08.正常な人物はどこにもいない
交流の場として、席が近い者同士で集まったのだがどうやら誰に柊を押し付けるかで揉めることとなってしまった。俺としても蘭が担当している奴がいないのだから適任だと思う。
「お待たせしたかな?」
「「「全く待っていない」」」
「酷いな、君たちは」
合流してきたのは悟。修だけが困ったように笑っているが、それでも歓迎している様子は見られない。教室でオドオドしていたのが演技だとは思えないが、雰囲気に慣れたのだろうか。
「結果は?」
「半数以上が捕獲されたね。僕も残機を一つ減らして逃げ切ったくらいだから」
「また誰かを犠牲にしてきたのかよ」
誰だよ、悟と一緒に行動しようとした馬鹿は。こいつが裏切るのなんて簡単に想像できてしまう。付き合いのない奴か、それとも情報を持っていなかったか。どちらにせよ、尊い犠牲のもとに悟は無事に脱出できたのか。
「教師も随分とこちらを警戒しているな」
「包囲網が殆ど完璧だったからね。正面玄関なんて随分と固められていたよ。僕達以外だと逃走は無理だったね」
「だったら、どうやって逃げたの?」
「そりゃ、空いている教室の窓からだよ」
呆れている蘭だが、その手しか残されていないのだ。内履きが汚れてしまうが、殆どの奴はスペアを自宅に保有しているだろう。俺だってそうだし。誰もが通る正面玄関に人員を配置するのは当然だ。それを見越して行動しないといけない。
「総司が勇実君と一緒にいないのは意外だね」
「タイミングが別だったからな。あいつなら他の連中と一緒にいるだろ」
俺だっていつも幼馴染と一緒にいるわけではない。それぞれにプライベートだってあるのだから別行動するのは珍しくもない。相手のプライベートに堂々と突撃してくるのも幼馴染なのだが。
「奈子は瑠々君と一緒じゃないのかい?」
「瑠々なら最初からいるが、気づいていないのか?」
何を馬鹿なと周囲を見渡している蘭だが、それで瑠々を発見できたのなら俺達だって苦労はしていない。常人ならば、瑠々が自分から発言しない限り存在を認識するのは難しい。
「いないわよ?」
「私の隣にいるんだが。ほら、言葉を喋ろ。そうしないと誰も気づかないだろ」
「仕方ない」
今まで誰もないと思われていた空間に小さな女の子が現れたら、誰だって驚きもするだろう。目を丸くしている蘭の反応は正しい。俺はその前から気付いていたし、悟はいつものことかと反応すらしていない。
「やっぱり、うちのクラスの女子って、特殊能力持ち過ぎじゃない?」
「瑠々ほどじゃないが、気配を隠すことができる奴は他にもいるからな」
「それは誰なの?」
「火花と柊だな。火花はまだ挨拶とかないから、後だ。あれはまだまともな人格形成をしているからそれほど脅威じゃない」
「本当に?」
我らが委員長も疑り深くなったな。実際、火花は新聞部に所属している捜索班だ。探しているものは日々の特ダネ。何かしらネタになるものはないかと日夜動き回っているくらいだ。
「というか、柊君も気配を隠せるのかい?」
「だから俺と奈子が見逃したんだよ。しかも意識してやっているわけじゃないから、どのタイミングでそれを使うのか分からない」
「足音を立てないのを日常的にやっている所為か、偶に背後を取られている」
「奈子でも?」
「私が感知できるのは瑠々だけだ。それ以外は他の面子と変わりない」
「奈子は私特化。だから私を捕まえられるし、私にとっての脅威。総司は違う方法で私を感知している」
「食い物を盗む場合だけ俺は瑠々を把握できているからな」
食べ物の恨みは恐ろしいものだ。最初からこの場にいる瑠々は何度か俺の手元から食い物を掠め取ろうとしていた。だから俺は瑠々がいると気づいていたのだ。全部手を叩き落としていたけどな。
「やっぱり君達もおかしいね」
「悟だって知略を駆使してやりたい放題しているだろ」
「これでも僕は自重している方なんだけどね」
自重という言葉を辞書で引いてみろ。周囲の流れに便乗し、いつの間にか自分の流れにしているのが悟の特徴ともいえる。言葉巧みに周りを誘導しているから、俺と奈子ですら罠にかかる場合があるんだよな。
「やっぱり、私よりも三人の誰かが委員長になるべきだったわよ。皆も警戒して悪さを控えるかもしれないじゃない」
「面倒だ」
「暇がない」
「面白くないよ」
