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07.狂人の生態


 無事に脱出できた俺は奈子が指定したフードコートにやってくる。そこではフライドポテトをぱくつきながら、飲み物を飲んでいる他の面子が揃っていた。奈子が引き連れていた連中だな。


「お疲れ様。柊は?」


「めでたく捕獲されたようだ。自業自得だろ」


「気付くのが遅れた私達の落ち度だな。完璧に油断していた」


 柊は特性を複数持っている稀有な存在だ。一つは先程のような恐怖感が皆無のような馬鹿な真似をするような行動。そして、他の特性が俺と奈子ですら柊を止められなかった要因でもある。


「ねぇ、柊さんは無事だったの?」


「あれの心配をするだけ無駄だ。下にマットまで敷いていたのだからほぼ無傷だったはず」


「そうだな。あれの心配なんて必要ないな。どうやったら死ぬのか想像すらできない」


「酷い言われようだけど、三階から落ちて無傷とかありえないと思うわ」


 普通はそう考えるよな。蘭の心配は正しい。正しくないというか、理不尽な存在が柊なのだ。確かにあいつだって人間だ。怪我もするし、血だって流す。だが、それを笑って済ますような変人だぞ。


「大怪我だけはしないのが柊の特性みたいなものだからな。奴の大怪我に分類されるものが何なのかは分からないが」


「総司は知っているな。蘭は校舎の二階から飛び降りる馬鹿が続出した事件を覚えているか?」


「その所為で校舎周辺から樹木が撤去されたことよね?」


「あれの発端が柊だ。そして、あの馬鹿は木がなくても二階程度なら普通に飛び降りる」


 奈子の説明に開いた口が塞がらない様子の蘭。更に言えば、二階から樹木を利用しての飛び降り技には裏話が存在している。あれは事故であり、失敗談だったのだ。本人自身が語っていたからな。


「寝過ごしたー! と声を上げながら、窓から飛び出していったのは狂人としか思えなかったな」


 それが正しい認識であり、胡散臭そうにポテトを咥えている蘭の反応も合っている。嘘だと疑っているのだろうが、本当にあった話らしい。俺もその現場に居合わせていなかったから証言は出来ないが。


「友達を笑い話のネタにするのは駄目だと思うわよ」


「本人がそのネタの提供をしているんだけどな」


「私だって実際にその場面を見ていなかったら信じていなかった。むしろ、放課後の遅い時間にあれを目撃されていたとは思わなかったさ」


「それを真似るような連中が現れるとも思わなかったよな」


 本来の柊の飛び降り方は膝を利用しての衝撃吸収と受け身による衝撃分散を軸にしている。だから木なんて使う必要はなかった。ただ、飛び出しの勢いを間違ってしまって、木にぶつかりそうな感じになったから蹴ったら成功したらしい。


「悪いんだけど。胡散臭さが強まったわよ。大体、高校生の技術じゃないわ」


「あれをアドリブでやるから柊のスペックが分からないんだよな」


「私だって特徴のない学生だと最初は思っていた。どうして奴とまた同じクラスになってしまったのか」


 何かを思い出したのか奈子は苦悶の表情をしている。去年も奈子は柊と同じクラスだったのだが、柊と接点が生まれたのはそれなりに時間が経ってからだ。確か秋ぐらいの話だったかな。それには俺も含まれている。


「無事だったのならいいのだけど。あれってスカートを抑えながら落ちたのかしら?」


「柊なら女性としての心持を全力で投げ捨ている」


「奈子の言う通りだな。不安定な姿勢になるくらいだったら、スカート全開で落ちていったと思う」


「頭痛くなってきた」


 華奢という言葉よりも、痩せ細ったが当てはまる体系だからな。こんな平坦で女性らしさ皆無の身体に欲情できるものならしてみろと豪語していたのを思い出す。奴の言動は偶に理解できない。


「あっ、思い出したかも」


「何をだ?」


 一緒にいるのにも関わらず、全く話に入ってこなかった修がやっと口を開いた。ただ、思い出したとは何なのか。話の流れからすれば、柊関係であるはずだが。接点はお互いにないと話していたはずだよな。


