12.正論に正論を返しても意味はない
生徒対教師の戦力差が著しく傾いた戦い。
担任教師が出席を取っている間もクラスの中は重苦しい雰囲気に包まれていた。先程まであれほど馬鹿騒ぎをしていたとは思えない様子。誰もがいつ教師が仕掛けてくるのかを待っている段階か。
「さて、全員いるな。それじゃ大事な話を始めるぞ」
全員が来たと思っただろう。大事な話なんて一つしかない。昨日の柊飛び降り事件について。そして、教師たちにとっては生徒の自殺未遂事件として捉えられているもの。俺達の今後が関わってくる案件だ。
「昨日。このクラスから飛び降りた生徒がいる。我々教師陣は精神的に追い詰められて、窓から飛び降りたと推測している」
「先生ー。始業式初日から精神的に追い詰められた状態とかどんなことがあるんですかー?」
「俺が知りたいわ! あと、当事者であるお前が言っていいことじゃないからな!」
柊の真っ当な疑問に、担任が早速ツッコんでいる。飛び降りた本人が言っていいセリフではないのは確かだ。ただ、初日にそこまで追い詰められる事態というものも想像できない。
「柊。正直に答えてくれ。どうして飛び降りたんだ?」
「ノリで」
頭を抱えだした担任は悪くない。まともな教師なら誰だって同じ反応をする。ノリで三階から飛び降りる生徒がいるとも思えないだろう。実際をそれをやった生徒が目の前にいたとしても半信半疑だ。
「お前たち。一体、柊に何を吹き込んだ?」
「先生。それは誤解です」
今回の弁明を任されたのは俺なので、きちんと否定しておく。ここで曖昧な返事をするのは得策でもないからな。問題があるとしたら、理由を説明しても理解してはくれないだろうという点か。狂人の思考なんて、常人が図れるものじゃない。
「柊はきちんと、自分の意志で飛び降りたのです」
「それが問題だって言っているんだよ!」
正しい言葉を使ったら、それが問題だと言われてしまった。確かにそうだな。自分の意志で飛び降りたのであれば、それは立派な自殺だと思って仕方ない。俺の言い方が間違っていたことを認めよう。
「訂正します。柊はノリと勢いのみで飛び降りたのです」
「ここ三階だからな? ノリだけでやって大怪我どころか死ぬ可能性すらあることをやると思うか?」
「ちゃんと安全対策はしていました」
「一畳分のマットで安全対策も何もあったもんじゃないだろ! ここから見たら、面積がどれだけ小さくなると思っている!」
近くから見たらそれなりの大きさがあるマットだが、流石に三階から見下ろせば小さく感じる。そこに問題なく着地できた柊もおかしいけどさ。以前に三階から落ちたことでもあったのか。
「柊。確認だが、三階から落ちたことはあるか?」
「今回が初めてだよ」
「沖田。おかしなことを聞いている自覚はあるか?」
柊なら経験があると思っても不思議ではない。こっちの予想の斜め上どこから、直上に突き抜けていく存在だからな。それにこれはあくまで確認だ。聞き方は他にもある。
「なら、三階くらいの高さから落ちたことはあるか?」
「沖田。だから」
「あるよ」
「あるのかよ!?」
聞き方次第で柊の返答が変わるのをこっちは把握済みなのだ。そして、柊ならば大概の無茶は経験済みであろうことも予測できる。偶にこっちが引くような内容がポロリと出てくる場合もあるが。
「柊。嘘は良くないぞ。三階くらいの高さから落ちて、無事なわけがないだろ」
「今回も無事だったけど」
「今回は運が良かっただけだ。運よくマットの上に落ちて、運よく受け身が取れただけだ」
「先生。幸運はそんなに続きませんよ」
「何か、柊に正論を言われると納得いかないな」
それは同感だ。偶にまともな言葉を発する場合もあるが、それがかえって腹立たしく思うことがある。
「柊。その時の状況説明」
「橋の上から川にダイブ」
なるほど。それなら水面に落ちるわけだから、地面に直接ぶつかるよりも安全だな。落ち方次第では地面と変わりなさそうな衝撃が襲ってきそうではある。そして、川の深さ次第では死ぬな。その経験則があったから、マットの上に寸分たがわず落ちられたのか。
「その経験があったから、今回も無事だったのか」
「今回のは勘」
