ダンジョンがいきなり活性化し、中からモンスターが溢れ出て近場の村を壊滅させた(±1分……?)
「はぁ……まさかクリス君が聖職者のコを引き抜いたうえにパーティーが一足飛びで瓦解するなんてとんでも想定外でした」
クリス君の一件でパーティーが速攻で瓦解し、2-1-1-1の分裂を見せたその翌日。私はひとり、西国側にある森の周辺を歩き回りながら頭を抱えんばかりの勢いで悩んでいました。
ええ、想定外です。想定外ですとも。「二人で追放されれば?」ってカマかけたのは私ですが、あれは言葉のアヤといいますか、あるじゃないですか。私だってアレで発破をかけたつもりなだけで、最悪の結果を招くつもりじゃなかったっていうか、いえ、今までもふと口をついて出た一言が、私が一番「そうじゃない」って考えてる未来へと誰かを突き動かす原動力になったことはあって。
でもまさかあれを真に受けて二人してなるほど、とか言い出したり、慌てるビル君に女戦士ちゃんと魔術師ちゃんが幻滅して彼を盛大にフっていった、だなんて。違うんですよ、あの子達はあのパーティーだから割とイイ感じに連携が取れてて上を目指せて、だから魔族がこちらがわの大陸にしれっと紛れ込んで、裏工作の末に国をひっくり返す大騒動なんて起こそうとしても、クリス君が起点になって野望を打ち砕く未来があったんですよ。ビル君達並みに出来る子達とパーティーを組んで、クリス君が十分な実力を発揮すれば今からでも……輝ける未来、が……。
未来が――。
「――ン見えないっ! 見えません! 真っ暗! とっても真っ暗な未来しか見えません! しかも『今の』はあの子達ですらないし!」
両手指をこめかみの高さで円周上に沿わせ、深呼吸を三回。頭頂部に向けて血を送り込むイメージで魔力を練り上げ、一気に開放する……そうすると、朧気ながらに脳裏を幾つかの映像が流れ、バチッと頭の奥で電撃が弾ける音が聞こえることがあります。これを俗に《未来視》と呼ぶのでしょうが、これもまた使いづらいことに1日3回しかつかえないうえに準備動作に時間がかかりすぎ、しかも本当に見たい対象の未来が見えるかは限定的。こんなものが神のギフトだとか、ちょっと考えたくはないのですが、それでもほったらかしにはしておけません。
なにせこの《未来視》ときたら《終末時計》のカウント増減とセットで見えるのです。これが発現したのは中つ森から魔術師がほぼ消え、私一人になってほどなくして、だったので……何百年前でしたかね。まあいいか。まあそれくらい前でした。今みたいにルーティーンを組んで任意で発現できるようになるまで五十年くらい使った気がしますけど。
まーその辺りは今はどうでもいいです。
私がこの森の入り口にいるのは、単に周囲のパトロールと、この辺りにある村の様子がどこかおかしいので調査に……といっても私本人が諸々手を下して回るのは劇薬過ぎると何度かやって学んだので誰かしらにたれ込むなりする前準備に来たのですが、それ以前の問題である、と未来視が示していました。村が何かをやらかす前に、村の近くにあるダンジョンがやらかす、と。
そう、ダンジョンですダンジョン。
大抵は洞窟が拡張されたものから遺跡、地下にいきなり現れた空洞、鍾乳洞や鉱山跡。
そういった、ある程度の空間がもとからある《魔力》に時間をかけて侵食され、拡張し、地場の動物や亜人種(俗に言うモンスター)が魔力に中てられ、その地を占拠したものをそう指すのです。これを《魔窟化》と呼びます。知ってますよね? この世界では義務教育や冒険者の新人教育で真っ先に再履修するところです。本来ならそれは《迷宮》と呼ぶべきですが、太古にあったという伝説のダンジョンの呼称として固有名詞化し、今では動詞形でしか残っていない概念です。
閑話休題。
クリス君のパーティーもダンジョン探索とそこにいるダンジョンマスター、要は蓄積した魔力の塊を宿した特段強いモンスターですが、それを倒したり倒さなかったりしていたわけですが、流石に西国における東の辺境はカバーしきれておらず、《魔窟化》の速度も緩やかだったので地元民も気付いていなかったみたいですね。もとい、『気付いていない』は語弊があります。ダンジョンの拡張は周辺の植生にも影響を及ぼすので、それでこの村は恩恵を受けていたわけですから。
で、この村に《未来視》が働いた以上問題が起きているわけで、それも1~2分くらいは《終末時計》を進める要因になるわけです。あ、ほら煙が上がってるじゃないですかあそこで。黒い煙。明らかに家とか家じゃないものとか焼けてそうな物騒な黒い――あっ今赤くなった。黄色くなった。緑にまでなった。もう確定じゃないですかあの煙の色。あれ絶対やってるでしょ。やられてるじゃなくて、やってるでしょこの村。あかんやつじゃないですか。
「駄目だあの煙ー!? 絶対的に襲われてるのは確定としてもあの煙から感じる魔力反応はどう見ても人がつくったり服んだり吸ったりしちゃだめなものを作ってる証拠じゃないですかー! これ村を潰しても救ってもギリアウトなヤツぅー!」
終末時計が切羽詰まってさえいなければ無視していただろうに! なんてもんをせこせこ作ってんですかこの村の阿呆共は!
