10.馬鹿にはおしおきを
魔物の巣窟による狂乱。始まります。
勇実と瑠々の不毛な争いの所為で、昨日よりも遅く到着した俺達の目に飛び込んできた光景は柊が吊られている姿だった。その周囲を昨日の被害者一同が囲んでいるのは一種の拷問かと思ってしまう。
「おっはよー」
俺と奈子は興味を示さずに素通り。勇実は元気よく挨拶しながら横を通り抜ける。瑠々も何かをメモ帳に書き込みながら、視線すら向けない。そんな俺達を奇異の視線が向けられるが一切気にしない。
「やっぱり、あいつら普通じゃないな」
「この光景を見せられて疑問とか、驚きとかないのかよ」
「あれが強者の余裕か」
答えが簡単なものに興味を向けるほど暇じゃないんだよ。どうせ、昨日の一件で問題を起こした柊に対する制裁だろ。そんなの俺と奈子にとっては日常だ。勇実は俺達の行動を真似して反応を見ているだけ。瑠々は知らん。
「いらない誤解を与えるから、教師が来る前には開放してやれよ」
「今すぐ助けてくれないの?」
「状況を楽しんでいる馬鹿に手を貸す理由はない」
ぶらぶらと揺れながら、どことなく楽し気な雰囲気を出している柊。それが被害者たちの神経を逆なでしていることに気付いていないのだろうか。狙ってやってる場合もあるが、そこまで柊は考えていないはず。
「こんな体験。滅多に出来ないからねー」
「人生で一度でもあれば自慢できるぞ」
「いえーい」
「回せ」
被害者代表から無慈悲な一言が放たれた。柊の足を掴み、ぐるぐると回転させているのは分かるが、やっている本人も回っていて辛くはないのだろうか。結果は止まった瞬間にふらついて机に突っ込んでいった。後先考えない連中ばかりだな。
「一応、確認のために聞いておく。これは何だ?」
「反省の色が一切ない柊さんに対しての制裁らしいわよ」
「委員長なら止めろよ」
「有無を言わさぬ迫力に負けたわ」
そこで負けてはこのクラスでやっていけないというのに。まだ馴染めていない証拠だな。大半の連中は柊のおかげで団結しているようだが、それでも時間が足りないのは仕方ないか。いや、団結しない方が平和なのだが。
「でも、ほら。スカートの中が見えないようにタオルを巻いてあげるくらいの気遣いが」
「俺には両足を封じているようにしか見えないな」
あれではいくら柊でも脱出は不可能だろう。過剰なまでの拘束は柊なら何を仕出かしても不思議ではないと思われているのかな。あいつだって一応は人間の部類に入っているはずなのに。やっぱり昨日の一件が尾を引いている。
「縄抜けの技術って持っていたか?」
「あれって最初の仕込みが重要なんだけど。両手首を縛られた後に胴体と両腕を縛られたら、仕込みもできないよ。いやー、徹底しているね」
やり方を知っている時点で異常だと察しろよ。そして、それすらも防ぐ方法を知っている生徒がいるのもおかしいよな。
「何であれだけ回されて普通に会話できるんだよ」
「本当に人間か? こいつは」
その感想は正しい。回した本人ですら三半規管にダメージを食らっているのに、回された本人は逆回転までしたのに平然と受け答えをしている。その事実に囲んでいる連中は引いているぞ。
「目を閉じていれば多少は軽減できるよ」
「誰かセロハンテープ持ってこい」
「鬼かな?」
素直に答えた柊が悪いのだが。縛られて天井から吊るされて、両目をテープで強制的に開かされるとかどう考えても拷問にしか見えない。これを教師に見られたらイジメの現場と見られるかもしれない。
「悟。この惨状で言い訳できるか?」
「無理だね」
我らが知将ですら匙を投げるレベルで言い訳不可能な現状。それでも何とかしないといけないのが辛いところである。誰かが誤解を解かない限り、このクラスは評価をどん底よりも下に落としかねないのだ。
「むしろ、柊君の対応力が不思議でならないんだけど」
「私はここまでされて平然としている柊さんがおかしいと思うわ」
「あいつの場合は過去に色々とあって経験が豊富なんだよ。その似たような状況を応用していると言っていたか」
それでも体験できていないものだってある。今の惨状とかな。ただ、その所為で感性がバグっているともいえる。今の状況を楽しめている時点で頭がおかしいのだ。そして、それに慣れてくるとこちらの感性もバグってくる。
「それに三階から落ちて、よく無傷だったね。何かコツでもあるのかい?」
「解説は本人からどうぞ」
