14話:亡霊令嬢冒険者になる4
現れた白鴉のラーズがもたらしたタルトの言葉に、アンドリエイラは森を飛び始めた。
追うサリアンが見失いかけた時、行く手から響く嘶きがアンドリエイラを止める。
「あら、なぁに、あれ?」
「クカカカ! お前が引きこもってる間に森に入り込んだ馬だ!」
ラーズの言葉は正しい。
確かに姿形は黒い馬でしかない。
ただその身の丈は木々に迫るほどに大きいのだ。
(馬型の魔物じゃねぇか!?)
サリアンは内心で突っ込みつつ、即座に木々の陰に隠れ魔物の直線状から逃れる。
嘶きを上げる口には、動物の馬ではありえない牙が並び、アンドリエイラを踏み潰そうと巨大な前足を振り上げた。
「邪魔よ、お退きなさい」
アンドリエイラは言うと、振り下ろされていた前足を指一本で止める。
瞬間、衝撃が空気を揺らして木々をざわめかせた。
確かに少女の細い指と、巨馬の蹄は激突したのだ。
だというのに、体勢を崩したのは巨馬のほう。
アンドリエイラが指を外せばたたらを踏み、その振動はサリアンの足元を揺らす。
木々も枝葉を落として、巨馬に確かな重量があることを証明した。
「身のほどを弁えなさい。この森に住むなら、お前は私の庭のもの。躾が必要なようね」
言う間に、巨馬は牙でもってアンドリエイラに挑みかかる。
巨馬の牙はアンドリエイラよりも大きく、堅そうに見えた。
しかし迫る牙を見て、アンドリエイラは手首を返す。
虫でも払うような軽やかさだったが、起こった結果は決して軽くない。
「おぅ、折れたな」
白鴉のラーズが気軽に結果を口にする。
だが轟音と共にサリアンの横を飛んでいったのは、巨馬の牙。
その大きさと勢い、そして一歩間違えば直撃していた事実に血の気が下がる。
サリアンは背後で上がる悲鳴にあえて振り向かない。
冒険者たちは身を守ることも仕事の内だ。
(何より向こうにはウルがいる。当たるへまはしないだろ)
危機回避だけで、今日まで冒険者をしてきたと言っても過言ではないのがウルだ。
その的中率を知っている面々なら、ウルが逃げる場所にはいない。
サリアンは命の危険もあって、目の前のことに集中した。
「ほら、悪い子には罰が下るのよ。私の森に住みたいのなら、首を垂れて請いなさい」
調子に乗って命じるアンドリエイラ。
サリアンはその小さな背中に追いついて、目的を思い出させる。
「おい、タルトはいいのかよ?」
「あ!」
忘れてたアンドリエイラは肩を跳ね上げ、巨馬に雑な命令を与えた。
「あなたはともかくこの辺りで走らないでちょうだい。嘶きもあまり聞きは良くないわ。いい子にしてるなら草を食んでも許してあげる。さ、行きなさい。私の進む先を塞ぐ悪い子には、また罰が下るわよ」
アンドリエイラが言うと、巨馬痛みにうずくまっていたところを、言葉がわかる様子で立ち上がる。
そしてすぐさま横へと逸れて走り出した。
「あ、待て!」
馬という障害がいなくなったことで、アンドリエイラはまた飛ぶ。
置いて行かれるサリアンは制止するが、今度はタルトのことで頭がいっぱいで止まらない。
サリアンは森をひたすら走るしかなかった。
しかし霧がかかり視界はふさがれ、見失ったと思った時、声が降る。
「クカカカ! おい、人間。こっちだ」
「あぁ、そうかよ。お前、俺について来てたならもっと早く案内してくれ」
ラーズの声のほうへ行くと、見たことのある廃園のような庭に出た。
そして立派な館、だったものにサリアンは一度唖然と口を開ける。
「…………おい、昨日の今日でもう資材が運び込まれてるぞ?」
「おう、ゲイルの奴がな」
白鴉はサリアンの肩にとまって、アンドリエイラといた黒猫の名前を出す。
庭には資材が積まれ、館にはすでに足場が組まれていた。
道さえない森の中で、明らかに人間業ではない光景だ。
