10話:田舎で家を得る5
「馬鹿! デリカシーなし男! 言い方ってものがあるの! ヴァンだって何その赤いだけで目立ちたがり屋隠せてないだっさい恰好? なんて言われたら嫌でしょ!?」
「空気読んで! 頭を使って! なんでも勢い任せで済むと思わないで! 着崩すのが格好いいとか、ただだらしなくて汚らしいだけのヴァンより清潔感あるのに!」
批判するウルとホリーの目の前には、ひたすら罵られるヴァンが床に座らされていた。
辱められたアンドリエイラは、教会の椅子の上で膝を抱えて頬を膨らませる。
姿だけならすねた子供だが、その身から発されるのは力を封印してなお健在の、数百年を生きる存在的な圧。
気配や気迫と言った目には見えないが、確かに感じ取れる格の違いが漏れ出ていた。
「ヴァンの言い方は女の子相手にひどいけど、そもそもなんであの恰好?」
牧師のルイスが幼馴染のサリアンに聞く。
「最初からあれでいたんだよ」
「確かに目立つからには変えたほうがいいとは思うがな」
モートンは現実的な理由でヴァンの意見を推すが、問題があることをサリアンは指摘する。
「あいつ、二百年くらい森の外と交流なし。白銅貨も知らなかった」
「あらー。それはつまり、無一文?」
サリアンにルイスが冗談めかしながらも、損得を計算して眉を顰めた。
モートンは状況を考えながらも、厳めしい顔をさらに厳めしくして悩む。
「こちらで安物を用意しても袖を通しそうにないな」
そこにひょっこりウルが顔を出す。
「じゃあ、冒険者登録させて自分で稼いでもらったら?」
サリアンが振り返ると、しょぼくれたヴァンが、ホリーの後ろに隠れるように立っていた。
「家もまず買うためのお金が必要です。確か希少な物を売れたと言ってましたね?」
ホリーが昨日のことを確認するが、ルイスは損得勘定の末一歩引いた。
「いや、教会から彼女に売るのはちょっとね。お金ないんじゃ、今回は縁がなかったってことで」
教会として魔物と取引はあまりにも外聞が悪い。
さすがにその発言には、アンドリエイラもすねるポーズをやめて振り向く。
「お金があればいいなら、冒険者をやってもいいわよ」
「いや、危険がある。何かわかって言ってないなら安請け合いをすべきではない」
モートンが真面目に止めるが、アンドリエイラは胸を張って見せた。
「あら、知ってるわ。森のものを拾って売る、薪拾いみたいなものでしょ」
自信満々のアンドリエイラに、大半が冒険者のその場の人間たちは口角を下げる。
あまりの認識の違いに、言いだしたウルも不安そうだ。
ただ逆にサリアンだけは、不満ながら納得もしていた。
(そうだよ、こいつなら深奥だって薪拾い程度の感覚で進めるんだ)
認識が違うのは当たり前で、それだけ実力に差がある。
そしてアンドリエイラは確実に世情に疎いことも、サリアンは知っていた。
(良くて白銅貨五枚のところが、昨日は青の石の谷百合で銀貨三枚以上になったんだ)
白銅貨はあくまで銅貨であり、銀貨と同価値には百二十枚必要だ。
白銅貨五枚が日の稼ぎだとしても、銀貨一枚でも二十四倍になる。
(しかもお嬢は金貨以下には珍しい以上の価値は見出していない)
結局昨日の稼ぎは、宿代以外丸々サリアンが持っていた。
稼がせて、駄賃として銀貨でももらえれば実入りはいい。
ただそのためにはアンドリエイラを制御しなければならない。
ホリーへの気遣い、怒りながらもヴァンに手を出さなかった事実、聖職者相手に敵対しない姿勢、それらを鑑みても、悪い賭けではないように思えた。
(…………こいつら、巻き込むしかねぇ)
サリアンはその場の全員を視界に収め、まず篭絡すべき相手を選び出す。
「おい、ルイス。ちょっとこっち来い」
「いった!? ちょっと、その馬鹿力で引っ張らないでよ!?」
ルイスの薄い肩に腕を乗せ、サリアンは引きずって端に連れて行く。
そしてそのまま赤裸々に金の話を始めた。
元より共に育った孤児院出身。
今さら金の大事さを説く必要もなければ、実益と信仰を天秤にかけるような敬虔さがないことも知っている相手だ。
サリアンの話に眉を顰めていたルイスは、金額と青の石の谷百合の話を聞くと、にっこりと儚げな顔を生かした作り笑いを浮かべた。
