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17話:ドラゴンの血2

 ドラゴンという生き物は、多く厄災として語られる。

 つまりは自然災害に等しく、討伐や鎮圧など常人では土台無理な話だ。


 しかしそれと同時に生物でもある。

 大風や大水のように意思も欲もない存在ではない。

 ドラゴンを釣る、ドラゴンを罠にかけると言った方法で討伐記録は存在した。

 ただそれには大変な準備と労力、そして犠牲が必要となるはずのものだ。


(今回、一人の犠牲もないことが異常だ。そして、その厄災のドラゴンを片手で捻るお嬢はもっと…………)


 サリアンは考えを振り払うように首を振る。

 自らでは太刀打ちできない、そんなことはもうわかっていた。


 サリアンは今、カーランの商館に招かれている。

 客をもてなすために作られた天井の高い食堂は、珍しい絨毯、色鮮やかな焼き物の花瓶、美しい風景を描いた絵画など華やか。

 しかし主人だけは財を誇ることさえ恥じ入るように振舞った。


「粗食でお恥ずかしい限りですが…………」

「謙遜しなくてもよくってよ。あなたが可能な限りの持て成しを用意したというのであれば、客は受け入れ感謝をするのが礼儀ですもの」

「くぉぉ…………半日、半日あれば豚の丸焼きくらい…………!」


 悔しがるカーラン。

 アンドリエイラは言葉どおり、目の前の料理に文句をつけることはしていないのだが。


(他人が作った料理なんてずいぶんと久しぶりだわ!)


 ただ作ってもらった、それだけで満足しているので嘘はない。

 そもそもアンドリエイラは外見の年齢どおり、簡単な性格をしている。


 しかし金貨レベルのタルトを手軽に食べさせられたせいで、カーランはアンドリエイラの言葉を格の違いを見せつける皮肉と受け取ってしまっていた。


「何でもいいから食べようよ。もうおなか減って仕方ないんだ」

「待て、食前の祈りが済んでいない」


 食べ盛りのヴァンにモートンが待ったをかける。

 それに牧師のルイスが頷いて見せた。


「そうだよ、他の子たちの見本になるためにも、ヴァンも作法を守りなさい」

「なんであんたはいるの? ドラゴンどころか、森にも行ってないのに」


 ウルが呆れて、当たり前の顔で相伴に預かるルイスに声をかける。

 ルイスはアンドリエイラのことで話を聞きに来たカーランの手下と会ったのだ。

 カーランが森に同行したと聞いて、収穫があった場合振る舞いがあると見込んでの行動。


 中性的な美貌を作る線の細さは、幼少からの脆弱さであり、見た目どおり小食ではある。

 ただそれと美食に対する希求は別物。

 つまり、美味しいものはいつでも食べたいという欲に忠実なルイスだった。


「神よ、あなたの慈しみに感謝し食事をいただきます。ここに用意されたものに祝福を、私たちの心と体の糧としてください。我が神の名によって、幸いあれ」

「あら、モートン。今の祈りはそういう文言なのね」

「良くある祈りの文言だと思いますが。お嬢の時にはどんなものでしたか?」

「時代によって違うのよ、ホリー。でも一番最近言ってたのは…………我今幸いにこの祝福されし食を受け、謹んで食の由来をたずね、味の濃淡を問わず、そのご加護を念じて品の多少をえらばじ。もって、いただきます」

