05.始業式の大惨事
作者でも頭がおかしいと思う回。
教師が去っていったことで生徒が学校にいるべき時間も終了したことになる。ある者はさっさと帰宅し、ある者は出来たばかりの友人と交友を深めている。そして、馬鹿達は何をしているかというと。窓際に集まっていた。
「様子を見るべきか、背後から襲うか。どっちがいいと思う?」
「まだ初日だぞ。私達から襲っては今後の関係に罅が入ってしまう。物証が出てからが勝負だ」
「静観するか、襲撃するかとか両極端だよね。何、ここって乱世?」
誰も覇を競い合っていないぞと柊にツッコんでおく。こちらに被害が飛び火する可能性があるのなら、俺と奈子は事前に潰そうとしているだけだ。
「ほら、蘭。こんな物騒な会話をしている二人を学級委員長にするわけがないよ」
「改めて思い知ったわ。この二人の噂が真実なんだって」
誇張も含まれているのだが、おおむね間違ってもいない。だから俺達は否定もしないのだ。おかげで廊下を歩くだけで道を譲る生徒まで出てしまっている。新任の教師とかは最初の頃、ヤバい目で見てきたな。
「でも窓際に集まるなんて何かをするつもりなのかしら。外に何かあった?」
「いや、登校した段階では何もなかったな。始業式の最後辺りに抜け出した連中が何かを準備したのは確実だろうが」
「確認は?」
「するわけないだろ。複数人で動いたのなら、俺一人で片付けられるわけがない。誰かが手伝ってくれるはずもないからな」
「面倒なのは御免だな」
「何で片付けは面倒なのに、襲撃には乗り気なのよ」
武闘派の筆頭だぞ。殴って片付くのなら、そっちの方が早い。そして、鎮圧した後に片づけさせればこちらの手を煩わせない。一石二鳥じゃないか。その途中で教師の仲裁が入りそうだが。
「仕方ない。ちょっと確認してくる。俺のところの関係者もいるみたいだしな」
「総司は人数が多いから大変だな」
「そっちは相変わらず所在不明で探すのが大変そうだけどな」
俺は瑠々の姿を朝から見ていないのだが、出席は無事に取ってもらえたのだろうか。席がどこなのかも全く知らない時点で問題ではあるが、奈子が動いていないのなら大丈夫か。
「これは何の集まりなんだ?」
「総司か。いや、ここから簡単に降りる方法はないかと模索していてな」
「三階から簡単に下りられるわけがないだろ」
なぜそんなことをやろうとしているのかの理由は簡単に予想できる。俺達のクラスは購買や食堂から遠い。窓から下りて、外を走った方が早いからだろう。内履きが汚れるが、事前に靴を複数用意しておけば解決できる問題だ。
「ロープをどこに結ぶ?」
「手近な場所にいいものがないからな。やっぱり壁にフックを設置するしかないだろう」
「となると学校側の許可を取らないといけないか。壁に穴を空けるわけだからな」
「ちゃんと修繕すると言い張ればいけないか?」
「それで申請が通ったらラッキーだなレベルだぞ」
頭の悪い会話をしているなと思ってしまう。馬鹿がやろうとしていることは危険極まりない行為だ。現在の手持ちはロープのみ。つまり、手で掴まってそのまま降りようと画策しているのだ。普通に考えて無理だろと思ってしまう。
「安全性の確保も問題だよな。リハーサルしようにもあれじゃ無理だ」
「ちゃんとマットを三枚重ねにしているぞ」
「厚さじゃねーよ。面積の問題だ」
窓の外。そしてそこから下を覗き込んでみれば、確かにマットが敷かれている。厚さはよく分からないが、確かに面積は一畳分くらいしかないな。少しでも落下地点を誤ってしまえば無事ではないだろう。
「ちっ、せっかく抜け出してマットを確保したというのに」
「そもそもフックの準備をしていない時点で準備不足だったんだ。次の機会を設けるしかない」
「ちゃんと片づけはしておけよ」
会話を聞いて、この時点では問題ないと判断する。流石にあんな条件でここから飛び降りたり、ロープで懸垂下降しようとする命知らずはいないだろう。だから、一言だけ伝えて俺はその場を去ろうとした。それが間違いだったのだ。
「んっ?」