俺、奈子、悟が一言の元に蘭の発言を切り捨てる。そこで肩を落とす仕草をする時点で蘭も諦めはついているのだろう。すでに決定したことを覆すだけの発言力を蘭はまだ持っていない。これからに期待はできるが、まだ先の話だな。
「私は蘭で良かった。奈子が委員長になったら私まで巻き込まれる」
「瑠々を使って、クラスメイトの情報を握って脅す方法があるからな」
「奈子も大概外道だよな」
「総司ほどではない」
「似たり寄ったりじゃない」
使えるものは何だって使うからな。どうせ自分だけじゃどうやったってクラスメイトの暴走を止めることはできない。他人を利用して、活用しないと自分たちの負担が増えてしまうから。
「ところで、瑠々。修の情報は持っているか?」
「当然」
「えっ?」
急に矛先を向けられた修が狼狽えているが、話の流れ的には当然だと思う。俺と奈子、悟ですら修はノーマークなのだ。警戒対象に入っていても不思議じゃない。
「商店街のマスコットボーイ。ただし、着ぐるみを着用している場合のみ」
「意外と普通だな。もっとぶっ飛んだものが出てくると思ったが」
「普段は大人しく、周囲の雰囲気に合わせるけど。着ぐるみ着用の場合はその限りではない」
「例えば?」
「スイッチの入った柊」
「「OK。理解した」」
「比較対象がおかしいよ!」
柊がこの場にいたのなら、頭を傾げていただろうな。あいつのたった一回の行動でここまでの印象を持たれたのだ。自業自得ともいえるが。流石に三階から躊躇なく飛び降りる狂人は中々いないだろう。
「僕は実家の手伝いでやっているだけだよ。それに目立たないとアピールにならないから」
「着ぐるみで後方宙返りを決める時点でスペックがおかしい」
「どこで見てたの!?」
「瑠々だからな」
「そうだな。どこに潜んでいるから分からないからな」
「そもそも、個人の情報を握っている時点で恐ろしいわよ」
情報こそが瑠々の武器だからな。存在を消して、他者を観察するか、噂話を拾ってそれが真実であるのか探る。そんな趣味を持っているのだが、それのどこが楽しいのかさっぱり分からない。
「でも、私の情報も柊には通じない。あれは私の天敵」
「情報が掴めないということ?」
「何を明かしても全く通じない。あれに恥という概念はない」
恥だと思っているのであれば、俺達にだって馬鹿な行動を明かしたりもしていないだろう。行動もそうだが、あれの失敗談は数知れずある。それを笑って喋ってくるのだから、俺達は乾いた笑いしか出てこない。反応に困るんだよ。
「意外と柊君を天敵にしている人が多いのだね」
「奈子もそうだからな」
「天敵というよりも苦手な部類だ」
「その割には仲良さそうじゃない」
人付き合いとしての苦手じゃないのだ。争った場合の相性的な問題になる。武力で相手を圧倒する奈子にとって、柊はあまり相手にしたくない。柊が奈子よりも強くはないのにだ。
「柊はとにかく頑丈だし、痛みに関しても慣れてしまっていて鈍感だ。だから長期戦になるから相手にしたくない」
「痛みに慣れているって何をしていたのよ?」
「野人のような活動をしていたと本人は語っていたな」
「それを疑問に思わない総司君がおかしいわ」
だって柊は元々この町の住人じゃない。引っ越し組だからな。生まれはド田舎だと言っていた。周囲に商店すらない場所で遊んでいたから、基本的に山や野を駆けまわっていたらしい。
「流血位なら痛い程度で済ますな。私でも引くくらいの流血だが」
「奈子でもって」
「頭から血を流しながら普通に挨拶してきた」
「それはドン引きレベルね」
「そんな人が僕の比較対象なのは絶対に間違っている」
それでも時期に蘭も柊の行動に慣れてしまうだろう。席だって近いのだから、柊と接する機会だって増えるはず。あとは柊の対処をそれとなく押し付けてしまえばいい。そんな考えを持っているのは奈子も同じだろう。
「さて、俺はそろそろ夕飯の買い出しにいかないと」
「主夫のお勤め、ご苦労様だな」
好きでやっていることだからな。我が家の家事全般は俺が担当している。生みの母でないけど、育ての母はその方面が苦手だからな。隣家の勇実宅と繋がりがあるのはその所為でもある。
ただし、俺もここに集まった面子は明日が憂鬱に思えていた。絶対に今日の騒動が尾を引いているはずだから。
性格的に、技術的にもまともなのは蘭くらいでしょうか。
人物相関図ではありませんが、相性の関係性くらいは作らないとまずそうです。
そもそも対決する機会があるのかどうかも考えていませんけど。