第8話 キョンシー
中央都市のある場所は龍央州と呼ばれ、伏龍山の南側にあった。その南側はそのまま海に繋がる平原が広がっており、最も発展している。気候も穏やかで落ち着いている。
反対側の蒼礼がいた北側、龍北州は発展しておらず、山に邪魔されて他の地区からも物資が入って来ない貧しい地帯だ。冬は厳しく、雪深い地域でもある。だが、それでも住める環境はあるし、多くの人たちが不便ながらも北側で生活している。
そんな北より酷いのが西側の龍西州で、ここは砂漠地帯が広がる。元々は誰も住み着かないような場所だったが、龍河国が建国された時、虎一族のように奏呪の執拗な攻撃を受けた一族の生き残りたちがこちらに移っていた。
そして東側の龍東州。南と同じく港がある地域は発展しているが、それ以外は山が多くて人が住みにくい場所でもある。しかし、北に住むよりは寒さもマシで、土地も痩せていないからと、山間に多くの町や村が点在していた。蒼礼たちが目指しているのは、最も北に近い、街道沿いにある宿場町だ。
だが、蒼礼たちがいた最も龍北州からこの龍東州最初の入り口といえる宿場町までは遠い。山が多いから一週間は掛かる道のりだ。とはいえ、蒼礼も鈴華も健脚なので、すいすいと進み、普通の人が歩くよりは早く着けそうだった。しかし、間に何度か野宿することになる。
「今日はこの辺で野宿するか」
川が近く、そして適度に木々の少ない場所を見つけ、蒼礼が提案した。
「そうね。さすがに夜に移動するのは色んな意味で危険だもん」
鈴華もここまでの道のりで野宿に慣れているので、あっさりと同意した。そもそも、野宿しやすいように男装している。
「じゃあ、鈴華は火を熾してくれ。俺は水を汲みに行ってくる」
「解ったわ。ああ、分担できるっていいわね。一人だと水を汲んで火を付けてって、結構早い時間に野宿場所を決めなきゃだったのに」
うきうきと薪に適した枝や枯れ葉を集め始める鈴華に、逞しすぎるだろうと思う蒼礼だ。いくら零落し、当主が呪いで動けないとはいえ、姫君とは思えない行動力と順応力だ。
「まあ、そうしなきゃ生きていけないか」
しかし、姫らしく生きられない理由を作ったのは自分だったと、蒼礼は頭を振って姫だった事実に目を背けた。しかも、今は得体の知れない男と二人旅をしようなんていう、変わった女だ。そして、奏呪だと解った上で治癒呪術を行使させようとする変な奴でもある。
「治癒、か」
あまりに完璧に、しかも簡単にできてしまい、鈴華の頼みを聞くことになってしまったが、果たして自分にそれを行使する資格はあるのだろうか。鈴華が最終的に優達の呪いを解かせ、そして治癒することを目的にしているとしても、何とも複雑な気分になる。
「殺した人数が、どれだけ多いか」
思わず感傷的にそんなことを思ってしまう。これから何人か救ったところで、それは贖罪になるだろうか。いや、多分、自己満足でしかない。
それよりも、この混乱の引き金を引いたのは自分かもしれないのに。
「ん?」
がさっと近くの茂みが揺れた。蒼礼は気を抜きすぎたかと、慌てて懐に手を入れて札を探る。
贖罪云々の前に、自分は奏呪から追われる存在だ。理由を告げることなく逃げ、秘密を山のように知る蒼礼を、奏呪が見逃すはずはない。今までは北の外れにいたから見逃されていただけだろう。少し迂闊だったか。
しかし、待ち構えても攻撃をしてくる様子はなかった。さらに
「ぎゃああああ」
という男の悲鳴が聞こえてきた。
「厄介だな」
また鈴華のようなお荷物でなければいいが。そう思いつつも、蒼礼は悲鳴の聞こえた方へと駆けていた。
「やめっ、うわああ」
男の悲鳴がより切迫したものになる。一体何だと思ってそこに駆けつけてみると
「なっ」
予想外の光景が広がっていた。
男に噛みつく、ボロボロの服を纏った男。その男の顔はキョンシーのごとく真っ青だ。
「マジでキョンシーがいるのか?」
蒼礼は驚いたが、ともかく気絶してしまったらしい男に覆い被さるキョンシーを制圧するのが先だ。
「縛呪!」
懐から札を取り出し、キョンシーを押さえつける。しかし、キョンシーはそれぐらいでは止まらない。必死にもがいて暴れている。
「蒼礼!」
そこに騒ぎを聞きつけた鈴華が、剣を構えながらやって来た。そして目の前の光景に驚く。