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第5話 信頼

「一体何が目的だ。俺が治癒を使えると仮定して、ここまでやって来た理由はなんだ?」

 目的が見えない。それなのに、出来ると信じ続ける意味が解らない。蒼礼はようやく鈴華に向き合った。

 鈴華はそんな蒼礼を真っ直ぐに見つめると

「この国が大変だからよ」

 と、凛と響く声で告げたのだった。

「この国が大変って、それこそ不可解なことを言う。お前ら虎一族にとって、都に住む連中は恨んで当然の相手だ。そいつらが苦しんでいるからって、なんたって俺のところまで来る?」

 意味が解らないぞと蒼礼は顔を顰めた。しかし、鈴華の真っ直ぐな目は揺らがなかった。それどころかますます研ぎ澄まされたような光りを放ち

「憎むほどに苦しんだからよ。私はもう、二度と戦乱が起こって欲しくない。だから、国が不安定になるのを見過ごせないの」

 と言い切った。

 その姿はかつて奏呪を悩ませた、あの虎優達を思い出させる。

(全く、こいつらはどうして、どいつもこいつも真っ直ぐなんだ)

 蒼礼は思わず舌打ちしていた。

「無駄なことだ。何が原因か知らないが、それこそ、奏呪の連中がすでに手を打った後だろう。それでも荒廃するのならば、それは仕方がないことだ」

 だから、思ってもないことを口にする。

「いいえ。奏呪が何かをするのは皇帝のため。その皇帝の耳に窮状が伝わっていなければ、彼らが動くことはないわ」

 おかげであっさりと鈴華が否定してきた。

 蒼礼はどうしたものかとイライラしてしまう。いつの間にか、こちらが苛つかされていた。それに気づいて冷静になろうとするも、やはり無理だ。

 目的が解らない。いや、理解出来ない。

 蒼礼は一度大きく深呼吸をすると

「よく解らない目的のために、俺は手を貸したくないね。ここの生活に未練はないし、自分の命に未練はない。恨んでいるから殺すっていうのならば、勝手にどうぞって思っている。だが、俺は奏呪を抜け出し、こうやって隠れて生活している身だ。外に出て呪術を行使するとなれば、奏呪が見逃すはずがないだろ。奏呪は必ず俺の所にやって来て、情報を引き出すだけ引き出して殺そうとするはずだ。あいつらを相手にするのは面倒だよ」

 そう本音を告げた。

「あら、あなたを殺せる奏呪なんているの?」

 しかし、それで鈴華は引き下がらなかった。

 かつて、戦乱末期に人を殺しすぎた呪術師。それが奏翼だ。その奏翼が扱う術は多種多様で、同じ奏呪ですら敵わないと言われていた。

 そんな男が、十年の間山に籠もっていたとはいえ、そう劣るはずがない。

「あのなあ。少なくとも、奏呪に束で掛かって来られたらひとたまりもない」

 どう言えば諦めるんだよと、蒼礼は深く眉間に皺を刻む。

 ここまで押し問答をする羽目になるとは。あそこで見捨てるべきだったかと、そんなことまで思ってしまう。

「奏呪と何かあるの? っていうか、なんで抜け出したのよ?」

 鈴華はそう言えば、根本的なところが解っていなかったと確認する。

 が、蒼礼は睨むだけだ。これに関しては誰にも喋るつもりはない。

「解った。今は言わなくていいわ。でも、一緒に来て。せめて都の状況を確認してちょうだい」

 こっちが折れるからと頭を下げる鈴華に、蒼礼はいよいよ困ってしまう。

「あのなあ。って、そうか。出来なければ帰ってくれるんだな」

 しかし、治癒呪術が使えることが条件だと思い直し、そう問い掛ける。

「出来るわよ」

 だが、鈴華はその点を疑ったことはない。頭を上げると、ずいっと擦りむいた腕を差し出す。

「俺が治すと見せかけて殺すかもって考えないのか」

 あまりに躊躇いのない行動に、思わず蒼礼は確認してしまう。

「考えないわよ。だって、殺すつもりなら、すでにそうしているでしょ。私のお喋りに付き合ってくれるはずがないわ。十年前の奏翼なら、見た瞬間に命を奪っていたはずだもの。今のあなたは、問答無用で誰かを殺そうなんて思っていない。山賊すら助けちゃう、優しい人よ」

 鈴華の言葉に、蒼礼は何とも言えない顔をしてしまう。

(殺さないのは戦が終わったからだ。この身に宿る呪いに気づいたからだ)

 だが、それは蒼礼個人の問題であり、奏呪にすら言えない内容だ。蒼礼はやれやれと首を振ると、札を作るべく小屋の中に入った。鈴華もついて来る。

「失敗しても知らないからな」

 治癒を意識しながら札を書き上げつつ、一度も使ったことのない技がそう簡単に成功するはずがないと注意する。

「大丈夫よ。あなたは奏翼、天才だもん」

 しかし、鈴華はやはり揺るがなかった。こうなると、蒼礼も覚悟を決めるしかない。

「俺の名は蒼礼だ。もう奏呪じゃない裏切り者だ。だから、奏翼でもない」

 鈴華に向き直り、蒼礼はそう告げた。それに一瞬きょとんとした鈴華だが、意味を悟ると笑顔になった。

「解ったわ、蒼礼」

「では」

 蒼礼は書き上げた札を鈴華の擦り傷に貼り付ける。そして口の中で小さく呪を唱えると、ふうっと息を吹きかけた。

「あっ」

 途端にそこが淡く輝き、札が消え、腕の傷も綺麗さっぱり消えていた。

「成功ね」

「そう、だな」

 まさかここまで綺麗に治るとは思わず、蒼礼もびっくりしてしまうのだった。


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