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18話:ドラゴンの血3

 食事も進み、テーブルにいくつも並べられていた皿はほぼからとなり、育ち盛りの胃袋に収まった。

 酒も進み、二日酔いを訴えていたはずのウルは普段よりいい酒に満面の笑みだ。


「ブドウは干しブドウだからいいとして、リンゴを使うならもっと水分飛ばしたほうがよろしくてよ」

「ぐぅあぁ、腹立つ! 早朝だったらクリームでも用意して叩きつけたのに!」

「あら、わかってるじゃない。牛乳も卵も新鮮な物じゃなくちゃ。私も今日振舞ったカスタードタルトは失敗してしまったもの。そういうこともあるわ」


 善意のアンドリエイラの助言だが、煽られてると思っているカーランには逆効果。

 他でも会話と賑わいが食堂には広がっていた。


「はぁ、やっぱり肉と酒は人生の必需品だ」

「いやぁ、やっぱりカーランの所のお酒はいいね」


 肉を片手に酒をあおるモートンと、パンを片手に酒を回すルイス。


「モートンのあのお酒好きだけは尊敬できません」

「美味しいのは本当なんだし、お酒の趣味は合うけど。はめ外すのがなぁ」


 ホリーが呆れると、ウルも酒を飲みつつぼやく。

 ヴァンもホリー派で、そもそも酒を飲むことをよく思っていない。


「どっちも酔うと脱ぐのが嫌だ。俺はこの先絶対酒飲まなくてもいい」

「それはお前がお子さまだから美味さがわからないんだろ」


 サリアンはそう言いつつ、アンドリエイラに意識を向ける。


 カーランと話す様子に気は抜けない。

 阿漕な商人を巻き込んだとはいえ、先に見つけた金の卵を攫われるようなことは困る。


「そう言えば、カーラン。勇者を召喚したのはどこの国? こことは近いの?」

「隣の国だな。ここら周辺の国は小さいから、興味があるなら見に行ける距離だぞ」

「勇者自体に興味はないわ。基本的に神を疑わない従順な人間だもの」

「そうなのか? 勇ましい冒険譚や、心優しいなんて美談があるもんだが」

「普通、他国に突然誘拐されてきて、言われるまま人助けなんてしないわよ」

「あぁ、なるほど」


 カーランは納得した。

 物語ではそういうものと説明もないが、言われてみて、自分に置き換えてみればわかりやすい。


 ただサリアンは置き換えたからこそ、従順という言葉に異を唱える。


「勇者にも美味しい話だろ。神の力借りて、栄達が約束されてるんだ。欲ありきなら、従順なんていわない。物語じゃ、王になった奴もいるくらいだ」

「最初から強く一つの欲望に囚われた者を操るほうが楽だという神もいるけど、大半は扱いやすい野心なんてほぼない人間よ」


 アンドリエイラの答えに、ルイスは酒を飲みほしたグラスを向ける。


「それもまた不思議な話だね。それでどうやって魔王討伐なんてやる原動力に? 野心もないのに自ら命の危機に立ち向かうのは、それこそ勇者の証じゃないか?」

「だから段階を置いて慣らすの。弱い魔物から少し強い魔物、また少し強い魔物って。そして自分なら勝てると慢心させて命の危機に飛び込ませるのよ」

「あはは、それで強くなれたら世話ないよー」


 ウルが酒に酔った陽気な声を上げた。


「あら、その少し強い魔物に際限がないのよ? ただの人間では、慣れた場所で同じ強さの幅でしか相手をしない。もしくは次を目指して移動する間に強すぎる相手に出会って終わるわ」


 アンドリエイラの言葉に、冒険者たちはよくあることと頷く。


 そんな話にモートンも乗った。


「つまり、神は勇者のために試練を与えるということだろう? それもよく聞く話だ」

「お綺麗に飾ればそうなるわね。でも、本来いないはずの魔物を勇者のために許可もなく、告知もなく置かれた周辺の人間はどうかしら?」

「うわ、最悪じゃないか。そんなのひどいよ」


 素直に非難の声を上げるヴァンに、頷いていたホリーは気付いた様子で首を傾げた。


「あら、なんだか似たようなことが?」

「だから近くの国だったら、こっちにも被害があるかもと思って聞いたのよ」


 アンドリエイラに改めて目を向けられたカーランは、詳しい場所を話す。


「東隣の国だ。国がやったから国境とは距離のある都での召喚だが」

「神はその前から動いてるものよ。もしかしたらもう、見慣れない魔物の被害がその都とやらに届いてるかもしれないわね」

「いい話が聞けた。今後東との商売は段階的に少なくしよう」


 リスクを減らす動きを決めたカーランに、アンドリエイラ手を振る。


「逆よ。国を滅ぼして勇者を追い込むような神でなければ、逆に勇者の拠点としてそちらに強大な魔物は置かないわ。安全なのは東なの」


 ただし、と区切って続けた。


「勇者に絡むのはやめたほうがいいわ。神は自ら選んだ人間を主人公に台本を作ってる。ぽっと出の端役なんて雑に消費されるだけ。それに主人公より目立つことは許されないし、上の立場にさせてももらえない。場合によってはどんな頑張りも勇者に吸い取られて、結果として神の力に還元されるだけよ」

