21話:教会の与太話1
ドラゴンを倒し、夜にはドラゴンの血を雑に扱い植物が魔物化。
ウォーラスの町は朝まで火が消えることはなかった。
「で、夜を徹してドラゴンブラッドインクの元になりそうな素材集めて回ったの?」
アンドリエイラは朝、教会でルイスと昨夜の顛末を話していた。
商館で食事をしていたルイスは、非戦闘員だと言って帰って寝ていたのだ。
そのためサリアンたちと違って、疲れてもいなければ徹夜もしていない。
「そう、カーランなんて倒した蔦の魔物まで回収していたのよ」
話すアンドリエイラはそもそも動く死体の魔物。
寝食は本来不要な存在だ。
それでもいいベッドで横になれば気持ちがいいし、美味しいものを食べれば心地がいい。
ただ朝になって惰眠を貪るほどの寝床がないため、森から戻って教会へ暇をつぶしに来たのだ。
ルイスは孤児院で孤児の世話をしていた。
しかしアンドリエイラが現れたことで一人教会で対応をしている。
(社交性は高いわね。けれどそのにこやかさは優しさではない。確実に私を隔離するために自ら生贄になるなんて、涙ぐましいじゃない)
自身の脅威を知る行動に気をよくするアンドリエイラに、ルイスは愛想笑いを浮かべた。
「麗しい令嬢にそんなに見つめられると困るな」
「大丈夫よ。あなたにとり憑いたものは美しいものが好きだから。あなたに美しい者が近づく分には何もしないわ」
ルイスは硬直し、わかりやすく動揺するほどに、予想外の言葉を正面から食らった。
「…………えーと、見えてる?」
「うーん、見える類のものではないわ。けれどこびりついているのはわかるわね。その性質を考えれば、あなたが何に魅入られているかは想像がつくだけよ」
ルイスは密かに息を整え、笑顔で武装する。
「いやぁ、驚いたな。霊が見えたりという力とは全く別の能力かな?」
「そうね、霊が見えてもあなたにとり憑いたものは見えないでしょう。だって、内側にあるんだもの。肉の中を透かし見るような力がないと無理よ」
「そ、れは、なんとも。…………うーん、そこまではっきり言うなら聞いちゃうけど。俺が虚弱なのってそのせい?」
「えぇ、そうね。内側に抱えてるせいで、あなた人間二人分以上の消耗を常に背負っているわ」
ルイスの虚弱体質は生まれつきではなく、成長するごとに弱っていったことを知るのは少数。
何か原因があると、ルイス自身も聖職者として修練をしたけれど改善されなかった。
虚弱は治らないがそれでも才能はある。
だからこそいっそ利用して教会を前任者から奪い、有閑マダムから援助を得て孤児院経営を行っていた。
「うーん、もしかしてさ、俺の美貌とセンスって、その虚弱と関係ある?」
「あるわよ。あなたにとり憑いてるものが与えているんだもの」
はっきりと肯定するアンドリエイラに、ルイスはがっくり項垂れた。
その中性的な美貌と儚さで見る者が見れば喜ぶが、アンドリエイラは全く心惹かれない。
「けっこう寝起き辛かったりするんだけど。これ一生ものかぁ」
「いいじゃない。変な癖をつけられるより。たぶんサリアンたちよりましよ」
アンドリエイラが言った途端、ルイスは真顔になると、大きく肩を竦めた。
「何? そういうのもわかるの? 血筋とか?」
「サリアンの場合は先祖の血が特殊ね。あなたは小さい頃に取り込んでしまったから憑かれた。でもサリアンたちは生まれついて持った血が、神と通じた英雄のものだから、その影響が色濃いのよ」
「えー? 小さい頃に取り込んだとか、俺自身初耳だけど。その、サリアンたちって範囲、聞いても?」
「聞いているんじゃないの? サリアンとヴァンとホリーは父親が同じ。そしてモートンも先祖に神に通じた者がいる。ウルは血筋にとり憑かれてるわね」
「あ、はい。後半初耳。何、あいつらも訳有?」
ルイスは確認のつもりが、顔見知りの自覚がないだろう秘密を開陳された。
アンドリエイラからすれば初見でわかっていたことなので、気にせず他人の秘密を暴露する。
「モートンはたぶん神殿の神ね。血筋的に神からの好印象を得られる。けれどそこまで力は強くない。だから運がいいとか、決定的なところでは間違えない程度の加護ね。ウルはあの生き残りの勘。神未満の精霊に相当する何かね」
「精霊って、何?」
「知らないの? 自然から生じる概念の具象。それが長じると魔王や神になるわ」
「あー、うん」
ルイスは理解を放棄した。
信心深くはないけれど、知らなくていい、宗教的禁忌と察して深掘りを避ける。
意図を察してアンドリエイラも言わないが、ウルなら聞くだろうと考えていた。
命にはかかわらず、興味本位の範囲であり、聞いて後悔するだけだから。
けれどルイスは手堅く慎重で、自身が神か魔王未満の何かを取り込んでいるなどと言われる愚は犯さない。
「うーんと、これは興味だけど、そんなのと一緒にいることのあるカーランは?」
「あれはひたすら才能が受け継がれてる感じね。ここで富を得られるという勘が冴えているのよ。ただそれと生き残れる能力があるかは別ね」
ルイスは他人事だからこそ面白くなると同時に実益を求めて聞く。
「じゃあ、サリアンたちは? あいつらの父親、好色だけど身分あるから、向こうでお家問題とかあるとめちゃくちゃ面倒なんだけど」
「あら、そうなの。でも英雄の血筋だから常に問題のほうからやって来るタイプよ? だから私のような者の前に出て、生きて言葉を交わすようなこともしてしまうの」
アンドリエイラの説明に、ルイスは笑顔をとりつくろって口を閉じる。
(自覚あるのかよ!)
