18.狂人の過去-命の危機編-
この物語のキャラの過去はフィクションです。
それは蘭の何気ない、当たり前の言葉から始まった。丁度カードのシャッフルが終わり、それぞれに配布したばかり。暇を持て余していたというのも原因か。
「校内で乱闘なんて大丈夫なのかしら。誰かは絶対に怪我をするじゃない」
「こんなのまだ大丈夫な方だよー」
「何を基準にして言っているの?」
「私が昔やっていた投石合戦に比べたら全然マシ」
「通訳お願い」
「俺達も初耳だな」
俺や奈子が聞く話はここ数年位の出来事がメインだった。だから柊の幼少期の話なんて今まで聞いたことすらない。明らかにヤバめの単語が混じっているために蘭が天井を見上げながら思案しているな。嘘か本当なのかを。
「投石って言っているが、何を投げていたんだ?」
「そりゃそこらに転がっている石ころだよ。それを相手に向かって全力投球」
「一発でも被弾したら痛いで済まないだろ」
「だから鍋の蓋を装備していた」
「何かのゲームと混同していないかしら?」
同数のカードを省きながら、当たり前のように話している柊から察するに実話だな。嘘を考えながら別の作業をしていると間違えるか、動きが鈍くなりやすい。だが、柊の動きにそのような様子は見受けられない。
「超エキサイティングだよ」
「バイオレンスの間違いだろ」
石を相手に向かってシュートじゃないんだよ。当たったら確実に怪我をするだろう。それを当たり前のように実行している柊もあれだが、付き合っていた友人も頭がおかしくないか。
「当たりそうなのは鍋の蓋でガードしないとね」
「私。実際に鍋の蓋を盾にするといった人を初めて見たわ」
「ごっこ遊びならまだ分かるが。マジ物の防具として使う奴は稀だろう」
蘭と奈子のツッコミに同意する。鍋の蓋は本来の用途は料理の道具だ。それを防具として使うのは用途を間違えている。むしろ何で鍋の蓋を持ち歩いているんだよ。そっちも異常だぞ。
「この遊びも頭に直撃して血を流した時点で止めちゃったけどね」
「当たり前の結果だな」
「髪の毛が血でべたべたになったからそのまま髪を切りに行ったんだけど」
「オチが読めるわね」
「店員さんが悲鳴を上げちゃった」
子供の頃の話だよな。一人で髪を切りに行ったとは思えない。親の誰かが同伴しているはずなのだが、親も何も考えずに連れていったのだろうか。結果は見えていたはずなのに。
「それで第二回も開催されたんだけど。やっぱり頭から血を流して、しかもその現場を大人に見られて滅茶苦茶怒られたよ」
「この子。母親の胎内に頭のネジを置いてきたんじゃない?」
「「否定はできないな」」
おかしいよな。危険な遊びだと理解したのに、何でまたやったんだよ。誰が聞いても確実に面白い遊びだとは思わないだろ。スリルを求めるにしても、もうちょっと後のことは考えられなかったのか。
「ほら、子供の頃って危機感が希薄だからさ」
「おい、待て。まさかこれ以上に危険なことってあったのか?」
「ホタテの貝殻によるフリスビー。標的は人間。あれヤバいね。本気で投げたら木に刺さるんだよ」
「この子の地方は殺し合いが普通なの?」
木に刺さるという事実を知っているはずなのに、それを人間に向かって投げる時点で正気の沙汰じゃないな。一人だけを狙うのあればイジメよりも酷いのだが、多分これも複数人による争いだろう。
「避けるのミスって血飛沫吹き出して我に返ったね。ちなみに怪我したのは額だよ」
「頭の怪我もそうだけど、病院には行ったのよね?」
「えっ? 自然治癒で大丈夫だったよ」
誰か常識を柊の頭にインストールしてくれないかな。子供の頃の治癒力は高いだろう。だが、一応の為に病院へ行くのは普通の考えではないだろうか。行かないという選択肢を当然のように選ぶのはおかしくないかな。
「柊って恐怖心ないの?」
「私にだって恐怖体験はあるよ。熊との遭遇とか、ドーベルマンとの鬼ごっことか」
「うん。それは恐怖体験でもあるけど、純粋に命の危機だからね」
どちらも襲われたのであれば、死ぬ危険性の方が高いだろう。柊が何ともないようにカードを手元から引いていくが、こっちは純粋に気分が引いていく。命の危機なんて人生に一度くらいあるかないかだろ。何で子供の頃に二回も体験しているんだよ。