窓際から、自分の席へ戻ろうとした際に誰かとすれ違ったような気がして振り返ろうとした。その前に俺の視界に映ったのは奈子が他の面子を引き連れて教室から逃げ出す光景。それは異常事態の前触れだ。
「おっさきー」
振り返った俺が見たのは、何の躊躇もなく窓から飛び降りた柊の姿だった。
「「「イッたー!!??」」」
「「「ウッソだろ!?」」」
窓際に集まっていた連中ですら度肝を抜かれる光景。更には馬鹿達の様子を観察していたクラスメイトまでもが窓際に殺到するような騒ぎになっている。これは問題児を軽視してしまったことと、油断してしまった結果か。
「先生! 上から女子が落ちていった!!」
そして、階下も悲鳴とかで大騒ぎだ。むしろ、よく落ちていったのが女子だと分かったな。いい目をしている。俺達のクラスの下は一年生の教室。あっちはまだホームルームの最中だったのか。教師に知られたのは不味いな。
「逃亡一択だな」
柊の安否を確かめる必要はない。あれの生態を知っている身としては心配するだけ損をする。それよりもこの場からさっさと離れないと帰宅までの時間が大幅に伸びてしまう。主に教師たちの取り調べにより。
「後は任せた」
「任されたよー」
騒ぎに巻き込まれる前に荷物を持って教室から抜け出す。柊の行動によってこっちに注意が向くこともないな。別に隠れる必要はないのだが、誰かに注意をするだけ悟の楽しみが減ってしまう。
ここからは悟が仕掛ける場面なのだから。
▽ ▽ ▽
事後処理というよりも、この騒ぎをどのように拡大するのかが僕の仕事になる。流石に柊さんがあんな行動をするなんて予測できてはいなかったけど。確かに総司が言う通り、彼女はこのクラスにこそふさわしい存在だね。
「傾聴!」
騒ぎに負けないだけの声量でもって、こちら側に注目を集める。僕の話に耳を傾けてもらわないと、これからの行動を指定できないからね。参謀と呼ばれるだけあって、僕の長所はルールの制定。
「ルール説明をするよ。教師に見つからずに、そして教師に呼び止められずに帰宅すること。簡単でしょ?」
殆どのクラスメイトが首を傾げたり、何を当たり前のことを言っているんだと思っているようだね。その考えは甘いんだよ。僕の考えを理解した人は、一目散に教室を後にしているからね。
「それじゃ追加情報。彼女は三階の教室から飛び降りた。事情を知らない人達は自殺の可能性を考えるんじゃないかな?」
実際は彼女が勝手に飛び降りたのだし、総司の反応からして柊さんが無事であるのは予想できている。結果を見届けていたクラスメイト達が顔色を真っ青にしていないのもその証拠。信じられないものを見た顔はしていたけどさ。
「なら、原因は僕達にあると教師は考える。その後に教師たちがどのような行動に出るのかは、言わなくても分かるよね?」
教師が真っ先に向かうとしたら落下地点。そして、誰が落ちてきたのか確認もするだろう。その近辺を当たり前の顔をして歩いているようなら、柊さんは最初に捕まるはず。あとは彼女の証言次第で僕達の進退が決まってしまう。
「捕まったら、何時に家に帰れるのか分からないよ」
一目散に逃げる人、仲間と話し合ってグループを組む人。そんなの関係ないとばかりにマイペースに動く人。それぞれの行動にばらつきはあるものの、おおむね僕の予想通りかな。
「さて、僕もそろそろ逃げ出さないと」
「悟。協力はしてくれないか?」
えーと、誰だったかな。クラスメイトなのは確かなのだけど、それほど印象に残っている人でもない。つまり、さほどの馬鹿もやっていないし、僕のことをそれほど知らない人なのだろう。
僕を知っている人物なら、協力なんて求めてこないから。
「よし、勝ち馬に乗れたな」
内心でほくそ笑んでいるのは僕なんだけどね。いい囮が手に入ったと。僕を理解している人達は馬鹿な真似をしたなという顔をしている。仲間を売るのは僕の常套手段なのに、本当に知らないのかな。
腹黒参謀の名は嘘偽りのない通り名なんだよ。
言い訳タイム。
流石に私でも三階から飛び降りたことはありませんからね。
人間辞めたこともありませんから。
二階からならありますけど。