12話:亡霊令嬢冒険者になる2
嫌な予感は誰にでもある。
ただそれに従えるかどうかは人によるのだ。
ましてや欲に引っ張られた状態では、逃げるために足を引くことが躊躇われる。
結果、訳有商品でも売れるなら引き取る商人のカーランは、サリアンに捕まった。
ギルドの端でモートン他に囲まれて、アンドリエイラの正体を教えられている。
「あまり口の堅い手合いにも見えないけれど、いいの?」
「へぇ? お嬢の見立ては?」
アンドリエイラが警告するように聞くと、サリアンは面白そうに眉を上げた。
「自らの利益になるなら、なんでも売るわね」
「正解だ。利益さえ示してれば一緒に手を汚すタイプなんだよ」
「あらあら、怖いこと」
アンドリエイラは清楚ぶって応じる。
それを見るサリアンは、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
(お前が言うな…………なんて言ったら面倒だな)
ただ目は口ほどにものをいうのも、昔からの常套句。
察したアンドリエイラに睨まれ、サリアンは気づかないふりでカウンターに向かう。
書類を片付けている女性職員の気を引くため、カウンターをノックした。
「冒険者登録を」
「はい、あら? サリアン、『星尽夜』に孤児院の誰かが新規加入?」
顔見知りの職員は、ヴァンとホリーを知っているためそう聞く。
(阿漕だと言われるくらいに信頼はないのに。誰かの世話をして労を負うことを厭わないと思われてるなんて、面白い男ね)
その上で、教会に手伝いをするモートンとその相棒のウルも死者の面倒を見るという。
アンドリエイラは楽しみが増えて上機嫌だ。
最初から目的は変わらない。
死後の無聊を慰めるために、驚かせ、慌てさせ、格の違いを見せつけて話のタネにする。
そのための期間が一年だろうとそれ以上だろうと、アンドリエイラには誤差だ。
しかし、アンドリエイラの姿に職員は目が点になっていた。
「登録は、こちらのお嬢だ」
「えぇ? 何処でこんなお嬢さまひっかけて…………」
職員にも同じことを言われ、サリアンは苛立ちを滲ませる。
「勝手についてきたんだよ。いいからまず説明。そんでサイン」
「ふふん、よろしくてよ」
「えぇ?」
職員は疑いの目を向けるが、当のアンドリエイラは乗り気だ。
説明は冒険者が守るべきことや、やってはいけないことを簡単に。
一度に言っても覚えない者も多いので、絶対にとつく要点のみを。
「ともかく何かあれば報告をしてください。下手に隠し立ては状況を悪くしますから」
「まぁ、失敗した上に隠すだなんて。そんな、ことを悪化しかさせないことをする浅慮な者がいるのね?」
アンドリエイラはあえてサリアンに目を向ける。
(は、腹立つぅ)
サリアンもアンドリエイラを引き入れた側で、森の主が町にいることを隠している。
それはそれで、自身が危険とわかっていて煽るアンドリエイラには腹を立てた。
「それでは登録と、料金。それらを了承してサインを。念のために申し上げておきますが、これは契約ですので、一方的な破棄は認められません。決められた要綱に違反した場合には、身分に関わらずギルドに加入した会員として罰則もあります。いつでも要綱の説明と閲覧は可能ですので、その際にもカウンターにおいでください」
「えぇ、ここね」
職員はサリアンを疑うためか、アンドリエイラの年齢からか丁寧に教える。
けれど気にしないアンドリエイラは、さらさらとためらいなくサインをした。
(我ながら上手く書けたわ)
そんな自画自賛で気を良くする。
けれど、覗き込む職員もサリアンも固まったまま動かない。
「…………なんだこれ?」
「た、達筆すぎて…………少々お待ちを」
「いや、普通に読めないって言っていいぞ。おい、お嬢。お前字書けないなら言え」
「はぁ? ちゃんと書いてあるでしょ」
「読めねぇよ」
「貴族の方が使う書式は、少々範囲外なので。こちらで代筆しても?」
遠慮のないサリアンと、気を遣い愛想笑いを浮かべる職員。
その対応で本当に読めないと知ってアンドリエイラはショックを受ける。
「せ、せっかくサインは練習してたのに!」
「その、貴族間では個人を特定しつつ、お家を示す独特なサインというものがあることは存じておりますが」
