11.されど彼女は当たり前に思う
この作品に登場している人物の過去はフィクションです。
解放された柊だが、腹から地面にぶつかってしまったために中々回復できないでいる。衝撃を吸収できるような体形じゃないからな。口には出さないけど。柊だって女子だから多少は気にしている部分でもあるらしい。自虐ネタでは使っているのに。
「おーい、大丈夫か?」
「何とか。私は確かに頑丈だけど、痛みを感じないんじゃないよ。それを分かってほしいなー」
「だったら行動を改めろ」
細身で華奢な見た目の割に、どうして柊は頑丈なのかは人体の神秘だよな。それに他人が誤解するような行動をしている自覚は持ってほしい。平気で無茶をするから誰だって勘違いするのだ。
「うん。見た目には怪我とか痣とかはなさそうだな」
「制服の下とかは擦れたり、痣になっているかもしれないけどね。あっ、やっぱりなってる」
「見えなければいいんだよ」
あれだけ雁字搦めにされていたのだから、多少の痕は残るだろう。だが、それが見えるか見えないかで印象は変わる。始業式の次の日から傷跡を持った生徒がいたら、誰だって不審に思うだろ。
「奈子。何かあったら柊を抑えろ」
「心得ている」
「何で私なのかな?」
「お前の行動が一番の懸念材料だからだ」
ある筋の情報によれば、俺達のクラスは初日からいじめを行っていたのではないかと教師たちが疑っているらしい。そんな様子は微塵もなかったのだが。柊の一件は、いじめに耐え切れずに飛び降り自殺をしたと受け止められたようだ。
「一応、本人から情報の確認を行う。柊、昨日教師に捕まった後に事情を聞かれたよな?」
「ちゃんと正直に答えたよ」
「何て言ったんだよ?」
「私が勝手にやりました」
凄まじく曖昧な言葉を使いやがったな。捉え方が色々とできるので、誤解が深まる結果になったと予測できる。確かに柊の言葉に嘘偽りは一切ない。馬鹿が勝手にやったのは間違いないのだから。
「その後の教師の対応は?」
「お茶とお菓子を出してきて、『安心しなさい。ここは安全だから』と優しくされた」
「俺達はその隣の部屋で尋問を受けていたけどな」
扱いの差よ。教師たちが勘違いしているのは確定的。そして、こちらは一切の非を認めていない加害者だと思われている。非を認めるどころか、勝手にボヤ騒ぎを起こされた被害者側だぞ。こっちは。
「お前たちは無実だ。今日の分を含めてな」
「あれ? 全面的に私が悪いの?」
「「「当たり前だ!」」」
クラスの団結には貢献しているんだよな。共通の敵として。仲間意識が芽生えるのはいいのだが、このままでは柊が孤立しかねない。引っ越し組の柊はただでさえ友人が少ないのに、このままでは更に話し相手が減ってしまう。
「孤立すると思うか?」
「話題の中心になりはするか」
俺の心配とは違い、奈子は正しく柊を見ている。それにクラスの連中が柊を放置するとも思えないな。今回の件だって本気で怒っているわけではなく、遊びと躾を行っているだけか。
「弄りがいはあるよな」
「巻き込まれる場合はこっちが悲惨だけど」
柊一人の被害ならば笑って済ませられるのだが、こっちに飛び火してくる確率が半分くらいある。今回の件だってその例だ。しかも、回避不可能とか冗談としか思えない性能だからな。
「私の話?」
「お前以外に誰がいるんだよ。歩く災害物」
「酷い通り名が付いている!?」
「しほっちの武勇伝を聞いてみたいなー」
唐突に勇実が割り込んできたな。グイグイと押していく勇実に対して、柊は少しずつ引いていく。物理的にも精神的にも。やっぱり、柊にとって勇実は苦手な部類だったか。
「何か距離感を感じるなー」
「柊も繊細な部類だからな」
「これが?」
周りの一人が全員を代表して発した言葉。それは昨日と今日の柊しか知らないから出た発言だな。本当に意外なのだが、これでも柊は人見知りの部類に入るのだ。それを話しても誰も信じないし、俺も最初は信じていなかったけどな。
「閉鎖的な田舎にいた弊害だと言っていたか」
「私もそんな話は聞いたが、深く付き合わない限り信じられないよな」
初対面の相手にも物怖気せず普通に会話でき、人当たりも悪くはない。そんな人物が人見知りだとは思わないだろう。それが柊の一面であり、裏側だってもちろんある。いきなり距離感無視して踏み込んでくる奴は柊にとって苦手な部類だな。
「総司。助けて」
「諦めろ。勇実はそれがデフォルトだ」
「ふっふっふ、逃げてもどこまでも追いかけていくよ。しほっちが面白い話をしてくれるまで!」
「何か変な呼び方されているし」
