19.開戦しても、始まらない
お待たせしました。本日より開戦します。
始まりの時間まで残り僅か。それでも俺にはやらなければならないことがある。実況が必要なのは何も始まってからではない。その前に場を盛り上げるのも仕事の一つだ。観客は少ないけどな。
「北見川高校、異種格闘戦の始まりまで残り僅か。各勢力の選手のコンディションはどのようなものでしょうか。語部さん」
「格闘戦なのは間違いないけど、どっちかというと対抗戦だからね。あと、それぞれ自由気ままに何もしていないわよ」
「やる気はあるはずなんだけどな。準備自体は終わっているから、やることないんだろ」
「いきなり素に戻るの止めなさいよ」
実況者風に振舞おうと思ったのだが、それだと俺が疲れてしまう。やっぱり自然体が一番だよな。隣にいる語部なんて解説する気は微塵もないようだ。始まる前からテンションが上がるはずもないか。
「白組の延長組はババ抜き始めているわね」
「音声が拾えないのは残念だよな」
「委員長が遠い目をし始めているから、何かしらの暴露話をしているとは思うのだけれど。精神衛生上、聞かない方がいいかもしれないわ」
「柊関係は常識を崩しに来るからな」
自らが危険な目に遭っているというのに、それを当たり前のように語る柊を俺達ですら狂人と認定してしまうほどだ。人にとって重要な部分のネジが明らかに抜け落ちているはず。実験台になると喜んでいる面子もいるのが俺達らしいが。
「それでオッズは?」
「黒組が八に対して白組は二ね。幾ら総司君や奈子がいたとしても、人数差はどうにもならないとは思っていたんだけど」
「恰好がおかしい面子が白組にいるからな。やっぱ事前情報は大切か」
誰だよ、着ぐるみで武装してきた馬鹿は。俺達の予想では総司と奈子を何とか突破する奴が数人くらいいて、そいつらが要因で勝利をもぎ取ると思っていたのだ。白組で脅威になる面子は少ないと。蓋を開けてみたら、白組の方がキャラが濃そうだ。
「巫女装束で来ている鳳も中々ね。あれで本当に動きやすいのかしら?」
「コスプレで魅了とか?」
「それ言ったら、鳳が呪殺を試みるかもしれないから気をつけなさい」
「マジで?」
「大マジで」
思うのだが俺達のクラスの女子は妙に攻撃力が高くないだろうか。物理方面もそうだが、鳳の様に奇妙な力や、瑠々の様に情報だったり。柊は防御力がカンストレベルだろ。男子が霞んで見えるような連中が揃い過ぎている。
「それでも黒組には若頭やゴリラといった武力方面で優秀な面子が揃っているから、番狂わせは難しいかしら」
「新選組も分裂して三人が黒組だからな。それに三人衆だって黒だろ。動ける連中が軒並み揃っているのがでかい」
「対して白組はパッとしない面子ばかり。それが当初の予想だったのだけれど」
事前情報が当てにならないというのが現在の考えだな。瑠々も情報を提供してくれないので誰がどのような個性を持っているのかこちらでも把握していない。賭けの締め切りは過ぎているので今更変えられないのは痛いな。
「ちなみに語部はどっちに賭けた?」
「白組」
「今考えるとそっちかもしれないな」
俺は黒に賭けたが別に金銭では賭け事をやっていない。せめて菓子や道具とか高価なものではない。それでも勝ち負けは発生するのだから、誰だって負けたくないと思うだろ。
「開始時間までもう少しだな。そろそろ真面目にやるか」
「今まではナレーションみたいなものだったわね」
ほぼ雑談で終わったけどな。実況とは違う感じだが、それでもそれぞれの勢力がどのように分けられたかは何となく理解できたのかもしれない。俺達にとって真面目のベクトルは他人と違う感じだからな。
「対抗戦開始時間だ! それぞれ勢いよくドアを開けて先鋒が飛び出した!」
「最初は一番近い階段から降りるのが定石だけど、そこは両勢力ともに防いでいるわね」
「白組は定番の防護壁で階段を封鎖しているな。これを突破するのは時間がかかるだろう」
「黒組が訳分からないわね。何か液体みたいなものを階段にぶちまけているみたいね」
「情報が解禁されたみたいだな。階段に撒かれているのは液体洗剤らしい。ぬるぬるで大変危険な状態になっているから立て看板も用意したみたいだな」
大変よく滑るので立ち入り禁止と書かれた立て看板が置かれているな。間違って踏み込んだら確実に転ぶであろうことは予測できる。白組の連中も見た瞬間に降りるのを諦めたな。
「表情に変化のない着ぐるみが全力疾走している様子は軽くホラーね」
「しかもそれが先頭を走っているとか、中身の奴は何者だよ」
身体能力が化物レベルじゃないか。いまだに中身が誰なのかは情報が解禁されていない。だが、素顔を晒していない奴を消去法で考えれば分かることでもある。えーと、白組で姿が見えないのは。
