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異世界生活271日目⑧

【一方そのころ】


「ひいいいいいいい!こ、怖いのだあああああ」


「魔王様、しっかり!」


 アルアリアと神龍は牛歩のごとく少しずつ少しずつ、慎重に歩を進めていた。

 生来の怖がりであるアルアリアにとって、夜の洞窟というだけで途方もなく恐ろしい対象なのに、その上、中に正体不明の化け物がいるという事実は途轍もない恐怖を呼び起こす対象だった。それでもアルアリアが進んでいけるのは、エトナの無事をただ確認したいという強い意志と、風味付け程度に存在する冒険者としての責任感によるものである。

 しかし、いかんせんペースが遅い。

 一歩進むごとに探査魔法を撃っていることは、冒険者の安全第一の姿勢からすれば正しい行為ではあるものの、人探しとしては戦力としては数えにくい探索能力だった。


「あ、あとどれくらいなのだ?」


「分かりませぬ。ですが、それでも進まなければなりません」


「か、帰りたいのだぁ……」


「魔王様……」


 神龍が言葉を継ぐ。


「友の一人も救えず何が魔王ですか。そのようなことで魔王軍を率いることができるとお思いですか?」


 神龍の発破を聞いて、はっとしたようにアルアリアの顔つきが変わる。

 それは覚悟を決めた者の顔。まっすぐ目標だけを見つめる、挑戦者の眼だ。

 ちなみに、魔王軍なんてものは現存していないので、つまりはアルアリアが率いるべき軍隊などこの世にはないのだが。


「分かったのだ、神龍さん!前方にはしばらくいないのだな」


「おお、魔王様。さすが、ご立派な面構えでございます。仰る通り、前方にはいないようです」


「よし。ならば全速前進なのだ!」


「御意に!」


 そうして、アルアリアと神龍は洞窟の探索を進めていく。その速度は、先ほどまで比で五パーセントほど増加していた。

 


【そんな感じで冒頭】


「のおおおおおおおおお!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」


 母親への懺悔にも似たものが、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 逃亡の際に背中を向けたのがまずかったのか、興奮した様子で六匹が追い縋ってくる。猛烈な勢いはさながら獲物を前にした肉食獣のそれだ。打開策を考える余裕もなく、ただ猛然と足を動かして洞窟の入り口へと走っていく。途中、先刻倒した魔獣の亡骸があったが、それを見たベルフォルに一瞬の逡巡こそあったものの、その足を止めることはなかった。お互いに強化された状態の身体能力で、おおよそ同じくらいの速度なのだが、ここは相手がねぐらとしていた場所だ。地の利はあちらにある。

 あれ、これはもう本格的にやばいのでは?

 久しく感じていなかった危機感。

 山籠もりの初期は本当の命の危機に陥ったこともあるが、なんだかんだ最終的には尻ぬぐいをしてくれる師匠がいた。徐々に魔法にも慣れ危機にも慣れ、最終的に帳尻を合わせてくれる存在にも慣れ。少しずつ、自分が安全圏から脱さないままになっていたことに今更気づく。

 しかし、今は師匠はいない。仲間も別行動。自分を助けてくれる存在は自分しかいないのだ。


「っつってもなぁ!」


 悪態をつく。これは現実を受け入れる準備だ。思考を切り替えるための自分への合図。

 思考を巡らせる。

 このまま逃げ続ける、ということ自体は、やってやれないことはないかもしれない。洞窟の外に出られたら、そのまま村まで走れば、あるいは救援が求められるかもしれない。

 だが却下だ。

 そもそも逃げ切れる確証が無い。速度は同じであっても、こちらは往路を進んだだけで復路は初めてだ。どこで躓いて転倒するかも分からない。そうなれば後は虚しくベルフォルの助けを借りて天寿を全うするだけだ。賭けに出るには分が良いとは言えない。

 何より、エトナをまだ見つけていない。

 僕自身は冒険者であり、この件はこちらから首を突っ込んだのだ。このままおめおめと逃げ帰ることなどできようか。一欠片程度であっても、金目当てでの就職であっても、冒険者としての矜持がある。