「親密になるには呼び方から変えるのが一番じゃん」
それは人によりけりだけどな。柊のテンションが一瞬でローに切り替わったのは珍しい。それだけ勇実の相手は苦手なのか。それでも明確に嫌悪感を出さないのは柊の性格でもある。基本的に善人ではあるからな。
「それに面白い話といっても何も思いつかない」
「勇実の聞き方が悪かったな。最近変わった出来事はあったか?」
「朝起きたら目覚まし時計の盤面が粉砕されていて、右手から出血していたくらいかな」
「面白い話ではなくて、痛い話かなー」
聞いていたはずの勇実が若干引いている。確かに柊の右拳には絆創膏が貼られており、若干血が滲んでいる。目覚まし時計に渾身の裏拳でも叩き込んだのか、こいつは。
「通学途中に自転車に轢かれたとか。でも、これは去年の話だし」
「ねぇ、総君。人ってこんなにポンポンと変わった話が出てくるかな?」
「安心しろ。柊くらいだ」
通学途中で会った時に口から血を流していて、こっちがドン引きしたくらいだからな。口の中を盛大に切ったらしいが、それ以外に目立った外傷がなかったのは本当に不思議だった。しかも割と元気だったし。
「ちょっと気になったんだけど。柊さんは外での出来事が多いのよね?」
「委員長も何かを目撃したのか?」
「自信はないのだけど。去年の冬に駅前で後方宙返りを披露していたのはもしかして、柊さん?」
「私だね」
何してんだ、こいつは。自信満々に答える柊もどうかしているが、どうして蘭が柊だと断定できなかったのか気になるところではある。行動自体が奇抜だったのだから、顔だって覚えているはずだよな。
「状況解説を頼む」
「路面が凍っていたから滑って背中から転びそうな人がいたのよ。危ないと思ったら、一回転して何事もなく立っていたから驚いたわ。宙返りで背負っていた鞄が正面にあったり、フードを被っていたから誰だか分からなかったのよ。あと、やった本人が一番キョトンとしていたわ」
「うん。あれは事故だったし、私も何が起こったのかよく分からなかったよ。あと、無理なことをしたせいで身体が痛かった」
多分何人かはそうはならないだろうと思っているはず。だが、自分の体験に関してだけは柊は嘘を言わない。なら、本当のことなのかと聞かれたら疑ってしまうというのが正直な感想だ。何で転んだと思ったら宙返りしているんだよ。
「俺からも一ついいか? おかしな話関連なんだが。柊は夜にコンビニとか行くか?」
「小腹が空いたりしたら行く場合はあるかな」
「もしかしてだが。自動ドアのセンサーをずっと見上げながら、開かないドアの前に佇んでいたか?」
「よくあることだね」
「貴様の所為かぁー!」
いきなりホラーめいた話が出てきたのだが、犯人は柊であり、なぜか聞いた本人が激昂しだしたのだが。他のクラスメイトにまで迷惑行為をしていたのかよ。しかも無意識に。
「お前の所為で心霊現象が起こると夜勤のバイトが辞めていったり、周囲の噂になったりと大変なんだぞ!」
「だって自動ドアが開いてくれないんだもん」
「だからって、視線を外した瞬間にいなくなるよ! 夜勤に入っている親父がマジで可哀そうなんだよ!」
酷い話が出てきたな。確かに柊は自動ドアとの相性が壊滅的なほど悪い。それで何度かドアに突っ込んだ時だってあった。目撃者は俺と奈子、そして瑠々がいるので事実確認はできる。だが、クラスメイトのコンビニで猛威を振るっているとは誰だって思わないだろ。
「柊。ちゃんと謝っておけ」
「入店拒否されたのに?」
「確かにお前は悪くない。だが、悪い部分しか見えないんだよ。だから謝罪しておけ」
「えーと、ごめんなさい?」
全く心のこもっていない謝罪だが、クラスメイトは幾分か落ち着いた様子。事情を知ったのだから、彼の親父さんも安心して夜勤に入れるだろう。息子の話を信じればの話だが。そして、柊が行いを改めれば。
「朝礼始めるから席につけー。それと、お前たちに大事な話がある」
担当教師がやってきたために、話は強引に断ち切られる結果になったが。これで安心できるか。これ以上、爆弾発言が飛び出すとフォローするのが大変になってしまう。
ただし、これからが一番大変な弁明なのだが。
目覚まし時計を破壊したのは腕を振り抜きすぎた為。
自転車に轢かれたのは3回くらいかな。
滑って転びそうになって宙返りしたのは本当に謎。
コンビニの件は創作です。流石に幽霊騒ぎにはなっていませんよ。
気を利かせた店主が修理業者を呼んだのに、私には一切効果がありませんでしたけど。
自動ドアの前で開くのを待っていたら、子供に「変な人がいる」と指差されたくらいかな。