「立場上、売ると明言できないのは心苦しい。しかしこの町の危険を抑止してくれてもいる事実がある。お嬢さん、どうか教会に寄進をし、それによって社会的な信用を築く姿勢をみせてはくれないだろうか。それであれば、私としても面目が立つ」
「正気か!? 牧師でありながら死者と取引を?」
同じ聖職者のモートンが声を上げる。
しかしそのモートンに、ルイスは揺るぎない作り笑いを向けた。
「あなたは脅威を前に、無辜の人々にまで背を向けるのですか? 報せたところで敵わない相手。であれば、冒険者という同じ立場の上でその行いに目を光らせ、規律を教えて人々を守る役を担うことこそ、戴く神は違えど信仰に適う行いでは?」
立て板に水で押されるモートン。
それを見て、さすがにしょぼくれていられないヴァンがサリアンに言った。
「ちょっと、冒険者なんて確かに身元不問だけど。そんな人と関わることさせて大丈夫?」
「だからそれを見張るってことでモートンが」
「いえ、逆に冒険者という身分を得れば、それだけ人の中で動けることも増えますから」
ホリーもアンドリエイラを不特定多数と関わらせる危険を訴える。
想定どおりの反論に対してサリアンは、モートンの側で何もしないウルを指した。
「あのビビりがまだそこにいる。それだけあのお嬢に害意はない。逆にここで対立を明確にしちまうと、こっちが何言っても聞いちゃくれねぇよ」
深刻そうな顔でサリアンは弟分妹分を説得するが、その実内心では笑っていた。
(青二才どもを言いくるめるなんて軽い軽い)
サリアンはおくびにも出さず、それらしい言い訳をつづけた。
「少なくとも今は家を欲しがるっていう明確な行動指針がある。それに誰にも迷惑かけない方法をとるつもりもある。だったら飽きて森に帰るまで見張ればいい」
サリアンだけが知っている。
アンドリエイラは一年を目途に森に帰るのだということを。
そこで家を求めるという行動は予想外だったが、青の石の谷百合を思えば、金のあてはあると見ていい。
だからこそ短期で少しでもおこぼれを得ようと、サリアンは画策した。
サリアンは欲に濁りそうになる目を笑みで隠して、モートンを見る。
「う、む。致し方ない。ウルもいいな」
「え、あたしも? まぁ、モートン盾にする以外に冒険者なんてやってらんないけど」
モートンが折れたことで、パーティを組むウルも巻き添えが決定する。
「確かに放っておくのも、正体を知ってしまった今、できませんね」
「うーん、ましなのかな? けどなぁんかあの二人企んでる気がするんだよな」
消極的ながら受け入れるホリーとヴァンは、兄貴分を疑ってはいた。
((ふん、ちょろい))
サリアンとルイスは疑うだけで反論もできない年少者を密かに笑い合った。
そんな流れを、アンドリエイラは面白がって眺めている。
もちろん優れた聴覚でサリアンとルイスの密談を聞き、金銭目的であることはわかっていた。
(弱者だからこそ様子を窺って、機嫌を窺って。力に頼りもする。うんうん、私を上に置く扱い、悪くないわ)
勝手に悦に入り、自身が強者だとわかっているからこそ、力で覆せる弱者の打算を笑う。
アンドリエイラからすれば、年上の黒猫と白鴉と一緒では得られなかった優越感だ。
「それで、私はどうすればいいのかしら? 私を満足させてくれるのなら、あなたたちの言葉に耳を傾けても良くってよ?」
上からだが、見るからにこの中で一番年下のアンドリエイラ。
そんな姿は大人ぶって虚勢を張ってるようにしか見えない。
「…………不安だ」
モートンが素直じゃない子供お守りを想定して溜め息を吐くと、ウルが思い付きを口にする。
「なんか迷子になりそう」
「それ目を離せないじゃないか。しょうがないなぁ」
「まずは道を教えるところからですね。それからお金の使い方も」
ヴァンとホリーは孤児院育ちの杵柄で、年下に対しての世話を想定し始めた。
さすがに想定と違う反応にアンドリエイラは首を傾げる。
しかしあれこれと気を回す姿に、また機嫌を良くして得意になったのだった。
土曜日更新
次回:亡霊令嬢冒険者になる1