「おい、あれの中身って修か」
「えっ、マジで?」
「白組の面子で姿が見えないのは彼しかいない。待機組の中にも確認できないぞ」
映像班に確認を取っても、修の姿は確認できないと報告が上がってくる。設置したカメラの台数が多いので、参加者以外は観戦と同時に誰がどこで何をやっているか報告する係になっている。
「ちょっ!? 階段下りるの凄い早い!」
「何で着ぐるみが生身の人間よりも速いんだよ。受け身とか完璧に取っているのも頭おかしいぞ」
階段を僅か三歩で下っているが、最後の一歩はほぼジャンプだ。着ぐるみの防御力はあるだろうが、それでも危険な行為であるのは間違いない。それを可能にしているのが完璧な受け身。そして流れるように立ち上がるさまは慣れを感じさせられる。
「あっ、立ち止まった」
「三階の廊下を確認しているが、顔が半分露わになっているな。見る側からしたらホラーだぞ。見ろよ、黒組の連中が軒並み足を止めたぞ」
俺だって真面目に実況しようとは半分くらい思っていたさ。だが、現状を正確に伝えようとするとほぼギャグになりつつあるので、仕事を放棄することを決めた。何で着ぐるみ対人間の実況とか訳分からんことをしないといけないんだよ。
「凄いわね。黒組側が後ずさったわよ」
「インパクトが凄いだろうな。これで包丁とか凶器を持っていたらホラー映画だ」
「分かるわー」
これを日常で遭遇したら全力疾走で逃げ出すぞ。黒組側からしたら中身が誰なのか分からないのも恐怖感が倍増だろう。白組で頭のいかれた奴なんて柊位だと思っているはずだからな。
「おーと、着ぐるみが全身を出して駆け出したぞ。対して黒組側の先鋒は若頭」
「獲物を持っている分、若頭が有利だと思うけどそこのところどう?」
「木刀じゃなくて竹刀だから攻撃力は減衰しているが、それでも十分な武器だからな。対して着ぐるみは無手。ここからどう動くか」
「若頭は疾走からの上段打ち込み。着ぐるみは。おっと、これは白刃取りの構え!」
「いや、だがこれは」
映像では伝わらないが、盛大な音と共に着ぐるみの頭部がへこんだな。明らかに腕が届いていないのだ。命中するのは必然であったのだが、それで着ぐるみが怯むかといえば。
「頭に竹刀が刺さったままで頭突きロケット!」
「身体のバネどうなっているんだよ。あそこから飛び込みで突っ込めるとか相当だぞ」
飛び込みからの頭突きで若頭が吹っ飛んでいったが。その隙に着ぐるみの横を三人衆が抜けていった。これは俺達の予想通りだな。この三人がどこまでいけるかによって勝敗が決まるだろうと。
「行かせませんよ」
「「「うぇっ!?」」」
足を引っかけられて三人揃って転ばされたのは妙技としか言いようがないな。竹箒をどうやって使ったら、三人同時に転ばせられるのか知りたいな。その妙技自体、俺達の目じゃ追えなかったから。
「おいおい、これは。番狂わせがあるか?」
「まだ分からないわよ。延長組が合流したら。いかに着ぐるみの突破力があってもゴリラ相手には体格とパワーで負けるわ」
「鳳にも若頭をぶつければ、足止めになるな。むしろ、鳳が若頭と拮抗するのは予想外過ぎる」
現状がそうなっている。おかげで中立地帯の三階で両者ともに足止め状態。それぞれの陣地がある階は罠や待ち伏せが仕掛けられているので何が起こるのかこっちも把握していない。
「さて、そろそろ延長組が解放される時間だな」
「先鋒がぶつかり合ったから、何人かはそこらに転がっているな。医療班の準備は?」
「せっせと足を掴んで引きずりながら戦線離脱を試みているわね。擦り傷が増えそうだわ」
全部を俺達のクラスでやるのは無理がないだろうか。明らかに人数が足りないぞ。おかげで抗争参加者が少ないのはある意味で教師たちにとって救いなのかもしれないが。だって普通に殴り合いや、凶器を使用している生徒を見たくはないだろう。
「解放時間だ。ゴリラ、勇実が出陣! 瑠々はよく分からん!」
「えーと、ちょっと待って。何か白組側が全然動かないんだけど」
「委員長が焦っているな。何か問題でもあったのか?」
タイマーをセットしているのだから時間が分からないというわけではないだろう。委員長が何かを喋っているようだが、こちらに音声は伝わってこない。他の奴から報告を待つしかないな。
「何々? えー」
「どうした?」
「ババ抜きが延長戦に入ったんだって」
「やる気出せよっ!」
何で愉悦が多い黒組よりも、白組がフリーダムしているんだよ!
リアルのゴタゴタとかで更新が滞りました。
主にスマホの故障と、職場での環境問題でしょうか。
どちらも片付いたと思いますので、更新再開です。
現在は元気にエルデンリングで死に散らかしております。