「僕、一度だけ柊さんと会っていた。自動ドアをこじ開けようとした人だ」


「何をやっているの、あの子は」


 深いため息を漏らしている蘭だが、俺と奈子の反応は違う。柊の話は必ずと言っていいほど何かしらのオチがある。ただ、自動ドアをこじ開けようとしたのではないのだろう。


「でもちゃんと事情があるんだよ。自動ドアに手を挟まれて、何とか抜け出そうとしていたんだよ」


「はい?」


 自動ドアは目の前に立てば勝手に開くものであり、ドアの間に何かが挟まれば安全機能として開くもの。それを理解しているからこそ、蘭は疑問に思ったのだろう。俺と奈子は容易に想像できるので、続きを促す。


「大変だと思って、急いで駆け寄ったら自動ドアはちゃんと開いたんだけど。柊さんの手は血塗れになっていて」


「本人はそのまま買い物をしに行こうとして、店員に捕まっただろ?」


「うん」


 そこは同意してほしくなかったな。何であいつは自分の怪我に対して無頓着なのか。それに店内に血を落としたら掃除する店員も大変だろう。あとはお客だって何があったと思うだろうな。


「何で柊と再会して思い出さなかったんだ?」


「だって、私服だったし、帽子も被っていたから」


 そういえば、外では偶に帽子を被っていたか。それにその時だけの関係ならば、思い出すのに時間がかかっても仕方ない。思い出せたのはそれほどインパクトが強かったからだろう。


「いつもの柊だな」


「奈子に同意しておく」


「そこは同意する場面じゃないわよ」


「でも、柊さんだし」


「修君も毒されないで」


 順応性としては蘭よりも、修の方が上か。柊の奇行を一度でも目撃しているのであれば、思考が汚染されても仕方ない。俺と奈子なんて、柊の奇行を見慣れ過ぎて感覚が麻痺し始めているからな。


「蘭。委員長として柊の抑え役になるかもしれないんだぞ。今のうちに耐性を手に入れておくべきだ」


「そうだな。そうなれば私も肩の荷が一つ下りてくれる。ぜひ、頑張ってくれ」


「耐性を得たとしても、それを普通だと思っちゃ駄目よね」


 俺達だと「何だ、柊か」で済ませてしまう場面がそのうち発生するだろう。今日の一件で柊のインパクトはクラス中に伝わったと思う。むしろ、今日以上の場面があるのかどうかも分からないのだから、あれよりはマシだと何人かはスルーしそうだな。


「私や総司だって、柊だけに構っていられない。誰かが担当にならないといけない」


「それを会って、まだ一日にも満たない私に放り投げるのは違うと思うわ」


「席が近いんだから、何とかなるはず」


 そんな理由で担当を投げられては蘭だってやる気も起きないだろう。だが、やる気の問題ではないんだよ。委員長になったということは、誰がやったのか分からないものを探し出さないといけないかもしれない。そして、その場合に真っ先に疑うのは柊だ。


「基本的には目撃者はいるけど、誰なのか分からない奇行は全部柊だと思え」


「それは幾ら何でも可哀そうじゃない?」


「大丈夫だ。奴なら直接聞けば、全部白状してくれる。そこは私と総司が保証する」


「それもどうかと思うわ」


 柊は隠し事をあまりしないからな。特に自身の体験とかは笑いながら話してくれる。むしろ、聞かされるこっちが口元を引き攣らせる。最初は俺も奈子もそんな感じだったからな。


「どちらにせよ、いつかは巻き込まれるんだ」


「そうだな。私達みたいにな」


「僕はちょっと遠慮したいよ」


「私だって同じよ」


「「大丈夫だ。奴の行動に巻き込まれるのは無差別だから」」


 今日の騒動だって、クラス全員を巻き込んだようなものだ。冤罪をあれほどの人数にかけられたのは凄いと思うぞ。悟がある程度の説明をしていなかったら、殆どが教師に捕まっていただろう。


「今年一年、無事に過ごせるのかしら?」


「無理だろ」


「そうだな。騒乱の年だな」


 俺と奈子の言葉に今までで一番重い溜息を吐く蘭だが、覚悟しておかないと心が持たないぞ。そして、意外と大丈夫そうな修に何かしらの裏があると思ってしまった。

人食い自動ドアというものは存在していました。私限定ですけど。

実際、人間の力で自動ドアの閉まろうとする力に敵うはずがありませんけどね。

あの時は真面目に骨が折れるかと思いました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人喰い自動ドア……(゜ω゜)
[良い点] 「でも、柊さんだし」 すでに魔窟が霞んでませんか?飛ばしすぎです! [気になる点] 店員は顔真っ青だったのでしょうと。センサー不具合で即座に故障扱いですし救急車案件ですよー。
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