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15話:亡霊令嬢冒険者になる5

 森の深奥の館の前には、タルトの入った籠を片手にアンドリエイラがいた。

 側にはサリアンが呆れながらも、先を促す。


「ともかくあいつらに合流するぞ。別れた場所も普段入り込むよりも深い場所だ」


 何より見慣れない魔物がいたのだ。

 しかも巨大でまともに相手もできないような魔物が。


「あら、みんな何処からついて来てなかったの?」

「気づいてすらいねぇのかよ。どれだけタルトにしか興味ないんだ」

「大事なことでしょ」


 いっそ胸を張るアンドリエイラに、サリアンは徒労を覚えた。


 そこに白鴉のラーズが舞い降りる。


「面白そうだ。ついて行ってやろう。俺なら場所を覚えてるぜ」

「そりゃ心強いこって」

「あら、ラーズ。人間が多いの嫌いでしょ?」

「クカカカ、もう聞飽きたからな。だが今回は憐れな犠牲者を見学してやろう」


 アンドリエイラの言葉をラーズは肯定した上で笑う。


(絶対こいつも面白がってるだけじゃねぇか)


 とは言え、サリアンだけでは元の場所にも戻れないので、先を飛ぶ白鴉を追って森を進む。


「あら、聞いたことのない声がするわ」

「なんのことだ?」


 突然呟くアンドリエイラに聞き返したが、次にはサリアンにも聞こえた。


 それは空気を震わせ、森の木々を揺らめかせるほどの咆哮。

 羽音と共に近づいたラーズが、その正体を教えた。


「あれもアンドリエイラが引きこもってる間に入ってきた奴だな。妙にでかいのばかりが来るんだ」

「は、は? あんな声、相当でかいじゃねぇか! いったい何がいるんだ!?」

「…………まずそうね。ウルの悲鳴が聞こえたわ」

「嘘だろ!?」


 ウルは叫ぶ時には身も世もなく、恥も外聞も気にしない。

 問題はそれではなく、ウルが咆哮を上げた危険な生物の側にいるということだ。


(あいつらも一緒にいるじゃねぇか!)


 ウルの生存能力は高く、だからこそそれを知る冒険者が側を離れるわけがない。

 サリアンとパーティを組むヴァンとホリーも一緒にいる。


 そんな嫌な確信を持ったサリアンは、アンドリエイラに言った。


「声のほうに飛んでくれ! お前のほうが早い! 巨馬どうにかできるなら…………!」

「え、嫌よ。だってタルトがぐちゃぐちゃになるじゃない」

「タルトかよ!? 襲われてる奴らのほうがぐちゃぐちゃになるわ!」


 サリアンは勢いで突っ込み、もっといい解決方法を思いついて手を差し出す。


「俺が持ってるよ! 行ってくれ! 森の主の亡霊令嬢なんだろ!? 知らない奴に森ででかい顔されていいのか!?」

「えー?」

「じゃあ、あれだ! いまいちお前の強さわかってないあいつらに、いいとこ見せるチャンス!」

「む、それもそうね」


 アンドリエイラは簡単にやる気になる。

 ただ逆に、そんな適当な言い訳が通じたことに、サリアンのほうが混乱した。


(い、いいのかよ!?)


