25話:教会の与太話5
サリアンがアンドリエイラとの共同生活という話の切り出しに悩んでいると、思わぬところから糸口が出て来た。
「聞いてよ。今朝部屋に鼠出てねぇ」
「もう昼だぞ」
嘆くように切り出したウルに、モートンが厳めしい顔で無情に訂正する。
徹夜で夜の森で活動した上で、鼠が出たのは教会へ来る前。
ウルからすれば寝起きのこと。
そしてそれは、この場の大多数に共通する話題だった。
「宿行ったらすごい悲鳴で驚いたよ。眠気が吹っ飛んだ」
ヴァンが笑って言うと、ホリーは自分の腕を抱いた。
「嫌ですよね、鼠なんて。私も叫びそうでした」
「それで下着姿でモートンの部屋に飛び込んでいくのはどうなんだ?」
その現場に居合わせたのは、もちろん呼びに行ったサリアンもだった。
宿へ迎えに行ってそんな状況を目にすることになったが、糸口としては考えていなかった。
(だが、鼠が出る宿か。これは使えそうだ)
サリアンが話を繋げようと考えている間に、アンドリエイラはいっそ同情的に頷く。
「いやね。鼠を捕る猫をあの宿では飼っていないのかしら。あ、でも…………昨日ゲイルが大勢の猫を動かしたせいかも?」
「やだー。今まで出たことなかったのに。もう、今日寝に戻るの不安すぎるって」
ウルの言葉を逃さずサリアンは切り込んだ。
「なら、お嬢の屋敷に住んでみたらどうだ」
「え!? やだ!」
「私の許可を取りなさい」
アンドリエイラは断られてなお、胸を張る。
サリアンはその様子を指差してその場の全員に向けて言う。
「こんな子供一人住んでるだけ面倒ごとが増えるだろ。なんだったらホリーでもいいぞ」
「え、だったら俺も…………」
「女性の家に転がり込むのはちょっとどうなの?」
ルイスが揶揄うように言えば、ヴァンは顔を真っ赤にして前言撤回。
初心な反応を笑ったアンドリエイラは、不公平にならないよう条件を提示した。
「別に住んでもいいけれど、その分お金はもらうわよ」
「幽霊屋敷にお金払ってまで住む人いるわけないでしょ」
ウルが当たり前の顔をして言うと、モートンがそんな相棒に呆れる。
「強力な亡霊を抑え込んだ本人に何を言ってるんだ」
「私は薬師で少し浄化の心得はあります。けれどさすがにお嬢が住むような場所での対処は無理です」
ホリーは真面目に言うが、アンドリエイラは瞬きを繰り返す。
「対処なんていらないわよ。普通に住めばいいわ」
「霊障があるだろう」
神官として当たり前だと思っていることを指摘するモートンに、さらにアンドリエイラは首を傾げた。
「そんなの追い出したいからやるんであって、私が許可するなら何もないわよ」
「というか、許可しないと入れないようにできるらしいから、鼠も出ないって話なんだよ」
幽霊側の考えが頭にないことでのすれ違いに見切りをつけ、サリアンが核心を教える。
その言葉にウルがぐらついた。
「え、本当? 鼠絶対出ない? お酒のつまみにとっておいたチーズ齧られない?」
「食べ物を置きっぱなしにするのはさすがに止めるけれど、まず入れさせないから出るわけがないわね。命ある者なら私の縄張りで好きにはできないわよ」
至極真っ当なことを言いつつ、アンドリエイラは亡霊令嬢だからこその能力も、当たり前のように告げる。
(ウルがこの反応ってことは、本当に住むだけじゃ命の危険ないわけか)
即座に拒否された時には不安になったものの、幽霊が怖いだけで危険はないことをサリアンは確認する。
「けど有名な幽霊屋敷に住むって、悪口言われそう」
思いつくままに言うヴァンに、ホリーは眉を顰めて同居に後ろ向きになる。
しかしそれをルイスが止めた。
「だからこそさ。今回のことで大金を手にいれたでしょ。安い宿にいたんじゃ盗みもあるだろうし、俺は心配だよ」
「あぁ、そうか。そういう心配も必要だな」
モートンも指摘されて、考える様子でウルに視線を向けた。
気づいたウルは気楽に応じる。
「毎日飲んでればその内なくなると思ってたけど、お嬢の屋敷のほうがいいかも?」
「おいおい、そこまでか」
さすがにサリアンの不安が増した。
