06.ミッション:教師に発見されるな。
珍しくモブ回。
あんなことになるなんて準備をした誰も予想していなかった。俺達はただ、目立ちたかったり、話題になればいいと思ってやっただけなんだ。それがまさかあんな結果になるなんて。
「進路確認。よし、対象を確認できず」
責任なんて取れるはずがない。俺達はただ、準備しただけであいつが勝手にやったことなんだ。誰もやらないだろうと高を括っていたら、まさか全くマークしていなかった奴がやらかすなんて。
「このままでは飛び降り自殺の原因を作ったのが、俺達になってしまう」
「変なあらましを言ってないでちゃんと進路の確認しろよ。見つかったら絶対にしょっ引かれるからな」
「しかも飛び降りた奴は何事もなく帰宅したらしいぞ」
人間じゃねーよ、あいつは。何であの高さから飛び降りて、何事もなく帰宅できるんだよ。一切の躊躇なく飛び降りる度胸もおかしいだろ。無茶に慣れている男子だって尻込みするような高さなんだぞ。
「追加情報だ。どうやら帰宅前に捕縛されたらしい」
「そりゃ、あんな大騒ぎになったら教師がすっ飛んでくるだろ」
「進路クリア。前進するぞ」
俺達のクラスだって騒ぎの発端になったのだが、階下の新入生たちが一番の大騒ぎになってしまった。記念すべき高校入学。その初めの日に、上の階から生徒が落ちてきたのだから、記憶に残る入学式となっただろう。トラウマになっていなければいいが。
「だから教師の配置も早いんだよな」
一年生はまだホームルームの最中だったのが、俺達にとって最悪のタイミングだった。教師もその場にいたのだから、騒ぎの察知は最速。上の階が俺達だと知られているので、原因の究明に乗り出すのは当たり前だよな。
「前方に教師を発見。進路を変更するぞ」
「回り道は仕方ないか」
何で俺達がこんなステルスミッションを行っているのかは、教師に見つかったら間違いなく呼び止められ、事情を聞かれるからだ。始業式の日に時短で帰れるのに、大幅に時間ロスをするつもりはない。
「普通に帰宅しようとしたら奴らはどうなった?」
「生徒指導室に連行されたと連絡があった」
「やっぱり、見つかったらアウトか」
普通に帰宅するような奴は少数だろう。幾ら何でも上空から生徒が降ってくるような事態を教師が軽く見るはずがない。責任問題に繋がってしまうからな。生徒が勝手にやったことでも、学校側の責任になるのは分かっている。
「畜生。柊の情報を知っていれば、こんなことには」
「奴の情報は少ないんだよな。総司と奈子は知っていたようだが」
「初動が完璧だったよな。奈子なんて柊が動き出してすぐに行動していたぞ」
「やらかす前に止めろよと思うけどな」
そこが疑問なんだよ。何で奈子は柊を止めなかったのか。奈子ほどの腕なら、あんな華奢な体格の柊を力づくで止めることなんて簡単なはず。それなのに、どうして見逃したのか。
「柊は奈子よりも強い?」
「いや、その可能性はないだろ。奈子が負けたなんて話があったら、町中に広まっているぞ」
だよな。町内最強伝説はいまだに無敗だからこそ続いているのだ。それだったら何故という疑問が大きくなっていく。そしてもう一つが、あの総司ですら柊を止めることができなかったこと。
「気づかなかったという可能性か」
「瑠々と同じように気配を消せるとか? だが、奴は普通に存在を感知出来ていたぞ」
「存在を感知とか普通はありえない言葉だよな」
だが、俺達は誰も瑠々の姿を今日見ていない。教師が欠席の話をしていなかったから、教室にはいたはずなんだよ。それなのに、誰も瑠々がいないと気づいてすらいなかった。本当にあれは何なんだよ。
「でも、瑠々を感知できる奈子が見落とすか?」
「いや、マジで何で止めることができなかったんだ?」
疑問しか出てこないのだが、答えも出てこない。とりあえず、柊もあり得ない人物に登録決定だな。俺達のクラスには人とは思えないような能力を持っている奴がそれなりにいるからな。代表格が瑠々なんだが。
「ちっ、何人か脱出成功したらしい」
「お前の情報はどこから仕入れているんだ?」
「クラスのグループに入ったら、それなりに情報収集できるぞ。いつ作ったのかは謎だがな」
見せられたスマホの画面には先程からメッセージが流れていっている。本名を入れている奴もいれば、通り名で登録している奴もいるな。ただの学生が何で通り名を持っているのかは誰も知らない。
