22話:教会の与太話2
「はぁ? 他人の過去を勝手に喋って、この…………!」
「じゃあ、サリアンも私の過去を喋ってみるといい」
「語ることなんざないだろうが!」
「はははは! それでは華麗なる女性遍歴でも?」
サリアンは過去を勝手に暴露されたと知って怒るが、語るほどの過去はないルイスに腹いせもできない。
「一応聞いておきましょうか。あ、過去のほうね」
アンドリエイラに言われて、サリアンは教会の椅子に行儀悪く座る。
その姿にやんごとない血筋などみじんも感じられない。
「確か曾祖父さんくらいが、いいとこの息子だったか?」
「そう、武名を挙げた名君の息子だったとか。けれど次代の椅子を巡って兄弟で争い、結果全員没落。その後の子孫たちも転がり落ちるように財産も土地も名前も手放してるよ」
昔の話であり、今のルイスには何一つ残っていない関係のない話だ。
「で、ルイス産んでおふくろさん死んで、親父さん一人じゃ育てられねぇってここに」
「何処かで肉体労働してたらしいけど、事故で死んだという知らせが、預けられた一年後に届いたらしいよ」
「つまり語ることもない天涯孤独ね。いっそそれくらいしがらみがないから好き勝手してるのかしら」
現状、一番無法なのは、教会に入り込んでいる魔物のアンドリエイラだ。
そうも言えず、サリアンは別の気になったことを口にする。
「で、こっちに聞くだけでお嬢は? なんかないのか?」
「そうだね、麗しい亡霊令嬢の生まれは歴史的なロマンがありそうだ」
サリアンは探りも含めて話を振った。
その根本を知ることで、アンドリエイラの弱点でもわかれば安心材料にできる。
幼馴染のルイスもそれとわかったため、言葉を飾り調子に乗せようとした。
しかしアンドリエイラはつまらなさそうに応じる。
「なんのロマンもありはしないわ。いらなくなったから捨てられて、そのまま死んだのよ」
「いらなくなったって、どういうことだよ」
「それだけ若い身空で。さぞ惜しまれたことだろう」
アンドリエイラは興味さえないように淡々と答えた。
「死ぬことを望まれていたから、惜しんだ人なんていなかったわよ。あぁ、もしかしてこの慣習はもうないのかしら? 私、双子だったの」
言われてもわからない顔をする二人を見て、アンドリエイラはようやく笑う。
「昔々の習いよ。双子が生まれると国が亡ぶと言われる不吉な存在だったの。だから生まれてすぐに片方を捨てて殺すのよ」
「まさか、お前捨てられたのか?」
「いや、それはおかしい。お嬢さんの振る舞いは古さはあっても確かな貴族のそれだ」
言われて、アンドリエイラは淑やかに微笑んで見せた。
「そう、捨てられたのは私じゃなかった。私は双子だったことも知らされず、王子の婚約者に相応しいよう教育を施されたわ。十五になれば嫁ぐ予定でね。けれど、その前に私の双子だという子が現れたらしいの」
捨てて殺されたはずの片割れの存在を、アンドリエイラは目の前に現れるまで知らず。
知った時にはもう、王子の心は奪われ、自らの身分さえ奪うための喜劇の中だった。
「本来捨てられたのは私だと言われたわ。そして、私は卑しくも本当の婚約者に成り代わった大変不遜で尊大な悪なのだそうよ」
「えーと、つまり? 令嬢として育った本物を偽物にして、本物に成り代わった双子がいた、のか」
「そして本物に偽物の自分を被せて、大罪人にした。国の存亡に関わる不吉の割に、なんだかお粗末だね」
訳がわからない二人に、アンドリエイラは間抜け面を笑う。
(悪だと言われた時に、悪らしく振舞っていれば少しは楽しめたのかしら)
思ってみても、当時はアンドリエイラも年相応の乙女。
状況について行けず、弁明の機会も与えられず、王子は心奪われ、両親は自らを被害者として保身に走った。
そしてその他の人たちにとっては、双子の片方が死ねばそれでめでたしめでたし。
「もしかしてお嬢さん、そのまま殺されて?」
「いいえ、慣れない環境で風邪をこじらせて死んだわ」
ルイスの想像を否定する。
「じゃあ、不遇への恨みと若死にの未練で起き上がったのか」
「特に未練はなかったわよ。まず何がなんだかわからなかったから。突然自分と同じ顔の相手がいるのよ。何か悪い魔法にかかったような気分だったわ」
サリアンの推測も否定し、人間たちの混乱ぶりを笑うアンドリエイラ。
「あなたたちも見たでしょう。私の死に引かれて、死神のゲイルがやって来たの。そして私が何故死ぬかすら知らないとわかって、だったら生まれ変わって全てのしがらみを捨ててしまえと言った。だからそのとおりにしたわ」
死神の誘いによって魔物への変生。
そこには解消されるべき後悔も未練もなく、罰されるべき恨みも呪いもない。
「はぁ? じゃあ、お嬢。お前がこの教会に入りこめてるのって、邪悪じゃないからか?」
「というよりも、地上に存在するにしては、しがらみを捨てた分希薄だからよ」
「それはどういう意味かな? しがらみを捨てるというのは、人間を辞める以外に含意がある?」
サリアンに答えたアンドリエイラに、ルイスは疑問を解消しようと尋ねる。
「そのままよ。私は私ではない死ぬべき双子の片割れにされた。それまで培った何もかもを、私ではない誰かに奪われた。その時点で私には名前もなければ、生まれた家もないと否定されているわ」
「名前って、アンなんとかって」
「アンドリエイラ。もう、人間が来たからわざわざ名乗るためにつけたのに。覚えなさい」
アンドリエイラの言葉に、サリアンは愕然とした。
(つまり、結界に刻むための名前すら持たない化け物か!)