ウルが反応するということは金目当てに命の危険の可能性すらあるということだ。
それを見てホリーも不安そうな表情を浮かべている。
「ギルドに預けてもですか?」
「そこは冒険者証とか、代理手続きとかのために誘拐辺りじゃないかな」
ルイスに言われてぞっとするのは、男のヴァンも同じだ。
「もしかしてそれ、俺たちも?」
「いや…………まず狙うのは女子供だろうな」
サリアンはあえて言うと、そのどちらの条件にも当てはまり、金も入るアンドリエイラに視線が集まる。
「ま、この中で一番危なさそうな相手が、一番安全なんだが」
サリアンの言葉に誰も否定できずに沈黙が落ちた。
その空気感を把握してサリアンとルイスは畳みかける。
先に話し合っていた前金の話から、依頼料さえ入れば、アンドリエイラが払った分だけ買い取りという形で払い戻すことまで。
「そう聞くと悪い話じゃなさそうだけど」
「やはり場所が、少々不安ですね」
ウルとホリーの感想を聞いたアンドリエイラは、座っていた教会の椅子から立ち上がる。
「それなら今から見に行きましょう。私も中の様子を確かめたかったし」
「そう言えばあそこの鍵なんかは?」
サリアンが確認すると、ルイスは両手を開いて見せた。
「ないよ。幽霊屋敷に入る人いないし。住んでた人は死んでるし。こっちに管理投げられた時には、もう鍵は開いたまま」
「ここの領主は危機感がなさすぎないか?」
モートンは勝手に入る者の命すら惜しんで渋面になるが、慈悲の心とは裏腹に厳つい。
ヴァンは領主の危機感について、アンドリエイラを見て言った。
「幽霊もドラゴンは倒せないからね。比べたらもっとすごいのが森にいたからじゃない?」
危険度で言えば、アンドリエイラはドラゴンを一撃で倒せる超級。
その事実に、幽霊屋敷の幽霊の危険度が、相対的に低くなることを全員が納得する。
その上でアンドリエイラは首を傾げた。
(そんな私の屋敷に住むかどうかには、危機感を覚えないのかしら?)
それはそれで、畏怖され敬われたい気持ちと反する。
ただ、幽霊だアンデッドだと忌み嫌われたいわけではないため、黙ることにした。
アンドリエイラたちは、揃って教会から幽霊屋敷に移動する。
変わらず屋敷は寂れているが、見てわかるほどの陰気さは鳴りを潜めていた。
「本当にここ、まだ幽霊いるの?」
ヴァンは先日と明らかに雰囲気が変わっていることで、気が大きくなる。
「いるわよ。会いたいの?」
「そんなことない!」
ヴァンは否定するが、アンドリエイラからすると、すでに屋敷からこちらに気づいてみている。
以前の屋敷の主人然とした強さはなく、アンドリエイラの配下となった悄然とした姿で。
そのため昼日中の明るい内は、見えないほど存在感はなくなっていた。
「まぁ、陥れられて死ぬよう仕向けられた、うら若い乙女が亡くなった場所となると、女で不安はあるかもしれないわね。けれど、ここの霊は自らを陥れた男のほうを恨んでいるから女のほうが安全よ」
「あれ、私が聞いた話だと、とんでもない淫売の令嬢が多くの男の恨みを買ってって」
ルイスが言うと、ウルが別の説を挙げる。
「えぇ? あたしが聞いたのはすんごく嫉妬深くて凶暴な女が暴れ狂ったって」
他から出る話も素行の悪い女の末路という話や、金遣いが荒すぎて田舎に閉じ込められた放蕩娘という話。
そうして話ていた次の瞬間、幽霊屋敷が敵意を剥きだして、冒険者たちに襲いかかるような圧をかけた。
モートンとルイスが対処しようと構える間に、アンドリエイラが軽く手を振る。
途端に、膨れ上がった殺意と怨念は散るように消えた。
「そういう適当なことを言うから怒って、ここの霊も攻撃的になってたんじゃない。屋敷の中でそんな話すると、さすがに庇う前にあなたたち死ぬわよ」
全員が叩きつけられた死の気配に慄き、アンドリエイラの忠告に頷く。
事実を知らない者がわかるのは、巷の噂は霊が怒り狂うほど的外れだと言うことだけ。
幽霊屋敷の本領にも怯えることなく、アンドリエイラは古びた扉を開いた。
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