 数百年を生きる魔物の判断基準が謎だ。

 混乱するサリアンの目の前で、アンドリエイラは気にせず風を纏って飛ぶ。

 同時にサリアンの目の前にタルトの入った籠を真っ直ぐ落とした。


 反射的にサリアンが掴んだ瞬間、その足は地面を離れる。


「は、は? お、おい、まさか!」

「しっかりタルト抱えてなさい!」

「あぁぁあああ!?」


 心の準備もさせてもらえず、サリアンは人の頭よりも高い位置で引きずられるように宙を舞う。


「咄嗟に体を丸めたか。いい判断だ」

「あばばばばあ!?」

「お、強風の中口開いても喋れないぜ」


 白鴉は笑って、慢心に風を浴びるサリアンの横を悠々と飛ぶ。

 顔が変形するほどの風を受けて、森の中を飛ぶのは、少し重心がずれるだけで落ちるように揺れた。

 そんな不安定な空中で、サリアンはできる限り体を丸めて安定を図り、あらん限りの罵倒を心中で叫ぶしかない。


「いたわね。まぁ、森で火を噴くなんて馬鹿なことを!」


 アンドリエイラが怒ったように言った次の瞬間、サリアンは尻から落ちる。


 なんとか体を起こして追いすがろうとしたが、サリアンは自分が吐いた息が白く凍えるのを見て動きを止めた。


「私の縄張りを荒らそうだなんて、躾がなっていない子がずいぶん増えたわね」


 アンドリエイラはいつの間にか魔物の鼻先に浮いている。

 緑の瞳は赤く色を変え、纏う雰囲気も変わっており、片手には腕輪が握られていた。

 そしてその周囲では、吐き出された炎の形の氷が音を立てて崩れる。


 炎を吐いたのは、巨馬に劣らない体躯の魔物。

 サリアンはその姿を目にして余計に動けなくなる。

 アンドリエイラが対峙するのは誰もが知る最強種の一角、ドラゴンだった。


「ギュアァァアア!」


 ドラゴンもアンドリエイラの危険性を察して、威嚇に近い音を立てると、鋭い爪のある前腕を振り上げた。

 しかしそれにアンドリエイラは余裕で薄ら笑いを浮かべる。


「まずは跪いてご挨拶。そして首を垂れて非礼を詫びるの。よろしくて?」


 言って、アンドリエイラが指を振った次の瞬間、周囲の木々が意思を持ったように動く。

 爪を振り下ろすより早く、木々はドラゴンを四方八方から叩きのめし地面に沈めた。


 アンドリエイラも地面に降りると、ドラゴンは諦め悪く牙を剥く。


「二度も言わせないで。首を垂れなさい」

「シャー!」


 ドラゴンがなおも威嚇音と、炎を吐きだそうと大きく口を開いた。

 しかしアンドリエイラは小さな唇からひと息吹く。

 次の瞬間、ドラゴンの喉の奥で炎が氷へと姿を変える。

 その氷が崩れて固まると、ドラゴンは反射的に口を閉じようとした。

 しかしそれが悪かった。


 鈍く骨の砕けるような音を立てて、ドラゴンは崩れ落ちる。

 アンドリエイラの命令がわかったわけでも、恐怖に従ったわけでもない。

 地面に伏して動かないその姿は、確実に死んでいた。


「氷を飲み込ませて顎砕いたのか? 趣味わりぃな」

「あそこで震える人間たちを、自らの制約に巻き込みに行ったお前に言われたかねぇ! クカカカ!」


 サリアンは一連の戦闘とも言えない蹂躙を見て、タルトを片手に焼け焦げた森の一角へ進む。

 白鴉のラーズは笑うと、サリアンの頭上を越えてアンドリエイラの元へ飛んだ。


「おい、ヴァン、ホリー。無事か?」

「ひ、一人だけはぐれておいて何言ってるんだよ!?」

「こ、これで無事だと思えるんですか!?」


 二人は文句を言いながらも、すぐにサリアンの下へと駆け寄る。


「ひぃやぁぁ!? ぶるぅわぁあ! ぴゃぁぁあああ!」

「落ち着け、ウル! 待て、押すな! そっちはお嬢だ!」


 身も世もなく叫ぶウルに、盾を構えたモートンが押されて体勢を崩しかけていた。

 それを見ていたカーランは、アンドリエイラに声をかける。


「その腕輪が何か意味があるなら、つけてくれ。うるさくてかなわん」

「あぁ、力封じてないから怖いのね。…………はい、これでどうかしら、ウル?」

「やぁだぁ。お嬢怖いよぉー」


 ようやく喋ったウルに、アンドリエイラはご満悦。


(ようやく私の偉大さがわかったようね!)


 などと思っている間に、現金で性格の悪い二人が話し出した。


「弱音は後だ! 今は口より手を動かせ! 目の前に何があるかわかってねぇのか?」

「鱗も爪も牙も内臓さえ無傷のドラゴンだ! 痛む前に腑わけだ!」


 サリアンとカーランの言葉に、予想外にドラゴンと対峙させられ怯えていた全員の目が爛々と輝く。

 あるのは欲望。

 さらに言えば金銭欲であると同時に、明日を生きる金を求める生命の欲求。


 完全にその目は、死の魔物であるアンドリエイラを畏怖する様子はない。


「ちょっとぉ、そこは助けた私を褒め称えるところでしょう? ねぇ!」


 声をかけてもドラゴンの死体をどう開くかで真剣に話し合う者たちには聞こえない。


「クカカカ! こいつ色々燃やして面倒で、神鹿も駆除してくれと言ってたんだ。ちょうどいい」

「もう、何よー」

「ま、今後この奥に来るのは嫌がられるだろうから今だけだな」


 不満に満ちた声を上げるアンドリエイラに、ラーズは嘴で焼けてない木々のほうを示す。

 そこには白く輝くような神鹿が、ドラゴンの死体に群がる人にドン引きする姿があった。


火曜日更新

次回:ドラゴンの血1

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