「あー、いいって。ほら、お嬢。これ、簡易のギルド証。失くすなよ。本来のギルド証と交換する必要があるからな」
ショックで聞いてないアンドリエイラを置き去りに、サリアンがさっさと進める。
ギルド証がなければ森へ抜ける一番近い門が、安全上の理由で通行禁止になるのだ。
森に入ってもギルド証がなければ、保護名目につまみ出される可能性もある。
そんなこと聞いていないアンドリエイラは、ただ簡易のギルド証を両手で握り締めた。
サリアンは手早く手続きを終えて、まだショックを受けるアンドリエイラをギルドから連れ出す。
姿だけでも目立つというのに、声を上げたので注目が集まっていたのだ。
「ったく、サインの一つくらいで何落ち込んでるんだ」
「あれ綺麗に書けるようになるまで時間かかったのよ!?」
「ちなみにいつ練習したんだよ?」
「百年は前かしら?」
「そんな昔の文字読めねぇよ。書体変わってんだろ絶対」
「あ、そう言えば。サインした書類の文字、変に角ばって読みにくかったわ」
サリアンに指摘されて、アンドリエイラは遅れて文字の変化に気づく。
そんな会話を後ろで聞いてた商人のカーランが、堪らず叫びをあげた。
「お前はあほか!」
「おう、その言葉そのままお前に返してやるよ」
サリアンはカーランを振り返って、にやにやと笑う。
言い返せないほど簡単に、自分から巻き込まれたカーランは歯噛みするしかない。
アンドリエイラは後ろについてギルドを出た面々に聞く。
「なんて説明したのかしら?」
「え、そのまま森の主って言ったよ。そう言えば思ったよりすんなり信じたな」
「まぁ、可愛くない呼び方」
「気になるところそこぉ? お嬢って本当、感性が独特ぅ」
ヴァンに答えたアンドリエイラに、ウルが呆れ笑う。
ホリーとモートンは、ヒートアップするカーランを止めに動いた。
「ここでは目立ちますから、まずは場所を変えましょう」
「そもそも、欲に走った自身に反省を促すべきだ」
カーランは悔しそうに一度は口を閉じるが、それを煽るようにサリアンが笑う。
正直どちらも性格が悪い。
「なんでこう、大人って汚いんだ」
ヴァンも呆れて溜め息を吐くと、アンドリエイラが大人びたことを言う。
「そう思うのなら自らを律する糧になさい。欲は身を滅ぼすもの。どんな美味しい話でも、ほどほどで取りすぎず、手を引く理性が大事よ」
「わぁ、やっぱりお嬢ってうちのお婆みたい」
「それはさすがに怒るわよ」
圧をかけられたウルは、結い上げた赤毛を揺らすと、すぐさまモートンを盾に逃げる。
「こんなうら若き令嬢を捕まえて、失礼しちゃうわ」
「私の曽祖父の代にはすでに亡霊令嬢はいたそうだがな」
カーランの言葉から、曾祖父が遭遇していたことが知れる。
それを聞いたサリアンは、さらに発想を飛躍させた。
「もしかしてその時に、お宝でも見たか? だからダンジョン見つかってだいぶ経つ今、この町に店を造った?」
「ふん、曽祖父が楽土のような神鹿の領域という場所を見たらしくてな」
カーランは情報を出しつつ、情報の真偽を見定めようと、アンドリエイラを観察する。
しかしその視線を遮るように、ウルがカーランの前に飛び出した。
「え、なになに? 儲け話? そんな所が森にあるなんて噂もないよね?」
「じゃあ、もしかしてまだ誰にも見つかってない未踏域?」
ヴァンも反応してカーランとの距離を詰めるが、身長差のために上から圧をかけるようになっている。
ホリーは考えてから、アンドリエイラに一歩近づいた。
「あの、もしかして心当たりがおありですか?」
「神鹿の縄張りのことでしょう? そう言えば百年前くらいに迷い込んだ人間が、読み物と交換で珍しい薬草が欲しいというから連れて行ったわね」
それがカーランの曽祖父だった。
そして未踏域が確定し、神鹿と呼ばれる未発見の存在も確定する。
さらには、珍品の自生も確約された。
その日暮らしが多い冒険者たちの目には、即座に欲の色が浮かぶ。
拳を握って喜色を露わにする者もいるほどだ。
わかりやすすぎる上に、あまり隠す気もない素直さ。
アンドリエイラもその反応に、自らが上位に立てる気配を察してまんざらでもなかった。
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