「ずいぶんとまた古風で、自戒的な祈りだね」


 ホリーに答えたアンドリエイラに、ルイスが眉を上げる。

 そんな雑談と共に、食事は始まった。

 テーブルにはすでに料理の皿が全て並んでおり、冒険者たちであるため自ら取り分けるようになっている。


「これは魚? マスね。ただの姿焼きではないのでしょう?」

「香草焼きに、卵と酢で作ったソースをかけたものだ」


 アンドリエイラに聞かれて、カーランが他も説明する。


「そっちの肉料理は兎。胡椒焼きだ。スープは鴨のアーモンドクリーム。セロリの煮物とルバーブの煮物、プディングはリンゴとブドウが入ってる」


 カーランが半ば自棄で並べ立てるのは、状況のせいもある。


 冒険者に作法などないに等しく、皿にとって食器を使うだけましなほうだ。

 冒険者に限らず、村人でもナイフ一本で食べるのは普通というくらいなのだから。


「意外とみんなカトラリーを使えるのね。食事は美しさも必要だから安心したわ」


 褒めるアンドリエイラにウルが不満げに訴えた。


「私はフォーク一本で育ったんだよ。けどモートンがナイフも使えってうるさくて」

「モートンは育ちがいいからな。こっちはルイスの女の趣味だ」


 サリアンに振られて、ルイスはナイフとフォークを慣れた手つきで扱いつつ応じる。


「食には美しさが必要とは、全くそのとおりだ。汚く食べるなんて言語道断だね」

「手のほうが早いって時もあるけど、今は知ってて良かったってちょっと思うよ」

「そうですね、本当に慣れた人を見ると、私たちもまだ荒いことがわかります」


 ヴァンとホリーが見るのはアンドリエイラ。

 どんなに使う習慣をつけても、ただ使うのと身につけるのは違う。


 アンドリエイラはナイフ一つ、咀嚼一つにも音を立てず優雅に食事をしている。

 その姿の前ではカーランが用意したどの料理も、相応しくない安物のように見えた。


「とんだお嬢だな。これがドラゴンを一撃とは。大昔の人間は本当に神話に語られる英雄豪傑ばかりか?」


 やさぐれるカーランに、アンドリエイラは上機嫌に話に乗る。


「まさか、今の人とあまり変わらないわ。変わったのは神のあり方ね。教会の神が刈り取りを行い始めて、他の神々を駆逐して、対抗するため他の神々も刈り取りを真似て抵抗して。そのせいで神も魔王も大量に生まれたの。そして人間たちに手を出すルールも何も決めてなかったから、もう大変」

「えぇ!? 魔王も大量って、お嬢そんな時代に生きてたの?」

「待て、すごく不遜な話をしていないか?」


 素直に驚くウルに続けて、モートンが止めに入るが、アンドリエイラは気にしない。


「いいえ、これは私が生まれる前ね。明確に遊び目的でやってる神なんかもいて、邪神認定されて、勇者や聖女に討伐される者もいたそうよ」

「つまり、お嬢にそんな神々のお遊戯、教えた奴がいるんだな?」

「あら、あなたは見て話した相手じゃない、サリアン」


 アンドリエイラはからかい交じりに言えば、それで黒猫と白鴉だとサリアンにもわかる。

 理解して口をつぐむ兄貴分に、ヴァンは好奇心でアンドリエイラに聞いた。


「ドラゴンとかは昔からいるの? あのデカさって昔は普通?」

「そうね、昔は必ず一地方に大きなものが主をしていた気がするわ。けれどだいぶ討伐されて、今は小さくて逃げるのが上手い個体が増えているようね」

「それは、勇者や聖女に狩られたからと?」


 英雄譚にはつきものの話を、ホリーも半分生き証人のようなアンドリエイラに聞く。

 頷くアンドリエイラに全員が呆れた顔をした。

 狩りと言っては夢も希望もないが、実際にその時代を生きた者だからこそ言えることだ。


「しかし、そうなると森には今もドラゴンのような危険な存在がいるのかい?」


 ルイスが危機感を持って聞くと、森へ行った面々は、牙を折られた巨馬を思い浮かべる。


「いいえ、あれらは森の外から来たものよ。二百年の間に来た新顔」

「二百年で新顔は無理があるだろ…………」


 カーランも呆れるが、アンドリエイラはその言葉で気づく。


(そうね、確かに無理があるわ。森の周辺で誰にも移動の噂もなくいるなんて)


 勝手に住み着く魔物などいくらでもいるのだ。


 けれどドラゴンも巨馬も見上げるほどに大きい。

 移動をすれば嫌でも目に付く上に、人間たちが防衛観点から移動を観測しないわけがない。

 だからこそ、見知らぬ脅威が討伐されたことに冒険者たちも浮かれ騒いでいる。


「二百年の間、ドラゴンの噂もなかったの?」

「そりゃ飛ばれたらわからないからな。見つかってなかったんだろう」


 サリアンは当たり前に言うが、ここウォーラスは森のすぐそばの町。

 森が遠大とは言え、着陸するドラゴンを見逃すかは怪しい。


 そうとわかるのは、防衛のために森を木々よりも高い位置から見たことのある者だけ。

 ウォーラスの町を守る壁の上を巡回する兵ならば、首を傾げただろう。


(そうでなくても、この町は未だに私を警戒する壁を維持して、領主館にも変わらず物見の塔があるのよね)


 そうして広く視界を取らなければ、森の主が気まぐれに飛び出してきた時に対処できないと知っている。

 だからこそ、気づかないのは不自然だ。


 その不自然さを無視して森に巨大な魔物がいる理由で、思い当たるのは一つだけ。


(神の手が動いているかもしれないわね)


 優れた技術の比喩でもある言葉。

 けれどアンドリエイラが考えるのはそのまま神々が介入したことを示す。


 その理由はカーランが言っていた勇者召喚、つまり経験値だ。

 神の手先として地上で活動する者には、神の導きとも言える手助けが与えられる。

 それは知識であったり、解決すべき問題の順序であったり、倒すのにちょうど良い敵であったり。


(ま、もう倒したから意味はないわね。あ、これ懐かしい味。こういう素朴な料理は今も昔も変わらないのね)


 アンドリエイラは兎の胡椒焼きを食べて懐かしみつつ、もう神の手のことなど忘れたのだった。


次火曜日更新

次回:ドラゴンの血3

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