(そりゃこの町も、高い壁作って見張る以外できないよねぇ)
ルイスもアンドリエイラの無法ぶりに内心呆れる。
生きているのに、生きた人間としての全てを否定し奪われた令嬢。
死を望まれ、死に瀕しては死神の導きを受けて起き上がった。
地上のしがらみを捨てた隠者のごとく、真理を体得し悟った覚者のごとく。
アンドリエイラという魔物にとって、死は恨むべきものでも、憎むべきものでもない。
「えーと、ちなみにその国はどうしたの? 死んでも起き上がったなら討伐とか」
ルイスが好奇心で聞くと、アンドリエイラは思い出すように顎に指をあてる。
「いいえ、屋敷にいた者たちを変生した際の勢いで殺してしまった後は、恐れて近づかずにいたわね。私は屋敷を縄張りにして守りに入ったから十年以上そのままだったわ」
「まぁ、恨みつらみもないってんなら、特に外にも興味ないのか。だが、人間はそうでもないだろ」
サリアンが討伐はあったはずだと指摘すると、アンドリエイラは小さく笑う。
「あら、私が死んでいるかどうか確かめるのも面倒だったのではないかしら。だって、私だった者は王子の妃になって王妃にまで登ったのだし」
貴族の家からすれば、栄光をもたらす娘こそ重視すべき存在。
森の狩猟館に捨てた娘が死んでいようと生きていようとどうでもいい。
双子という問題も、居ない者としてしまえば見ないふりができる。
「まぁ、二十年くらい経って、国を呪う魔物と言われて討伐隊が来たけれど。そもそもあの狩猟館、私が死ぬ前から呪われていたから、近づくだけで勝手に弱っていたのよ。辿り着いた時には吹けば飛ぶようだったわ」
「最初から呪いって…………。あ、あの森って昔から魔物いたり?」
ルイスが思い至り聞くと、アンドリエイラは頷く。
「いたのでしょうね。私が生きていた頃はまだ、館のある場所は森の浅い位置だったけれど。元から大物を討伐した記念で建てた狩猟館だったから」
魔物の中には、恨みつらみで呪いを土地に残す能力を持つ者もいる。
今はアンドリエイラのものとなっている館は、その魔物に呪われたのだ。
そこで死んだアンドリエイラは、知らず呪いさえ飲み込んでいた。
しかし未練も恨みもなかったので、ただただ人間を害す能力だけを得て、知らず発揮したために討伐隊は手も足も出なかったのだ。
「国も知らない内に滅んでいたわ。もう死んだ時にしがらみは断ったから、何一つ私には関係のないことだけれど」
本気で興味なさげなアンドリエイラに、サリアンも確認程度で聞く。
「ちなみにそれ、何年前だ?」
「さぁ? 千年は行ってない、はず?」
「うん、良しこの話やめよう」
ルイスが両手を振って宣言する。
もはやアンドリエイラの強さを知るだけの話にしかならず、サリアンも異論はない。
ルイスは胸元に仕舞い込んでいた書類を取り出すと、アンドリエイラへと差し出した。
「ここに売買契約書がある。内容を確認してほしい」
「あら、手際がいいじゃない」
「お嬢さんを待たせるわけにはいかないからね」
ウィンクをして渡したのは、幽霊屋敷の契約書。
中身を確かめるアンドリエイラに、サリアンも後ろから覗き込む。
書かれた契約内容は、土地家屋の売買契約だった。
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