「うわ、主人公以外いい思いできないのか」

「あら、ヒロインは別よ? 盛り上げるためにひどく恐ろしい目に遭うこともあるけれど」


 呆れるサリアンに、アンドリエイラは少女の顔で酷薄に笑う。

 聞いてたホリーが、近くのウルとヴァンに声を潜めた。


「これは、お嬢はどの立場の目線でしょう?」

「そりゃ、やっぱり台本作る側でしょ」

「でも亡霊令嬢なら敵役じゃないのかい?」


 そんな声を聞いて、モートンが酔いもさめた顔をしていた。


「不信心すぎて訂正より聞かないふりしたほうが良さそうだ」

「ははは、俺は納得しかないね。もう少し力を抜いてもいいんじゃない?」


 同じ聖職者であるはずのルイスは、アンドリエイラのあまりな話を受け入れる。

 柔軟性がないのかと落ち込むモートンに、声をかけようとしたウルは、次の瞬間強張るように止まった。

 そして息を吸ったと思えば、口から出るのは悲鳴。


「ぴゃがられらばー!?」

「ウル?」


 あまりの悲鳴にアンドリエイラが驚く。

 しかし他の冒険者たちはすぐにウルが見る方向を睨んで腰を浮かした。


 見る先は窓。

 暗く夕日も陰る中、暗い窓の向こうに浮かぶのは光る双眸。

 しかも一対や二対ではない。

 数えきれない瞳が窓の外に並んでおり、腰を浮かせた冒険者たちも総毛立つ。


「あら、どうしたの? ゲイル」


 異様な光景に誰も硬直する中で、アンドリエイラは一人窓に寄ると、勝手に開けて手を伸ばす。


 その腕を橋のようにして上ったのは黒猫のラーズだった。


「またこんなに女の子を引き連れて、もう」

「勝手についてくるんだ。発情期でもないのに」


 ゲイルの悪態に、窓の外で猫が一斉に媚びた声を上げる。

 しかしそれを遮るようにゲイルは尻尾を振った。

 途端に誰も触っていない窓がひとりでに閉まる。


「ひぃ、あれ白い鴉並みぃ」

「知ってる。お嬢と一緒に住んでる猫だよ」


 怯えるウルにサリアンが教えた。

 神話の神の眷属と同等と聞いて、全員固まって様子見に移る。


 ゲイルはラーズと違ってそんなこと全く気にせず、アンドリエイラと話し始めた。


「ドラゴンを倒しただろう? その後に人間たちもどかどかやって来た」

「えぇ、解体して売るのですって」

「ったく、知識のない奴ばかりでやって。ドラゴンの血を森にまき散らしたぞ」


 ゲイルとアンドリエイラの話がわからず、冒険者たちはサリアンを前に押し出す。

 詳しく聞けという全員からの圧に、サリアンは舌打ちしつつ声をかけた。


「えー、ドラゴンの血がなんだって? お嬢」

「そう言えばドラゴン珍しいのだったわね」

「ドラゴンは強力な生命力があり、血にも宿る。死んで時間も経たない血を生き物が取り込むと、量によるが影響が出る。水分を吸い込む植物なんかはすでに変異しているぞ」

「変異? 何があるっていうんだ?」


 淡々と話すゲイルにサリアンは不穏な言葉の真意を探った。


「急速な魔物化だ。ドラゴンの血で狂うという者もいる」

「まさか、今森で?」


 ゲイルの持ち込んだ情報は、ドラゴンの血による森の植物の魔物化。

 ただ問題は、今の森にはドラゴンの解体で大勢の非戦闘員が入っていること。


「それは困ったわね」


 アンドリエイラとしても、森という縄張りが荒れることに繋がるのでよろしくない。

 さらに言えばドラゴンは比較的森の狩猟館の近くで倒したため、被害も予想しえる。


「だから呼びに来たんだ」


 ゲイルはアンドリエイラの肩に乗って、森へ向かうよう指示したのだった。


定期更新(火、土)

次回:ドラゴンの血4

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