13話:亡霊令嬢冒険者になる3
魔物が住む森へ行くにはまず装備が必要になる。
だから冒険者たちは防具や武器を身にまとい、改めて集合した。
ただそこに、何一つ変わらず古めかしいドレス姿のアンドリエイラがいる。
「そう言えばこいつ、身一つだった…………」
サリアンが、あまりにも場違いなアンドリエイラに額を押さえた。
ただそれはウォーラスの町に入った時からのこと。
その時には、青の石の谷百合に目が眩んで気にせずにいたのだ。
「さ、行きましょう。あなたたちの足だと少しかかるわ」
そんなことは気にせず、意気揚々とアンドリエイラは町の象徴である壁へ向かう。
しかし門を出ようとしてすぐに危険だと門番に止められた。
「お嬢、待って! こういう時はみんなで行くもんだって」
「すみません、その方は私たちで見るので、えぇ」
オレンジ髪のヴァンとホリーが慌てて追うと、まるで息巻く子供をなだめる様子で言う。
「あぁ、合同パーティでのお守りか。頑張れよ」
門番は何かを察した様子で退くので、アンドリエイラは首を捻った。
ただ冒険者たちは足早に門を出て、森へと入る。
「なんなの?」
「たまに貴族の中で冒険したいって夢見がちな人がいるんだよねぇ」
ウルは呆れ交じりに、ただ声は小さく応じた。
誰もが足早に、森の奥へと向かう。
「あら、他の者たちとは別の方向へ?」
「そもそも行く先を知っているのはお嬢だろう? あれらはダンジョンへ向かうんだ」
モートンが言うように、門を出てすぐは他にも冒険者の姿があった。
種々雑多な装備の中には、あえて目立つ姿をした者もいる。
けれどアンドリエイラのようなドレスはいないため、悪目立ちしていたのだが、本人に自覚はない。
「そうね、まずは神鹿を見つけないと。こんな森の浅いところにはいないから奥へ行きましょう」
気軽なアンドリエイラは、他の冒険者から睨まれることなどみじんも気にしない。
対して冒険者たちは緊張の面持ちで森の奥に視線を向けた。
「くそ、勇者が召喚されたと聞いたから、様子見の貴族か何かだと思ったのに」
カーランが今さらになって、アンドリエイラに近づいた愚痴をこぼす。
ただアンドリエイラは聞こえた言葉に反応した。
「まぁ、勇者召喚? まだそんなことしてるの? 神々も飽きないわね」
「飽きるかどうかの話ではないだろう。しかし何処の教会か神殿が? 魔王は何処に現れたんだ?」
神官のモートンは、冒険者だが神殿に仕えるという名目がある。
教会は牧師か神父が仕え、国や地域で信仰は違う。
ただ現状教会が最大の信仰派閥であり、神殿は基本的に冒険者が加護を得るために信仰する。
神殿が周囲にないため、教会で奉仕をしているモートンは真面目過ぎる部類だった。
そしてカーランは商人として耳が早いため、神殿から回っていない情報も知っていた。
「今回は国で、召喚に助力した神は女神って話だな。だから神殿だ」
「まぁ、教会の神がやったなら、大々的に催しするもんな」
サリアンはそう答えて、思い出したようにアンドリエイラを見る。
「なんか、その神を知ってるみたいな言い方だったが?」
「知ってるのもいれば知らないのもいるわ。交流がある者もいるし、敵対した者もいるわね」
「うわ、魔王じゃん」
ヴァンが神の敵という括りでそう言う。
けれどアンドリエイラは鼻であしらった。
「それは人間の尺度よ。私からすれば神も魔王もあまり変わらないわ。地上から収穫する存在だもの」
「収穫、ですか? それはいったい何を指して?」
「今の時代なんて言うのかしら、ホリー? 命の雫? 神秘? ともかく世界を維持する高次元の力。それが溜まった頃に、魔王と神の代表が選ばれて、どちらが収穫するかを競うの」
「そんな話聞いたことないよ。そんなことしてどうするの?」
ウルがあまりに予想外な話を、半信半疑に問う。
「そんなの、収穫したら自らの力にするのよ。ただ魔王は地上にいるけど、神は天上にいる。だから代行者を立てるの。それを勇者や聖女と人は呼ぶわ。もう少しわかりやすく言うと、信仰かしら? 神は信仰を吸収して強くなる。魔王は恐怖や畏怖を信仰に見立てて強くなる」
アンドリエイラは説明が理解されたか確認して、冒険者たちを見回した。