 一瞬、ベルフォルの群れの状況を把握するために振り向く。

 猛然と追いかけてくる先頭の一匹が目に入る。殺気だった目線だけで委縮しそうになるが、その顔を見てふと思い至る。

 ……いや、ちょっと待て。

 名案、というほどではないが、現状を履き違えていたことに気づく。地の利はこちらにはないものだと思っていたが、あるいはこの状況であれば必ずしもそうでもないのかもしれない。

 鞘にしまっていた魔剣の柄に手をかける。

 そして全力で走っていたペースを少しだけ落とす。自然、魔獣との距離が縮まり、魔獣は攻撃範囲に入ったのか、飛び掛かる体勢に入ったのを横目で捉えた。

 瞬間。


「ていっ」


 手に持っていたランタンを放り投げる。虚を突かれた形となった魔獣の肉体が緊張し、視線はランタンを追っているののが見て取れた。


「どりゃああああ!」


 そのまま反転し、飛び込む。

 隙を逃さず、魔剣を両手に持ち替え、大上段からの一撃を叩き込む。肉を断つ感覚が手に伝わり、攻撃が脳天に命中したことをを知覚する。先頭が目前で叩き切られたことに動揺したのか、あるいはランタンによって状況が把握できていないのか、ベルフォルの動きが止まった。直後、放り投げたランタンが地面と衝突し大きな音を立てた。そちらの音にベルフォル達は気を取られ、こちらから視線を外した。好機!


「ふんっ!」


 まだ魔剣の射程距離にいた二頭目に、続いて下段からの攻撃。多少大振りになったが、綺麗に顎に入り、魔獣がのけぞる。そのまま追撃の二連撃。どちらも魔獣の頭に命中し、そのまま二頭目が倒れこむ。

 あと四匹。

 もう体勢を立て直した、というほどではないが、三匹目が歩みを止め、威嚇をしながらこちらの攻撃範囲の外で様子を見ている。いきなり二頭がやられたことで慎重になっているのだろう。

 状況の思い違い。

 単純なことで、この洞窟は奥の広間に到着するまで、人が一人通れるくらいの道しかなかった。だから単純に通路までおびき寄せることができれば、六体居たとしても瞬間的に一対一の状況を作り出せる。さらに不意が打てれば知能は魔獣とて動物だ。大きい音、眩しいものが急に動けば反射的に目で追ってしまう。

 僕にとっての絶望的な状況が改善し、少し心に余裕が生まれてきた。

 三頭目とにらみ合っている中、一歩だけ距離を詰める。

 びくっ、と先頭のベルフォルが反応を示すが、まだ飛びかかってこない。

 少し時間をおき、再度距離を詰める。

 また反応を示すものの、ベルフォルも行動には移さない。

 三歩目。

 焦れた魔獣がこちらに飛び掛かってきた。が、想定内だ。合わせて突きを繰り出すと、先ほどの繰り返しのように、魔剣が魔獣の体に突き刺さり、血飛沫を上げて魔獣が倒れこんだ。そのまま魔剣を振るい、地に伏したベルフォルに止めを刺す。

 これで三体目。

 そのまま構えを解くことなく、魔獣に相対する。

 ベルフォルは一挙に不利となった状況を把握しているのか、あるいは恐慌をきたしているのか、こちらを威嚇しながらも少しずつ後ろへと下がっていく。しかし、後ろと意思疎通が図れていないのか、四匹目が下がっていると、すぐに五匹目とぶつかった。反射的に四匹目が振り向く隙を見逃さず、距離を一気に詰めて上段から魔剣を振り下ろす。四匹目。混乱が見られ動きを止めていた五匹目もすぐに討ち取る。五匹目。

 いよいよ最後の一匹となった己の圧倒的不利を自覚したのだろう。最後のベルフォルはそのままその場にへたり込んだ。ベルフォルの詳しい生態までは分からない。これは降参の印、服従の証なのかもしれないが。


「…………」


 魔獣となったものは逃がせない。

 見た目がなまじ動物に似ていることから、魔獣を殺すことにはどうしても心理的抵抗が生まれる。正直自分も最初のうちはすべてを殺すことに疑問はあった。だが、逃がすことは多少の自己満足と引き換えに、一般市民の生活を脅かす温床となる。実際に、それで魔獣からの復讐にあって壊滅した村の話さえ聞くほどだ。

 だから。


「すまんな」


 魔剣を振るい、六匹目が絶命した。


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