「マットの上に落ちるのは必須条件。あとは着地の際には両足で。片足だけだと負荷が多すぎるから。着地の瞬間に膝を曲げて衝撃を吸収するけど、曲げすぎると膝が顔面に当たるから注意。あとは体勢を斜め前方に傾けて、肩から転がるようにする。頭から行くと大怪我の元。あとは転がり続けて衝撃を分散かな」
「えっ、何その詳細」
「ちなみに柊はこれを勘でやっている」
「えっへん」
「「「嘘だっ!」」」
それが本当なんだから困る。クラスの連中はドン引きしているが、何かを考えて行動するほど柊は頭がよろしくない。こいつの基準はやっても大丈夫か、大怪我をしないかとしかないからな。三階からの落下が大丈夫の基準に当てはまるのは不思議でしかない。
「泥だらけになりそうね」
「払えば大丈夫だと思ったけど、汚れすぎて親に怒られた」
「当然だろうな」
クリーニング行き直行だろうな。そして、どうしてそれだけ汚れたのか事情を聞かない柊の親も不思議だ。娘が馬鹿な自殺行為をしたと知ったら、どんな反応をするだろうか。普通に怒るか。
「しかし、女子が縛られて吊るされているのに男子連中が冷ややかな目を向けているのは意外だな」
「だって、柊の体形は凹凸がないだろ。興奮する要素が微塵もない」
何人かの男子が同意するように何度も頷いている。確かに柊の胸はまな板と称される時がある。ただ、全くの寸胴というわけでもない。やせ過ぎの為に腹は引っ込んでいるのだ。あれだけ食うのにどうして痩せるのかは人体の不思議である。
「今頷いた奴に、地味に痛い呪いをかけてやる」
「何だよそれ」
笑って柊の言葉を無視する男子がいたが、直後に横の奴が動いた際に肘が脇腹に刺さって悶絶する目に遭っていた。柊の言葉は偶に妙な現象を引き起こすから気を付けないといけないのだが。付き合いの浅い奴らはそれを知らないからな。
「柊。フラグだけは立てるなよ」
「一応は気を付けるけど、私だって意識して立ててるわけじゃないからね」
「どういうこと?」
「柊の言葉は妙な現実を引き寄せるんだよ。特に自分に対してのフラグの回収率は九割を超える的中率だ。それがこちら側に影響する場合もあるからな」
「例えば?」
「今日は平和だったと語った後に転ぶ。子供のタックルを受ける。車に泥水をぶっかけられる。その他色々だな」
「地味に嫌なものばかりね」
大怪我するようなものがないのは救いなんだが。言葉にした途端、何かしらの被害を受けるのはある種の才能かもしれない。それに巻き込まれるこっちはいい迷惑だが。
「私にとっては当たり前の出来事なんだけどねー。というか、そろそろ下ろしてよ」
「時間的にも下ろさないと拙いな。すでに言い訳不可能な段階ではあるが」
教師が見ていなくても、他の生徒達が見ている可能性は高い。そして、それを教師に伝えている場合も考えられる。ここから挽回する策は何個か用意しているが、どれも決め手に欠ける。
「大体、天井にフックをつけるために穴を開けてどうするんだよ。証拠が残っているだろ」
「あー、それは心配ご無用。粘着性のものでくっ付けているだけだ。特殊な薬品を掛けると簡単に剥がれる」
俺から言わせれば、そんな特殊なものをどうやって入手したのか気になるところ。俺や悟、奈子や瑠々、柊といった目に見える形で何かしらの芸に秀でている奴もいれば、技術や伝手に秀でている奴もいる。そんな連中を一か所に集めた人の真意が知りたいな。
「面倒だから縄を切るか」
「ちょっと、それだと私が落下するんだけど」
「大丈夫だ。柊なら何とかなる」
「この状態で何とかなるわけないでしょーが! ぷぎゃるっ!?」
本当に縄を切って柊を落としやがったな。地味に痛い呪いは、柊自身にも返ってきたか。だからフラグを立てるなと言ったのに。それでもテキパキと柊を開放していく様は手際良いな。
「切り札はやっぱり柊だよな」
「僕としては何をしでかすか分からない不確定要素は排除しておきたいんだけど」
「教師を言いくるめられるかどうかは悟に掛かっているんだぞ」
「僕としては今回は遠慮しておくよ。総司と奈子、それに柊さんの手腕を見させてもらうよ」
それを丸投げというのだが。悟が不参加となれば、勝率が下がるな。それでもやるしかないか。生徒が教師に勝てない道理はないのだから。
言い訳タイム。
流石に吊るされた経験はありません。
ただ身動きが一切取れないだけ縛られるのは意外と痛い場合もあります。
皮膚や肉が挟まれたりとか、変な体勢のままで縛られるとか。
私の場合はストレッチャーで経験済みです。