しかし誰も唖然して呑み込めていないことは一目瞭然。
「わかりやすいと思うんだけど。麦の収穫みたいに刈り取るために…………」
「待て! ちょっと待て」
サリアンがさらに衝撃的なたとえをしようとするアンドリエイラを止める。
「なんか、俺ら家畜か何かみたいな言い方はよせ」
「神と魔王からすれば似たようなものでしょうね。家畜だって群れという社会を築くでしょう。上からしたらそれと変わらないわ、人間の社会なんて」
守って育てて、死に絶えないよう見守り世話を焼く。
そして信仰という糧となるものが育てば、勇者と魔王の戦いという刈り取りを行う。
収穫して糧にすることに、家畜の意思も悲憤も関係はない。
戦いが終われば、また守って育てて、死に絶えないよう見守り世話を焼くのだ。
カーランはアンドリエイラに指を突きつけた。
「おかしい。いつの時代も魔王は負ける。だからこそ今も国々は存続してるんだ。だがその言い方だと魔王が勝つこともあるように聞こえる」
「あるわよ。相打ちとか封印とか適当に理由つけて、地上からいなくなるだけだもの。魔王は地上で得た信仰の力をもって天上に昇るから、結果的に勝った魔王がいなくなるだけよ」
そこまで聞いて、ようやく真面目な神官が口を動かした。
「か、神は魔王を倒し世界に安寧を、もたらす存在だ。君にそんなねじ曲がった話を信じさせた者がいたとすれば、それは邪神だろう」
「本当にそういう心意気の神がいることは否定しないわ。神と呼ぶも魔王と呼ぶも、それは人間たちの都合だもの。神々も気にしてないわよ」
完全に前提と理解の違うアンドリエイラの返答に、モートンはがっくり項垂れる。
「あと、加護の力が強い神は、信仰の刈り取りに加担してるわよ。清貧に尽くして粗食で凌ぐ者と、富も名誉も食も両手でかき集めるように満たす者とでは、振るえる力に差があるのは明白でしょう」
「なんていうか、わかりやすくはあるんだが、お嬢の言い分だと神も魔王も俗に聞こえるな」
信仰にあまり興味のないサリアンが呆れ半分にまとめた。
「実際崇高だなんて夢見てるだけ徒労よ。あのルイスという牧師くらい、利用できるなら利用しようくらいの心持ちでいたほうが、神の食い物にされることもないわ」
言いながらアンドリエイラはどんどん奥へと進む。
その後ろについて行っていたヴァンが、ホリーを振り返った。
「ねぇ、気のせいじゃなければお嬢って浮いてる?」
「浮いてます。空を飛ぶなんて魔法、それこそ神の領域なのに」
ホリーの言葉に、アンドリエイラは浮いたまま身を返して変わらず進みながら応じる。
「生者はよほどの世捨て人でなければ飛べないわよ。肉体と地上のしがらみを振り切らない限り。もし生きた人間で飛べる者がいたら、同じ感性を持っていると思わないことね」
「なるほど、わかりやすいな」
カーランはアンドリエイラを見て、その前の神と魔王を同列にする発言を例に頷く。
何より、よくいるアンデットとは一線を画すなめらかな動き、理性と知性を感じさせる言葉、それでいながら神を罵倒し、魔王を軽んじるような豪胆さ。
今を生きる人間たちの常識からすれば、正気を疑うような存在だ。
「うわ、なんか来た!?」
そんな中、いち早くウルが危険を察して悲鳴染みた声を上げる。
その声に冒険者たちは得物を構えた。
ただウルが指すのは梢の合間。
暗い森の木々の間を白い何かが飛来している。
「あら、ラーズじゃない」
「げ、あの白い鴉か」
アンドリエイラの呟きに、サリアンも正体に気づいて声を上げる。
白鴉のラーズは人間たちを見下ろす枝にとまり、言葉を放った。
「クカカカ! なんだ、ずいぶんと増えたな。タルトどうするのか聞きに来たんだが、この人数なら処理もできるか」
「あぁ!? タルト! 大変!」
「あ、おい! お嬢!?」
叫んだアンドリエイラは飛んで、今までとは違う方向へと向かう。
咄嗟に追えたのは、白鴉が攻撃をしないと知ってるサリアンだけ。
「「「「「え…………えぇ!?」」」」」
普段は足を踏み入れない森の奥へと入り込んだ途端、置き去りにされるという状況に、冒険者たちは遅れて混乱の声を上げたのだった。
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