09.二組の幼馴染
始業式の日とは打って変わって、重たい足取りで高校へと向かう。隣にいる幼馴染の勇実は相変わらず無駄に明るく元気に歩いているのだが。これから何が起こるのか分かっているのだろうか。
「総君、暗いぞー。朝は元気に歩かないと、一歩が重くなって憂鬱になってくるよ」
「絶賛重い足取りなんだよ。昨日の惨事で今日の予定が大体見えているんだよ」
「いやー、あれは私でもビックリだったよ。三階から何の躊躇もなく飛び降りられる人がいるなんてね」
「真似するなよ」
「いやいや、あれは私にも無理だよ」
良かった。勇実はまだ自分の限界を知っているし、命を投げ捨ててまで騒ぎを起こそうとは思っていないようだ。柊が特殊過ぎるんだよ。飛び降りる度胸も、一畳分のマットに狙い違わずに着地できる経験則も抜きんでている。
「柊さんとはあまり話したことがないんだよねー」
「そのまま近づくな。意気投合したら目も当てられない」
勇実と柊が合同で騒ぎを起こした場合、確実に俺へと被害がやってくる。この二人を同時に抑えるとか奈子を加えない限り無理だと断言できる。だが、幸いなことに柊がどうやったらスイッチが入るのか分からないので頻度は少ないだろう。
「何か楽しそうな話がいっぱいらしいじゃん」
「信じがたい話は色々とあるな」
「何で総君が柊さんと知り合いになっているのかも気になるんだよねー」
「同じ敵と戦った仲だ」
実際、嘘は吐いていない。俺と奈子が他校の生徒と乱闘している中に柊が迷い込んできて、そのまま共闘したのがきっかけではある。その際の出来事は奈子ですらドン引くようなものだったけど。
「言っておくが、俺は柊を女として見ていないからな。あれは人間以外の何かだ」
「総君がそういう評価をするのも珍しいね。女性に対してはもうちょっとソフトな感じで接するのに」
「あっちからタックルを仕掛けてくるような奴だぞ。ドロップキック位の返礼をしないと割に合わん」
「過去に何があったのか気になるところだね」
別に俺と柊が争ったことはない。むしろ、俺が柊のイベントに巻き込まれているほうなのだ。笑い話にできるものもあれば、二度と御免だと後悔するようなものまである。あいつのイベントは何がきっかけで発生するのか全く予測できない。
「よし、積極的に声を掛けてみよう」
「交友関係に口出しはしないから構わないが。柊も引っ越し組で友人と呼べる人が少ないから丁度いいか」
「私にドーンと任せておきなさい!」
「柊なら大丈夫かと思うが。勇実の場合、喧しすぎて人が離れていくんだよな」
「こんな明るく美人な私に対して酷いよねー」
「性格に問題があるんだろ」
これでまともな性格だったのなら、今だって告白されていただろう。勇実がモテていた期間なんて中学に入学してから二か月も続いただろうか。その頃には俺を巻き込んで騒ぎを引き起こす厄介者と認識されていたな。
「そんな私と柊さんは相性バッチリ?」
「どうだろうな。俺と奈子が特殊な出会いのパターンだったから、意気投合するのも早かったが。他人だと一歩引くというか、相手に合わせるというか」
「全然そんな感じが見られないよ」
「だよな。俺の勘違いだと思う」
ここは素直に訂正しておこう。柊が引くような場面があっただろうか。とにかく進む。危険な場所でさえ、とりあえず進んでみるを実行する馬鹿だ。そんな奴の性格を把握できるはずがない。
「スイッチの入った柊と勇実が手を組んだら、さぞかし賑やかだろうな」
「やっぱり相性バッチリじゃん」
「被害が二乗する程度にはな」
倍程度で収まってくれたら御の字だろう。抑止力側からしたら悪夢でしかないが。蘭あたりが疲労困憊で倒れたりして。もちろん、巻き添えになっている俺も行き絶え絶えだろうな。
「ふっふっふ、待っていなさい。柊さん!」
「通常モードの柊が勇実を受け入れるとは思えないけどな」
