第7話 旅立ち
「優しいのね」
一緒にいると説明が面倒だと言われて町外れで待っていた鈴華は、やって来た蒼礼にくすりと笑ってしまう。
「ふん。得体が知れない、罪人だろうという目で見られる中、唯一、俺と取り引きしてくれた男だ。このくらいの礼は当然だろう」
蒼礼はそんな鈴華の反応にうんざりという表情をしつつも、これから自分は殺しに行くのではなく、治療しに行くのだという不思議な高揚感の中にあった。
それまでだらだら続けていた山籠もり生活も、これで少しは意味のあるものになるだろう。
ただし、それは奏呪に見つからないことが条件だ。見つかれば確実に面倒なことになる。特に自分は不都合な秘密を山ほど知っている。いくら治癒のためとはいえ、見過ごしてくれるはずがない。
「都に入る前に情報を集めたいな。まあ、ここから都までは一か月以上かかる旅だ。途中で何がどうなっているか、随時情報を集めよう」
蒼礼が言うと、鈴華はそれはもちろんと頷く。
「それに、北部は都との間に伏龍山があるおかげか何の影響もないけど、他の地方ではあちこちで起こっていることの影響を受けているところがあるわ。そこで現状を見てもらいたいもの」
そしてそう付け加えた。
「荒廃が、か? 病気だろうと思っていたが、それだけではないのか?」
自分の新たな可能性に賭けた蒼礼だが、一体何がどうなっているんだと顔を顰めてしまう。
「病気じゃないわ。起こっているのはキョンシーの発生と幽霊よ」
しかも鈴華がそんなことを大真面目に言うので、ますます顔を顰めてしまうのだった。
「キョンシーに幽霊だと?」
意外な言葉に蒼礼は顔を顰めてしまう。
呪術の中には死体を利用し、キョンシーとして使役する術もあるが、蒼礼は見たことがない。それに使ったこともなかった。
「そう。青白い顔をして人を襲うのって、キョンシーでしょ」
蒼礼がびっくりしていることが意外だったが、鈴華は合ってるでしょと確認する。
「確かにキョンシーの特徴はそうだが、近くに術者がいるはずだ。キョンシーだけがいる状態というのは、使役に失敗している状態だが、まさかそれか。しかし、それならば奏呪が動いているはずだ。たとえ市井で起こったとしても、術者が絡んでいる以上は対処するはずだ。爆発的に広がっているのならば尚更、すぐに討伐に駆り出されているだろう」
「ふうん。そういうものなの? でも、奏呪は中央のことにしか手出ししないんじゃないの? 戦争が終わっても未だに内部はごたごたしていて、政敵が呪殺されたなんて珍しくないみたいだし」
鈴華は自分の認識が間違っているのかと首を傾げる。とはいえ、蒼礼だって奏呪を離れて十年だ。その間に変化していたら解らない。
「奏呪の主たる活動はそうだろう。しかし、キョンシーを作ったとなれば話は別だ。特に、奏呪の中心にいるはずの奏刃が見逃すとは思えない。どうにも不可解だ」
しかし、変わらずにいるだろう男を思い浮かべ、放置されているのは奇妙だと断言する。もしもキョンシー騒動が起こっているのならば、同時に対処もされているはずだ。
「ううん。じゃあ、どうしてあちこちで似たような目撃情報があるわけ? 中には息子や娘がキョンシーになってしまったと、そう私にも話してくれた人がいるわよ」
「解らん。ともかく、一番近い町を目指そう。伏龍山東側、ここから近い場所に確か小さな町があったな」
ここで議論していても埒が明かないと、蒼礼は歩き出した。それに鈴華も反対する理由はない。蒼礼に会いに行く途中でその町に立ち寄っているし、そこでもキョンシーの情報があったのを覚えている。見てもらうには丁度いい。
「まったく、どうなっているんだ? まさか、あれか……体調がいいことも気になってはいたが」
歩き出した蒼礼だが、予想外のことがこの国を襲っていると知り、冷や汗が止まらないのだった。
この国は大きく四つの区画に分かれている。その四つの区画の真ん中にあるのが伏龍山で、標高五千メートルを超える。山越えするのは現実的ではなく、多くはこの山を迂回するように街道があった。