第35話 引っ掛かる
鈴華の行政改革は着実に進んでいた。まず手始めに設置した施薬院のおかげで、地域の人たちの健康状態が向上。それによって町は徐々に活気が戻ってきていた。
さらにキョンシーもどきへの対処法を知っているのも大きかった。ダニの駆除という基本的な部分を知っているおかげで、復活できる人も増え、さらに二次被害を押えることも出来ていた。
「蒼礼と旅した甲斐があるってもんよね」
「左様でございますね」
ふふんっと鼻高々の鈴華に、英明は本当にしっかり本質を知って行動していると褒める。だが
「まだ立て直しの第一歩ですよ」
と、あまり調子に乗らないように諫めるのも忘れない。
「わ、解ってるわよ。下々の生活が正しくあるためには、上がしっかりしていなきゃ駄目だわ。施薬院だって今は無料だけど、それでは続かないもの」
「左様でございます」
今は虎一族の私財を擲って元に戻しているような状態だ。だから、この状況が長く続けば、いずれ立ちゆかなくなる。
そのためには行政として医療をきっちり確率しなければならない。
「それに、蒼礼が治癒出来ると知った時、みんな殺到していたものね。一般的な医療を当たり前のように受けられるようにしないと、ダニ問題が解決してもまた困りそう」
「ええ。疫病が流行った時に医者がいないというのは困りますね」
「で、そのための人材もいる」
「はい」
「はあ」
短期的な成功は収めているが、これを長期に維持するとなると、途端に難しくなる。これが政治の面倒なところだ。
だが、虎一族の支配地域で実行してみせ、全国的にその方法を採用して貰えるようにしないと、自分のやりたいことは成功しない。
「この国が二度と戦乱に巻き込まれないようにしなくちゃ。万能な呪術師は一人しかいないんだもの。他の方法を確立しなきゃ駄目だわ」
「はい」
鈴華の決意に、英明はその意気ですと大きく頷くのだった。
「各氏族の血液ですか。すぐに手に入れましょう」
「頼む」
奏呪が入る建物に戻った奏刃は、先ほどの奏翼の推論を検証すべく、奏金に血液の入手を命じた。と同時に双子の弟の奏銀に
「お前は手近な村に行ってダニを捕まえてきてくれ。呪術師ならばその気配を感知できる。百匹くらい見つけられるだろう」
とダニの確保を命じた。
「すぐに」
それに奏銀は嫌な顔をせず頷くと、すぐに部屋を出て行く。
「馬一族以外に呪いに反応している奴はいないのか?」
その指示を横目で見ていた奏翼は、呪いから探った方が早くないかと訊ねる。しかし、奏刃は解っているだろと溜め息だ。
「馬一族の反乱疑いすら、こちらの感知が遅れたんだ。この十年で呪いは随分と緩んでいるんだよ」
「なるほど」
呪術を完璧なまま永続させる方法はない。特に馬一族は北側の領土を持っていたが、それほど強い勢力ではなかった。虎優達に掛けられた呪いよりも弱かったのは仕方がない。
つまり抜け穴はいくつかあるというわけだ。しかし、自分の所属する一族に掛けられた呪いは弱まっているかどうか、素人には解らないだろう。例外は奏翼が行ったと解っている一族か。彼らは未だに相当苦しめられているはずだ。
「やはり味方に付いている、奏呪から漏れた呪術師の仕業か」
「そこを疑う必要はないだろう。実際に呪術を用いられているんだから」
奏翼の呟きに、奏刃は今更何を言っているんだと顔を顰める。しかし、奏翼の顔は真剣そのものだ。
「何か引っ掛かるのか」
「引っ掛かるのはこの事件の総てだよ。一体どう考えるべきなのか、すっきりと道筋が見えないことばかりだ」
「まあな」
奏刃はそれに同意するように頷いたが、今は検証が先だと奏翼の腕を引っ張って別の場所に移動するのだった。
頭を抱えているのは奏呪や鈴華だけではない。この国の頂点たる龍統も、どう対処すべきかで頭を悩ませていた。
「今のところ、税収に支障が出るほどの被害ではありません。しかし、田畑を耕す農民が呪術に晒されているとなれば、いずれ大きな問題になりましょう」
報告をしてくる尚書令の郭耕生の言葉に、龍統は解っていると顔を顰めてしまう。
「一層のこと、あの奏翼を始末しては如何ですか?」
「ほう。お前も奏翼が呪ったのではと考えるくちか」
「あの、いえ、はい」
自分から言い出して否定するのはおかしいと、郭耕生は難しい顔をしながらも頷いた。やはり、多くの官吏は奏翼を疑っているというわけだ。
「その必要はない。奏翼は今や奏刃の完全なる配下だ。もしも奴がこの呪いを起こしているのならば、奏刃が容赦なく始末する」
「恐れながら、奏刃は奏翼と長い時間をともにしています。情けを掛けているということは」
「ないな。呪術師ほど恐ろしい生き物はなく、また情けで動く連中ではない。そして、それは強い呪術師ほど顕著だ。奏呪を作り上げた時、俺はそれを嫌というほど見ている」
龍統は奏呪を作り上げた張本人だ。そして呪術師を従わせた唯一の人でもある。その人の言を疑うのは馬鹿げた行為だ。




