中つ森の魔女(Ⅰ)
この記録を読み進めている方、こんにちは。私は……物凄く名前が長いので「中つ森の魔女」でいいです。
世界の中央に鎮座する大陸の、東西の国の国境付近に横たわる「中つ森」に隠れ住んでいます。
さて、これを読んでいる方はここで「何故話しかけるような筆致なんだろう」とお思いでしょう。この書物自体が意思を持って文章を表示しているのか、記録を書いた私が読み手を認知して書いたのか、或いは別の何かではないかと。結論から言えば、いずれも違います。これは今まさに私が考えていることが、自宅にある自動書記人形へと転送され文章に換えられているだけです。……そう、私は自分の考えを「誰かに話して聞かせるように」頭に思い浮かべて整理する癖があるだけです。そしてそれが日記という形で残っているだけなので、つまりは痛々しい自分語りおばさんであると思ってもらって結構です。そう、おばさんです。年齢を数えるのも億劫ですが、三桁は超えて久しいでしょう。
で、何故こんなとりとめのないことを考えているかと言うと、今まさに北の大陸に生まれつつある『世界の脅威』を何とかして止めたいと考えているからです。そのための鍵であった筈の、西の国のそこそこ有望株の冒険者パーティーから今、まさに、一人の冒険者が追放されてパーティーが瓦解する第一歩を踏み出したところです。私はそれを止めたい。踏み出したその一歩を早く引っ込めて欲しい。
止めないと世界の『残り時間』が一気に減り、滅亡への片道切符へ一直線だから、としか言えません。
◇
幼かりし私は、頭の上にいきなり知らない形式での時間表示を灯され、それが俗に神が与え給う『スキル』と呼ばれる異能の類だと遅れて理解しました。そんな数字の羅列が「時間」、つまり一日を二十四節で区切り、更に六十刻みで細分化された数字こそが星の運行を左右する物であると。王侯貴族や高位の錬金術師達が使い出したばかりのそれを、貧乏魔女の家系に『末代』として生まれた私が知る訳がありませんでした。
その数字を書いて見せたとき、両親は理解が追いついて居ない様子でした。ややあって、西の国に座す魔術の総本山、そこから物見遊山で来ていた魔術師から『新しい時間の概念』を聞き、それが今その場を指す時間ではないと知るや、大人達は揃って押し黙ってしまいました。親はともかく、優秀な魔術師がそれでは、私にしか見えない時間というやつの正体が分かるはずもなく。
じわじわと進んでいくその時計が、『16:30』から『17:15』まで一気に進んだのは、今でこそ理由も思い出せないくらい些細なことで、東西国家間に禁輸を唱える過激派が現れたあたりでした。
東西いずれからも、商人達の護衛や水先案内人としての御用向きを戴いていた『中つ森の魔術師』にとって、これはまったく一大事でした。一大事に合わせて時間が進んだ。つまりこれはこの森の民への試練の訪れを予期する時計ではないのか……と。
理解できないスキルを得た私を放置せず、しっかりと魔術師として育ててくれた両親には伝えづらく、私は東西の国家、その対立を扇動する輩の実態を調べるべく密かに行動を開始しました。両親もまさか、そこそこ危険地帯である中つ森を生き抜くのに教えた魔術を使ってしれっと密入国しにいく不孝娘だとは思いもしなかったでしょう。
私もまさか、ちょっとつついただけで貿易関係に入った罅を直せるなどと大言壮語を吐く気はありませんでした。せいぜいが転送魔法と隠密魔法を駆使して情報をかき集め、白い壁を真っ黒に染め上げるほどに炭筆で書き連ねた情報をもとに扇動者を炙り出し、状況証拠が揃ったところで西の魔術師殿にご注進……というのが話の筋だった筈です。
なので、まさか事件の首謀者を遠巻きに見た時に別のスキルが発現するなんて想定外でした。東西の国を行き来している一団、いずれの国にも色々あることないこと吹き込んでいたその首謀者こそが、極北の大陸に生き残りがいるとされる異種族の血を引いている……どころか、扇動者達の大半がそうであったなどとは夢にも思いませんでした。それこそがふたつ目のスキル、《血統観測》。どんな偽装もお構いなしに、対象の血統を遡れるもの。ある種、双方の国に王家とか王妃筋で怪しい者がいないかを探るものでしょうが、こうなると話が違います。
なるほどそれは双方間を発った馬車も消えるし、多少腕利きを雇ったところで彼らにかかれば赤子の手をひねるより簡単に鏖殺できたでしょう。そこまで目立ちまくりの行動を、中つ森を経由するルート内で頻繁に為されて気付かなかった村の人間一同に問題がありました。罪滅ぼしついでに彼らを『どうにか』して、国家間の交流回復を陰ながら手伝ったことで、時計が『16:15』まで巻き戻ったのは思わぬ収穫でした。
――その後ほどなくして、中つ森の魔術師達を深く頼らずとも問題ない交易手段が国家間で開発され、結果として森の奥深くで生き続けることが困難になった魔術師達が各地に散っていく中、すっかり自活できるまで育った私は故郷を離れられず、ひとり森の中に残ることになりました。
その頃にはすでに、私は未だに信じていませんが、私自身の魔術の才覚というか覚えの早さが、森の魔術師の間であっても突出していると畏怖を受ける対象になっていました。
心の底から、この地が捨てられない。誰かのために動かずにはいられない。そもそも、修めた魔法のせいでここから出て行く必要がなかった……様々な言葉を尽くしましたが、同胞はその言葉を聞く度に不気味がるばかりで、結局誰も残ることはありませんでした。
そしてその頃、さらに巻き戻って『16:00』を指した不可視の時計を見上げた私は理解しました。
この森の集落、その命運を測るだなんてとんでもない。
この『時計』はもしかしなくても、この世界に連動しているんだな、と。
◇
そんな時計もなんやかんやあってもう、二十三時四十八分ときたものです。
おかしいなあ、あちこちで混乱が起きたら助言に飛び回ったり、色々と手を尽くしたはずだったのですが……。
まあいいや、とりあえずは西の国の冒険者ギルドですね。
《空間跳躍》っと。




