだけど、基本はなんでもいいみたい」
「そうそう。マダムへの贈り物とか、カーランに頼むこともあるよ」
「つまりそれだけの品を扱えるのね」
ルイスが身分のある女性への贈答品を誂えると聞いて、アンドリエイラも乗り気。
それ受けて服装を変えたいウルとホリーは、一緒にカーランの元へ向かうことになった。
「俺はここで奉仕をしよう」
モートンは一緒に行かず、教会の手伝いを申し出る。
「じゃ、俺は宿戻ってもうひと眠り、って、ぐぇ」
寝ようとするヴァンの襟首をモートンが掴んで引きずり、強制参加。
ルイスは笑顔で、ヴァンを連れたモートンに頷いた。
「じゃ、サリアンはお嬢さんの案内よろしく」
「なんで俺!?」
「あら、最初から案内はあなたがすべきことじゃない」
アンドリエイラは当たり前に、初めて出会った時のことを指摘する。
黒い悪魔の捕獲に失敗したサリアンは否定できず、密かに拳を握り締めた。
(…………よし、あいつに押しつけよう)
そう決めると迷わず、サリアンは教会を後にする。
行く先は工房通り。
そこから通りの裏へと引っ込む路地を進むと、倉庫かと思える建物が現れた。
「あら、ずいぶん巧妙に入り口が隠されているわね」
「そう、あいつの本当の拠点は新町の店じゃない。こっちだ」
アンドリエイラはサリアンに案内されて、隠された入口へ向かう。
その扉は色ガラスで飾られた麗々しいもので、倉庫風な外観には明らかにそぐわない。
ここはカーランの隠された屋敷なのだ。
押しかけてきたサリアンたちに、カーランは明らかに嫌そうな顔を見せる。
「見るからに冒険者。それに見るからに高貴な令嬢。悪目立ちする組み合わせで来るな」
「用事があって来てるお客さんだよ?」
「そうです。お嬢のために手を貸してください」
そしてウルとホリーに理由を聞かされ、さらに渋面になるカーラン。
「お前ら…………」
完全に巻き込まれたことに気づいて、カーランの声が低くなる。
サリアンは断られまいと、助言めいた囁きをした。
「少しくらい印象良くするチャンスだろ」
「ち…………!」
舌打ちをして、カーランは拒否はしなくなる。
「確かにその格好には思うところがある。改善する気があるなら早いほうがいい」
「え…………」
全員にファッションに難ありと思われていたことを知り、アンドリエイラはショックを受けた。
そんなまた荒れそうな気配に、ウルとホリーは方向性を変える。
「ほら、やっぱり目立ちすぎなんだよ、お嬢」
「もっと今風の服に興味はありませんか?」
「…………ある」
渋々答えるアンドリエイラの答えに、ウルとホリーはにっこりと笑って見せた。
「よぉし、だったらこのあたしが教えてあ、げ、る」
「センスがあるのは認めますが、胸元開くのはなしですよ」
調子に乗るウルに、ホリーが釘を刺す。
その様子を見ていたカーランは、溜め息を吐いて言いつけた。
「ともかく、ある服集めて持ってきてやるから待ってろ。だが、あのアップルパイにつぎ込んだ金以上のものは用意できないぞ」
「え、あれそんなに高かったんですか?」
反応したのはホリー。
カーランの扱う商品が決して安物じゃないと知っているからこそだ。
察していたサリアンも改めて言われて明後日を見る。
「もう腹の中だから値段なんてどうでもいいだろ」
サリアンのごまかしに気づいたホリーは不満の表情だが、ウルは気にせず頷く。
「じゃあまずはお嬢の身長に合う服あるだけ持って来て。裾や腰は詰めればいいけど、肩は縫い直さないとどうにもならないからそこら辺気をつけて」
「あら、服飾詳しいの?」
アップルパイの値段など言うほどでもないアンドリエイラに、ウルは得意げに胸を張る。
カーランは片手をあげておざなりに応え、室外に出て行った。
「昨日は汚れてたからわからなかったかもしれないけど、防具だって気合い入れて革を染めたやつだったんだから」
防具を着ていない今、ウルは胸元の開いた以外は珍しくない平民の服。
ただしスカートに隠れた部分には武器を携帯していた。
普通に見えて、冒険者としての工夫があることにアンドリエイラも頷く。
「ホリーは服装でこだわりはあるのかしら?」
「私は薬剤を使うので、袖が広がらないようにしているくらいです」
そういうホリーも厚手の外套で防御力を補っていた森の中と違い、上着とスカートという肉体労働者とは違う大人しい服装だ。
「もっさりしてるけど、悪くないわね。ウルの平民らしい感じもちょっと着てみたい気もするわ。でも肌触りは重要よ。まずは任せるけれど、気をつけてちょうだい」
「結局洗ったらだいたいごわごわするじゃん。それより好きな色はないの?」
「この場合は似合う色を選ぶべきじゃないんでしょうか? 今着てる黒以外で」
同性同士、高い声で話し始めるアンドリエイラたちに、サリアンはあえて距離を取って座る。
カーランとしてもドラゴンの心臓の取り分を多く寄こせと言われないための胡麻すり。
魔物に命乞いをするような、貢物。
だというのに、華やぐ女子の話。
サリアンはそんな女たちの緊張感のなさを、横目に自嘲を含めて笑った。
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