そしてどこのクソアホダンジョンマスターですかこんな村を襲――ダンジョンマスター? ダンジョンの外に?!
逃げ惑う人々が、煙に巻かれてバタバタと倒れていく。煙の奥から、全く影響を受けたふうもなくずるずると這い出た"それ"の上顎が倒れた人々を引っかけ、土の中に隠れて下顎ともども消えていく。移動魔法《土中潜行》常時起動型の蛇型モンスター、《隠者の蛇》の特異体、ですか。本来ならせいぜいが拳大の直径と成人男性なみの全長でしかないそれが、ダンジョンという絶好の環境で神出鬼没に誰彼構わず襲って回った結果、本来ならダンジョンの内外に生まれる|魔力密度の差による障壁まで潜ってやり過ごせた、そんな感じですか。
で、その際にダンジョンを構成するコアが蛇ごと外に出てきて、中のモンスターも……こういうケースは初めてではないですし、基本的には東西の国で対処してくれればそう簡単には《終末時計》は動かないのですが、今回はそうもいっていられません。見りゃあ分かるんですよ、後続のモンスター群が煙を吸ったり、転がっている薬瓶を手にして凶暴さが増してるのが。村の人々はもう手遅れ、潰れたうえで蛇をとっちめて後始末は冒険者達に任せる。私は英雄ではなく魔女、目立ちすぎれば後々あちこちから――
「おかあさ、」
目元を真っ赤な血で濡らして視界を遮られた少女が、辛くも煙を逃れて這い回る。後ろから忍び寄るのはサディスティックな笑みを浮かべた亜人種。と、それら含めて飲み込もうとする蛇の上顎。背後の地獄に気付き、「お母さん」の五文字を途中で飲み込んだあの子は多分何も知らないんでしょう。自分の親から親戚から村長まで共々に、ダンジョンのまわりで宜しくない生計を立てているのを。それは誰が悪いのです? 《魔窟化》が起きる世界? こんな村に生まれた少女? 間に合わない冒険者? それとも今こうしてダンジョンから現れた魔物達? どれでもない、どれでもいい。どうだっていいんです。正直その辺、どうでも良い。だからこれは私の我が儘。我が儘の為に、思考を『排除』に切り替える。
「逆滝」
少女の爪先、その先端で亀裂を作り、地下水ごと巻き上げて噴出させる。《土中潜行》は文字通り土にしか適用されないので、一瞬なり蛇の足を止め、《逆滝》の水圧で亜人種数体を膾にした。同時に走らせていた《生体探査》に対して追尾をかけて転送魔法を起動。『まともな人間は』少女含めて全員逃がした。《逆滝》を左手で制御して、右手指を滅茶苦茶に走らせる。
「殺しましたね、あの娘の両親を」
≪血統観測≫で見てしまった。《生体探査》で気付いてしまった。
世界の津々浦々、探せば孤児なんて掃いて捨てるほどいるでしょうけど、目の前で作られた不幸は堪えるんですよ。
あの時の魔術師殿が生きていたら、なんていって罵倒されたでしょう。
「いいでしょう。じゃあこうしましょう、この村の近くにはダンジョンなんて発生しなかった」
《逆滝》を解除した、その隙を好機と見た蛇と亜人種達は、建物の間に這わされた『それ』に最期まで気付くことはなかった。気付かせるようなヘマを私はしなかった。
「そしてそもそも――こんなところに村なんてなかった」
両手で走らせていた魔術を打ち切り、蛇ごと両断されたダンジョンの心臓を無視して両手を広げ、両手指が地面を掴んだという感覚を自分自身に誤認させる。
《持ち上げる》。
ダンジョン跡地から村の端までを指定した地盤をひっくり返し、その上にあった全てを地中に沈める。森の面積も地揺れで少しくらい目減りしましたが、知った事じゃありません。
知ったことじゃありませんが。
「あ゛」
終末時計の時刻、23:46。
ダンジョンの崩壊を阻止、同時に村一つを壊滅させ、プラマイでやや時計を巻き戻した……のはいいとして、それを私がやったのが問題だった。
どこからともなく渦巻いた黒雲から降り注いだ稲妻は、極大の電流でもって私の体を黒焦げ一歩手前にまで傷つけた。
だから、私が干渉したくなかったのに――! そんな抗議の声は、喉から吐き出された黒い煙と一緒に霧散した。