しかし内心では、全力で突っ込みを入れた。
もちろんアンドリエイラも、自身が死者であり魔物であり、生きた人間と相いれないことはわかっている。
ただそれはそれとして暇をしていたので、サリアンを利用したのだ。
(つまりちょうどいいところに来たサリアンが悪いのよ)
そして同じ血だからこそ、ヴァンとホリーはサリアンに続いてアンドリエイラと対話した人間となった。
「そうだ、そのサリアンとあの二人の関係。秘密にしてくれないかな?」
「あら、知らせてないの? 孤児院でも特別扱いされていたように聞いたけれど」
「そこはね、サリアンが母親と知り合いってことで。実際知った相手だったし」
「だったら秘密にしてあげるから教えてちょうだい。よもやま話も暇つぶしにはちょうどいいわ」
「他人の人生をって、あぁ、世界の果てまで彷徨うなら、もはや戻れない人生はどうでもいい話か」
「聞いてて面白い部類ではあるわよ」
世界の果てまで彷徨うのは、人間から魔物となった者を形容する言葉。
死して魂が神にも拾われず、地獄で償うこともなく、世界が終わるまで行き場もない者のこと。
アンドリエイラはそもそも何処へも行く気がない。
行こうと思えば天界へも地獄へも行けるだけの力があるが、行かないのだ。
「こうしてたまの道楽は面白いものよ」
「道楽ね、サリアンが聞いたら怒りそうだ」
そう言いつつ、ルイスはサリアンの身の上を勝手に話す。
アンドリエイラの不興を買うほうが恐ろしく、友の過去くらい盾にした。
「あいつはこの孤児院に捨てられた。俺が一年早く孤児院にいたんだ。で、育つとあのとおり悪たれで、俺はこのとおり美しさを武器に教養を得た。ある日、旅行好きなマダムに別の街に連れ出されてね。その時にサリアンも一緒に連れて行ってやったんだ。そしたら、ヴァンとホリーの母親が声をかけて来た」
サリアンは母親似だったという。
そのため、母親の知り合いであり、同僚だった女性は気づいて声をかけた。
そして、サリアンを捨てた後に母親が死んでいたことを告げたのだ。
「女中として仕えていた館の主人に手籠めにされて、腹が膨らんで夫人から追い出された。で、一人で産んで育てたけど、男が生まれたと知って夫人が殺しにかかったそうだ」
「あらあら、やんごとない血筋は今も昔も面倒ね。それで、母親は殺されたの?」
「いや、サリアンと一緒に心中したように見せかけて自死したそうだ。声をかけて来た相手は、唯一サリアンの生存を知らされていたが、今度は自分が館の主人に狙われてサリアンの様子を見に行くこともできなかったらしい」
そして結果、拒み切れず手をつけられてヴァンとホリーを出産した。
すでにサリアンの母親の前例があり、ヴァンが狙われると一緒にホリーも始末される。
その時、女性はサリアンを思い出した。
数年前に一度会って、母親の死を告げただけだが、それでも確かに弟妹。
サリアンのいる村の孤児院に二人を預け、自らは行方をくらませた。
「ヴァンとホリーが捨てられたことを知って、サリアンは母親を捜した。一年がかかりで見つけたが、その時にはもう死病に侵されてたらしい。子供が生まれてたことは気づかれる前に、館のある街を離れて点々としてたそうだ。子供を手放した後に無理がたたって、そのまま」
「まぁ、だからあれだけ因果なことになっていたのね。死んだのに生きているだなんて」
アンドリエイラから見て、サリアンは悪業を背負ってもいないのに、背負ったような運命をしているのが見えていた。
そんなことでアンドリエイラが笑った途端、教会の扉が開く。
そこには話していたサリアンの姿があった。
「な、なんだよ?」
二人にじっと見つめられて、サリアンはたじろぐ。
その目に同情はなく、だから捻くれているのだという、生ぬるい感想だけがあった。
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