第33話 エロ髭親父
「そんな振る舞いをしてくれたならば、こちらは十年も逃げられることはありませんでしたよ」
「確かにな」
奏翼の術の特性をよく知る奏刃だ。もしも奏翼が呪っていたのならば、すぐに気づいて対処を打つことが出来ただろう。しかし、奏翼ではないからこそ、ここまで被害が広がるまで気づかなかったのだ。
「奏翼もこの蔓延する術に関しては困惑しています。そもそも、虎の姫が来るまで、奏翼すらこの術の気配に気づくことはありませんでした」
「そのようだな。しかし、それは奏翼が北の端にいたからではないのか?」
「それはあるでしょう。同じく、奏呪の誰も気づけなかったのも、中央にいすぎたからです」
なぜ今まで奏呪が術の広がりを察知出来なかったのか。それは龍央州のこの首都が置かれている龍華市にはダニが蔓延していなかったからだ。
奏翼がキョンシーもどきからすぐにダニの気配を察知したように、奏刃たちもすぐ傍にいたら気づいたはずだ。しかし、この首都にはダニが一匹たりとも入り込んでいないのだ。
「それはそれで奇妙な話だな」
「いいえ。敵はどうやれば蔓延させることが出来るのか。それをよく理解しているということです。つまり、奏呪という組織の目を掻い潜るには、首都を後回しにすべきだと理解しているということです」
「なるほどな。しかし、そこまでダニを意のままに操れるのか?」
確かにそうすることで奏呪に気づかれる心配はなくなるだろう。しかし、蔓延していくダニは、首都に入らないということが出来るのか。
「ええ。そこが難しいところです。ですので、明日、奏翼と首都の城壁を調べてこようと思います」
「ほう」
首都の周囲は城壁に囲まれている。それを利用したのではないかと考えているのか。龍統は髭を撫でながら感心した。しかし、それを利用したのだとすれば、それこそ奏呪に感づかれるのではないか。
「そうなんです。考えれば考えるほど不可解なんですよ。しかし、他に手掛かりはございません」
何者がこれを行っているのか解らないが、奏呪を上回る術を行っているのは間違いない。奏刃は思わず歯ぎしりをしてしまうほどだった。
「この状態が全土に広がっているのですか」
「そうよ。龍央州を除いで、だけど」
鈴華は頷き、悲しげに周囲を見つめる。
虎一族の棟梁の地位を得て、まずは虎一族の治める領土の立て直しを図った鈴華だが、日に日に悪化していく状況に胸が詰まる。
蒼礼のおかげでキョンシーもどきに対しては対処出来るようになった。しかし、それでも追いつかないほど、色んなことが人々に遅い掛かっている。そして、それは人心をどんどん乱していく。
町は活気がなくなり、病人は増え、そして、廃れていく。
「まずは施薬院を作って頂戴」
「了解しました」
鈴華の指示に、立て直しを手伝うことになった漢英明は大きく頷いた。彼は優達に仕えていた人物で、今年五十五歳。その手腕は頼りになるものだ。
自分たちの住む場所を改革するのにも、行政権と財政権が必要だ。そして、それを行使できるのが一族の棟梁である。だから、鈴華は戻ると同時に棟梁になると宣言したのだ。
「姫様がなさりたいのは国を立て直すこと。そのためにはまず自分の場所から、ですか」
英明はなすべきことをメモしつつ、度でそのことを学んだのですねと褒める。
「まあね。本当は奏翼、いえ、蒼礼の力を借りて立て直したいんだけど、彼に任せているだけでは駄目だって理解したわ。それに、私自身に力が無ければ、その蒼礼を頼ることさえままならないことも」
鈴華は後宮で最後に顔を合せた時のことを思い出し、ぎゅっと拳を握り締める。
せっかく見つけた蒼礼を皇帝に掠め取られたことも悔しかったが、何より、彼が自分の気持ちより奏呪を優先したことが何より悔しかった。
「何が奏呪よ。見てなさい」
鈴華はだんっと足を鳴らしてしまう。その様子に、あのまま後宮に入ることにならなくて良かったと、英明は苦笑していた。
実は、鈴華が後宮に入るかもしれないという打診が、ちゃんと虎一族に通達されていたのだ。その時は優達の呪いを解くためには必要かもしれないと多くの者が思ったが、この勝ち気な性格を見ていると、入っても揉め事を起こすだけだったと、入内が決まらなかったことにほっとしてしまう。
「我々は優達様の呪いにばかり気を取られ、周囲を見ていなかったのですね」
そして、大きな行動をした鈴華の凄さを改めて感じてしまう。
「そうよね。特に男の人たちは、あの戦で奏呪に苦しめられているから、土地を渡されても行政には消極的なのよね。中央から派遣された人に丸投げしているっていうか」
これがダニを見逃す結果になったのだろうと、鈴華は歯ぎしりしてしまう。そして、問題があってももみ消したのだろうという蒼礼の指摘を思い出し、自分たちで何もしないからだわと思い知らされた。
「ははあ。奏翼、いえ、蒼礼殿は単に殺し屋というだけではありませんな」
鈴華がこれほどまでに視野を広げたのが蒼礼のおかげだと知ると、単に憎き相手というだけではなくなってしまう。英明はふむふむと頷いた。
「何かと消極的だけど、頭はいいわよ。たぶん、呪術が使えなかったら、優秀な官吏として活躍していたでしょうね」
世の中、何かとままならないものだと鈴華は溜め息を吐いた。自分が虎の姫でしかなかったように、蒼礼は呪術師であるしかなかったのだ。
「でも、変えてやるんだから。見てなさい、あのエロ髭親父! 女だからって舐めてたら痛い目を見るんだからね」
「え、エロ髭親父って、まさか皇帝……」
「ふん」
改革していくわよと、鈴華は鼻息荒く言うのだった。