「あいつ無駄が嫌いでなんでもせっかちなんだよ」
「貴様は細かいだろうが」
噂を擦れば黒猫が、資材の上に軽やかに飛び乗って現れた。
「おう、昨日ぶりだな。それでお嬢は?」
「台所だ」
言われてサリアンが歩き出すと、ラーズとは反対の肩にゲイルが乗る。
猫のほうが重く、サリアンが揺れると、両肩に容赦なく爪が立てられた。
さらにどちらも羽根や尻尾をサリアンに打ちつけてバランスを取り降りない。
仕方なくそのまま館へ入ったサリアンは、台所の場所もゴキブリ退治で知っていたため真っすぐ進む。
「あーん! せっかくいい色だったのに焦げてるぅ」
「いや、普通にうまそうな色だろ」
嘆くアンドリエイラに、サリアンは台所の入り口で声をかけた。
タルトはきつね色から樹皮のような濃い色まで焼き加減にむらはあるが、焦げたというほど黒くもない。
「焼きむらが嫌なんだと。わかるぜ」
頷く白鴉のラーズに黒猫のゲイルが呆れた。
「それが細かいんだ。なんの足しにもならん拘りを」
「で、それどうするんだ? 用が済んだら戻るぞ。あいつら置いてきちまっただろ」
「あら、そう言えば。サリアンだけなの?」
アンドリエイラは他の冒険者の姿がないことに今さら気づく。
「俺が一番に動いたのはそうだが、たぶんウルが止めたんだろう。あいつの判断は命の危機がある場合、確実だ」
「あぁ、そうね。ここに一度来てるサリアンならともかく、他は辿り着けずに霧から抜け出せなくなるだけね」
「はぁ!? そんな所だったのか!」
「ちょっと結界がほころびて、その隙間からあなたは入ったの。今は応急処置をしてるから、紛れ込めないのよ」
胸を張って偉ぶるアンドリエイラに、ゲイルが前足を上げて苦言を呈した。
「どうせ村のほうで遊ぶなら、一度ここの結界ちゃんと点検しておけ」
「そうだな。他にも遊び相手が増えたようだしな」
「はーい」
子供の見た目のまま返事をするアンドリエイラに、サリアンは言いたいことを飲み込む。
(やっぱり届く気がしねぇ。それが被害者増やすようなことしないなら、まだましか)
アンドリエイラはナイフを片手に、サリアンの両肩を見た。
「ラーズ、ゲイル。どれくらい食べる?」
「いや、牛乳飲んでしまったから腹は満ちてる」
「悪くなる前に処理した。今はもういい」
白鴉と黒猫は体の大きさから胃袋も小さいらしく、タルトは食べられないと拒否。
困った顔をしたアンドリエイラは、黒猫と白鴉の間のサリアンを見た。
「おいしそうって言っていたわね?」
「いや、だが、お嬢が作ったってなると、その…………。ここ、村の幽霊屋敷よりヤバいし。腹壊しそう」
「なんですって!?」
文句をつけられて怒るアンドリエイラだが、サリアンも身の危険を無視できない。
しかしアンドリエイラは一人分を切り出すと、サリアンの顎を小さな手で掴み食べさせようとする。
「食べてみなさい! ほら、ほーら!」
「う、うぉぉおお!? 馬鹿力、じゃなかった! …………ま、待て! あ、ほら! 俺一人で食べるのは、なんか、その、悪いし!」
「あら、それもそうね」
躍起になるアンドリエイラに、サリアンはとっさに言い訳をひねり出す。
その言葉を受けて、アンドリエイラもころりと態度を変えた。
(ウルだ! あいつが食わなけりゃ、アウト!)
巻き込むことを心に誓い、サリアンは自分の身を守るために仲間の一人を毒見役に決める。
アンドリエイラはサリアンの悪い笑顔に気づかず、上機嫌にタルトを人数分に切り分け、運ぶためにバスケットへ詰める。
サリアンの魂胆に気づいた白鴉と黒猫はじっと見据えて暴言を吐いた。
「「根性ないな」」
「うるせぇよ」
両側からの罵倒にも、サリアンは命大事と開き直っていた。
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