「あー、二階から脱出が最短距離か。だが、木が撤去されてからは安全性が確保できなくなっているんだよな」
「校舎側の樹皮が全部剥がれたのが問題視されたんだよ。お手軽な落下経路だったんだが」
窓から飛び出し、木を斜めに蹴りつけるようにすると樹皮が靴に引っかかり、落下を一瞬ではあるが止めてくれる。そこからは木を掴むなり、抱き着くなり、そのまま滑り落ちたりと方法は様々だがやりようはあった。
「あれ、失敗すると足首を挫くんだよな」
「しかも落下態勢が最悪なケースになり易い。失敗した奴は大体保健室直行だったな」
「よく救急車を呼ばれなかったと思うぞ」
アスファルトとかだったら確実に救急車を呼んでいただろうな。木の付近は柔らかい土であったから最悪のケースは免れていた。それを理解していたから挑戦する奴が現れたともいえる。
「あれって、最初の考案者は誰だったんだ?」
「確か、どこかの女子がやったのを参考にしたと聞いたことがあるな」
「「柊じゃん」」
そんな危険で馬鹿な真似をするような奴と言われたら真っ先に思う浮かぶほどに、今日の行動は俺達の意識にしっかりと焼き付いてしまった。奴ならやりかねないというよりも、奴なら絶対にやると。
「何、あいつ。将来はスタントマンとか目指しているのか?」
「知るかよ。奴の生態に関しての情報は総司と奈子が頼りになってしまう。あの二人がそう簡単に情報を開示すると思うか?」
「口が堅いんだよな、あの二人。特にプライバシーに関することは」
「それが当たり前なんだけどな」
悟なんて自分の得になるようなことなら平気で誰でも売るから比較対象にすらない。むしろ、奴に情報が渡った時点で何かしらに利用される未来が見えてしまうほどだ。悟と瑠々がコンビを組んだ際は悪夢でしかない。
「総司、奈子、悟、そして柊の筆頭候補。蘭こと委員長にあと一人は謎の人物。あの場所、ヤバい奴の集まりになっていないか?」
「それだと委員長が可哀そうだろ。今日だって一番の被害者だったろ」
「あの面子の中だと、比較的俺達の身に危険が無さそうな人材だったから仕方ない。俺達だってわが身は大事だ」
見た目からして真面目そうだったのと、他の人物がヤバいのと情報がない人物を選ぶよりもマシだと思ったのだ。それがクラス全員で同じ思いになっているとは。委員長には悪いが人柱になってもらうしかなかった。
「おい、そろそろ玄関だぞ」
「意外と時間がかかったな。やっぱり教師が血眼になって捜索していると難易度がヤバい」
「だが、俺達は勝った。これで明日はドヤ顔で登校できるな」
勝利を確信していたが、それでも周囲への警戒を怠っていたわけではない。こういった最後だからこそ、何かが起こる場合が多いのを知っているからだ。慎重に歩みを進め、下駄箱から靴を取り出したところで俺達の首にギロチンが落とされた。
『二年G組の生徒は至急、生徒指導室か職員室に来なさい』
「「「全方位攻撃は卑怯だろ!」」」
校内全域に聞こえたであろう校内放送は俺達にとって敗北のアナウンス。なるほど、悟が呼び止められたりと言葉を足していたのはこの可能性を考慮してのものか。俺達の考えが浅かった。
「時間制限を隠してやがったな、あの野郎」
「やっぱり腹黒だわ」
「これ、聞かなかったことにして帰れないか?」
悩みは一瞬。そして、俺達は取り出した靴を戻して職員室へと向かう。これはクラスとしての勝負だったのだ。そこに不正を持ち込んではいけない。仮にこれで帰ったとしても、俺達は自信をもって明日登校することなんてできない。
「記念すべき初戦は敗北か。腹黒軍師に一杯食わされたな」
「次があったら絶対に勝ってやる」
「どうせ話す内容なんて柊が勝手にやりましたとしか言いようがないからな」
口裏を合わせる必要なんてない。あれは止める間もなく柊が飛び降りただけ。誰がマットを設置したかについては馬鹿正直に答えるしかないだろう。こんな騒動じゃなかったら片付ける予定だったのだが。
とりあえず、明日の予定は決まったな。柊と悟を問いただす。
本当は短編用に作ろうとして失敗したのがこれです。
樹皮で木登りもできますが、失敗すると真面目に危険ですよ。
意外とべろりと捲れてしまう場合がそこそこの確率で発生しますからね。