絶対に引くだろう。俺も奈子もそこまで他人の内側にグイグイと入っていくタイプではない。自然の流れに任せて、会話を繋げたり、行動を合わせたりするタイプなのだ。勇実は相手に対して関係なく踏み込んでいくから付き合える人物が限られる。
「欠点でもあり、美徳でもあるか」
「褒めた?」
「貶したんだよ」
「ひっどーい」
だからこそ、孤立している人物でも関係なく話しかけられ、そして他の輪に連れ込むのが勇実らしいともいえる。その後を丸投げするのは本当に駄目な点ではあるけどな。中心人物のような、でもその手前で引き返す立場が曖昧な人物。それが悟の評価だったか。
「相変わらず朝から賑やかだな」
「奈子か。そっちだって仲良く登校しているな」
「あれは仲がいいに含まれるのかな?」
奈子と瑠々が一緒に登校するのはいつものことだし、瑠々を小脇に抱えて持ち運んでいるのもいつものことだ。最初の頃は注目されていたが、それが日常となった今は特に視線を集めることもない。見慣れていない下級生が目を丸くしているけどな。
「昨日はあの後、どうなった?」
「総司が離脱してから数分後には全員帰宅した。特に問題もなかった」
「面白い情報もなかった」
「なるほど」
「瑠々はその体勢で苦しくないの?」
「もう慣れた」
奈子が小脇に抱えているのには理由がある。荷物の様に持っているが、あれは瑠々を拘束するのが目的なのだ。そうでもしないと朝からどこかに消えてしまって捕捉できなくなってしまうから。
「おー、頬っぺたプニプニ」
「突っつくな」
「だって触り放題だから。つい」
俺と勇実、奈子と瑠々はそれなりに親交がある。俺と奈子が一緒にいて、その中に自然と相棒が加わるのは何の不思議もない。その相棒に振り回されている俺達は共に溜息を吐く毎日だけどな。
「ところで、総司。今日の予定は想定できるか?」
「一限目が授業じゃなくて、昨日の件の追及になる」
「柊をシバくか」
「それで反省するような玉じゃないだろ。でも、一発は頭を叩く」
「同意だな」
痛みに対する許容範囲が馬鹿みたいに広い柊でも、痛み自体は感じている。せめて、悶絶レベルの痛みを与えないと昨日の件は許せない。何でクラス全員がいじめみたいなことをやったと疑われないといけないのか。
「むしろ、これから柊に対して行うことがいじめレベルじゃないか?」
「暴力行為も辞さない覚悟は持っている。私達だけじゃなく、他の面子だって囲い込みくらいはやるだろう」
「昨日の一件で十分すぎるほどヘイトを持っていったね。柊さん」
「グループラインで俺達は無実だと情報が流れてくるほど全員が理不尽だと思っている」
それが教師たちの勘違いであることを知っているし、柊だって馬鹿正直に自分が勝手にやったと喋っているはずだ。それでも信用しない大人はどこまでも常識を信じているのだろう。非常識な存在が目の前にいたとしてもな。
「奈子。教師からの詰問が始まったら、真っ先に柊を抑えろ」
「分かった。総司は全力で教師を説得しろ」
「お互いにやることが分かっている感じだね。私はどうしようかなー」
「「何もするな」」
これで勇実が勝手な行動をして、場を乱したらこっちの余裕が一切なくなってしまう。柊一人でこっちの手はいっぱいだ。他に割けるだけの余力はない。委員長あたりでもぶつけてみるか。あっさりと突破されそうだけど。
「席を離したのは失敗だったねー。そっちの方が面白そうだったよ」
「奈子の近くはすぐに捕獲されるから、私は成功」
「現在進行形で捕獲されている人が何か言っているよ」
「勇実の恥ずかしい話、第四弾!」
「その口を封じてやるー!」
朝から賑やかな相棒に呆れてしまう。これから起こることは教師との対決だというのに。あとは馬鹿が馬鹿やらないように立ち回らないといけない。そう思うだけで気が重くなっているはずなのに、相棒の変わらぬ姿を似ているといつもの日常だと思えてしまう。
これが日常化するなんて嫌だけどな。
自由人と苦労人の二人組。
というか、柊が出てこないだけで随分と平和な気がします。
気の所為かな?