「いやー、ドーベルマンに追われるのはヤバかったね。捕まったら確実に食われると思ったよ」
「どうやって逃げ切ったんだ?」
「自転車で全力疾走。一キロくらい走ったら諦めてくれたよ」
命の危機だったからこそ、身体の限界を超えての疾走が可能だったのか。それとも元からの身体能力で何とかなったのかは分からない。柊の素の体力がかなり高いのは知っているが。
「熊は?」
「熊からの逃げ方は色々とあるからさ。とりあえず背中を見せずに後ずさるようにゆっくりと移動すれば何とかなるかな」
「その時の距離は?」
「三メートル先くらいだったかな」
あえて言おう。その距離に熊が居て、冷静に考えて逃げられるその度胸は何なんだよ。普通だったら恐怖に駆られて全力で走るだろう。俺だってその状況だったら冷静でいられる気がしない。
「あとはねー」
「ごめん。もうお腹いっぱいだら勘弁して頂戴」
蘭がギブアップ宣言したが、その気持ちは分かる。命の危機なんて人生の中で一回か二回あるかないかの話だろ。それが何でまだまだあるとばかりに話を続けようとするのか。こういうのは少しずつ公開してくれないとこっちの精神が持たない。
「やっぱり一度お祓いをしましょうよ、志穂さん」
「だから大丈夫だって言っているじゃん」
会話を聞いていた鳳が参戦してきたな。話からして、柊にお祓いを勧めたのは今回が初めてではなさそうだ。柊と鳳の間にどんな繋がりがあるのか分からないが、どうせ柊が何かをやらかしたのだろう。
「奈子は柊と鳳の繋がりを知っているか?」
「あれは私と瑠々と柊が今年の初詣に行った時の話だ」
いや、何で語り風に話を始めたんだよ。遠い目をしている奈子の様子からして、俺は同行しなくて良かったと思ってしまった。事件に巻き込まれたのか、それと珍事を目撃してしまったのかのどちらかだろう。
「階段を登れば柊が転ぶ。鈴を鳴らして拍手をすると鈴が落ちてくる」
「更には帰ろうとしたら注連縄が切れたんですよ。そんなの目撃したらお祓いを勧めるのは当然です」
酷い惨状を作り上げたものだな。そんな光景なんて見れる気がしないぞ。柊の前世は神様と何かしらの因縁でもあったのだろうか。蘭なんて表情が固定化しているぞ。多分、何がどうしてそうなったのか理解できなかったのだろう。
「だって落ちた鈴を届けに行ったときに、鳳のお爺さんが『あっ、無理』って小さく呟いたじゃん」
「よく聞いていましたね。私なんて届け物を見た瞬間に頭の中が真っ白になりましたよ。あとは悪戯の可能性だって考えたのですから」
「目撃者である私達が弁護しなかったら、柊が怒られていたな」
神事を司る人が無理というレベルで柊は何かしらの業を背負っているのかよ。それとも何かしらの神様でも憑いているのだろうか。そうでしなければ惨事や珍事をこれほど量産しないよな。
「やらないよりも、やった方がいいのです」
「だから大丈夫だって。ほら、現にこうして生きているんだから」
「志穂さん。亡くなった後にやるのはお葬式ですからね」
本当に何で生きているのか分からないほど、柊は色々なものに巻き込まれている。身体を清めるにしても、生きている時と死んだ後では意味合いが全く変わってしまう。どうして自分に対して無頓着になれるのか不思議だ。
「それより柊。さっさと引け。お前の大好きな二択だぞ」
「こっち!」
「残念。ジョーカーだ。相変わらず二択の引きが神掛かっているな」
「奇跡の二十四連続外れは私達の中でも忘れられない出来事だった」
「おのれ、二択め」
「やっぱりお祓いしましょうよ」
「本当に何なの、この子」
話がコロコロと変わる中でもその話題の中心になっているのは柊だった。話を広げる、興味を持ってもらう、輪を作るといった面に関しては便利な存在ではあるのだが。如何せん出てくる話題が突拍子もないものばかり。嘘か本当なのかを知るのは柊だけ。
しかし、作戦会議とかしなくて大丈夫なのか?
大丈夫、ちゃんと加工していますよ。
こんな過去を体験している人が実在しているなんてあるはずないですよー。
ぶっちゃけ、全部入れると尺が全然足りなくなったのでぶった切りました。
ついでに、なぜか強制シャットダウン食らって半分くらい書き直しました。
柊の呪いでしょうか?