フォローも何もあったものじゃないな。柊に常識が通用しないのを忘れていた。やっぱり狂人枠で安定だな。勘で飛び降りて、無事でいられるのは幸運でしかない。柊は幸運ではなく、悪運と言うけどな。
「もちろん経験があるからこそ、大丈夫だと思ったよ。大丈夫じゃないと思ったら、私でもやらない」
「三階から飛び降りるのを大丈夫だと思う神経が知れないな」
「もっとやばいことを経験済みだから」
それは聞かないでおこう。そして、俺達の会話に担当教師がついてこれないでいる。自分の常識とのすり合わせができない為かな。他の連中は今朝の件があるから、ある程度は飲み込めているようだ。
「先生。というわけで、柊は三階から飛び降りるのを何とも思わないで実行する奴です」
「マットを敷いていなければやらないよ。流石にただの地面は無理。マット有りでも足が痛かったんだから」
「いやいや、それを信じろと言うのかよ。常識で考えてみろ。それに、今朝お前たちが柊を吊るし上げていたという目撃情報もあるんだぞ」
「あれは躾です」
「それは教師の役目だ。更に、生徒を吊るすような躾があってたまるか!」
正論である。正論に対して正論を返したところでこちらが勝てるはずがない。何かしら奇抜な方法を求められる。さて、こちらの思考も元に戻すか。これは勝負ではなく、あくまでも俺達の疑いを晴らすためのものなのだから。
「先生は俺達が柊に何かしらの行為を行い、精神的に追い詰めた。そして、柊が自殺未遂を行ったと思っているのですよね?」
「その通りだ」
「先生。それは違います。俺達は何もしていないし、逆に柊の所為で疑いを掛けられているのです。今朝の行動は柊を戒めるための仕方ないもの」
「お前たちは叱るために、まず吊るすのか?」
「必要とあれば」
今朝の発端がどこにあったのか俺は知らないから適当に言っているだけなんだが。俺も奈子も柊に対して拳骨の一発くらい落としてやろうと考えていた。それが更に悪化した結果だと思えば、それほど悪いとは思わない。
「その行為が柊を追い詰めているという可能性は?」
「火花。どうせ写真とか映像を撮っていただろ。それを見て、素直な感想を言ってくれ。柊は辛そうだったか?」
「めっちゃ楽しんでたねー」
「吊るされて楽しんでいるとか、柊の感性はどうなっているんだ?」
それはこっちが聞きたいことだ。別に柊が痛みや危険を求めているわけではない。本当にただノリのみで行動しているだけなのだ。そこを理解しておかないと、勘違いしてしまう。
「先生は柊を理解していないのです。むしろ、俺達ですら理解できない狂人枠なのですから」
「おい、狂人とか言っているぞ」
「でも理解できるよな」
「何かすんなりと納得できる」
「皆、酷くない?」
諦めろ、柊。これがクラスの総意なのだから。お前の印象なんて昨日と今日で確固たるものになったのを理解しろ。柊の自業自得な部分が大半を占めているはず。
「だがな、俺だってお前たちのことを任されている身だ。これで柊が何もしていないのに窓から飛び出したなんて他の教諭たちに説明できないだろ」
「そこは先生の話術で何とかしてもらうしかありません。あと、俺達の疑いを晴らしてください」
「確認だが。本当に柊は何もされていなかったんだな?」
「だから昨日からそう言っている。まだ信じてくれないのだったら、証明するしかないかなー」
「奈子! 抑えろ!」
「すでにやっている」
俺が言葉を掛けるよりも早く、奈子は柊の両肩を抑えて席から立たせないようにしていた。流石、理解者は行動が早くて助かる。ただ、俺達の行動を勘違いして捉えている人物がいる。担当教師だけど。
「何で柊を抑える必要がある? やっぱりお前たちが何かをしていたのか?」
「これは先生のためを思っての行動です」
「何でだよ?」
「教師生命が終わりますよ」
俺の言葉に眉を顰めるが、これは紛れもない事実だ。これから柊がやろうとしていることは何となく察することができる。それが実行されれば、俺達は無罪放免になっても担任の教師人生が終わってしまう。
ついでに柊の人生も終わるかもしれない。
川に飛び込む際は水深確認をしましょう。
一歩ずれるだけで深さが違う場合もありますからね。
あとは川の中を歩いていて、穴の中に落ちたこともありましたか。
あれは溺れるかと思いましたね。




