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異世界生活271日目⑦

 などと、勢いで言ってしまったのだが。


「『専門家の仕事です』」


「……うるせーなぁ、あの場面はそう言うしかなかっただろ」


 アルアリアがつい先ほど僕の発言を猛烈にいじってくる。

 そりゃそうだろう。こちらもあんな偉そうなことを言っているが、実際は冒険者として駆け出しもいいところの新米なのだ。そんなペーペーが偉そうに専門家を名乗っているのだから片腹痛いという気持ちは分からんでもないが、いじってるアルアリア自身も新人なのだ。そんなのにいじられている状況が腹正しくてしかたない。

 エトナの父親に教えられた洞窟にはほどなく到着した。外からざっと見たところ思ったより大きい洞窟で、説明によると中で二手に道が分かれているらしい。そのどちらも、最終的には行き止まりになるそうだが、そこに魔素溜りがあるそうだ。つまり。

「時間優先なら二手に分かれていくしかない。」


「う、うむ。その作戦で行くのだ」


 アルアリアの声にも緊張が混じる。無理もない、僕自身も緊張はしている。

 何せ、師匠抜きでの初めての実戦だ。師匠という後ろ盾がいる状況だと、最終的には師匠が尻拭いをしてくれるため、大きな安心感の元戦闘に臨めたが、今は失敗すればそれが最悪の事態に直結しかねない。アルアリア自身もある程度の危機感はあるようで、腰までの髪を後ろで一括りにしているのは、やる気と危機意識の表れだろう。


「まず探査魔法撃てるか?」


「任せるのだ。神龍さん!」


「心得ましたぞ」


 神龍さんにアルアリアが魔力を注ぎ込み、白色の魔法陣が顕現する。

 第四階位無属性探査魔法「賢人の耳」。

 魔力を放射状、あるいは円形に放出し、反射してきた魔力を基に、障害物や人物、魔獣の位置を見分ける魔法だ。まずこれを放つことで、そもそも敵がいるのか、いるとしたら場所と位置を知っておくことができる。ただ、平原など遮蔽物がないところでは効果が高いものの、森や洞窟などでは反響の受信が難しく、ある程度以上の効果が見込めない。


「どうだ?」


「反響が大きくて曖昧なのだ。だが、反応的に魔獣はいると思う。数は分からんが、一体ではなさそうなのだ。魔力的にもそれほど強力な魔獣でもなさそうなのだ」


 魔獣の出現は確定。同時に、エトナの無事のためには時間が無いという事実も確定する。


「分かった。入り口付近にはいたのか?」


「いないのだ。分かれ道まではいなさそう……。ただ、探査魔法に反応して警戒している可能性もあるのだ」


「そこは仕方ない。取り合えず分かれ道まではすぐに行こう。情報共有は可能な限り早く、ただ声は小さく」


「わ、分かったのだ」


 携帯ランタンを灯し、洞窟に入る。人が普通に通行できる程度の規模の多い洞窟だ。小刻みに探査魔法を打ち、魔獣と出くわさないことを確認しつつ、奥へと歩を進めていく。

 やがて、二本に分かれている分岐点に到着する。恐らくここがエトナの父親の行っていた個所だろう。


「じゃあ、僕は左に行くから、アルアリアは右を頼む」


「わ、分かったのだ。頑張って探すのだ!」


「静かにしろ。相手に気づかれる。魔獣とはしばらく距離があるのか?」


「いや、少しするといると思うのだ」


「分かった。また後で会おう。危なくなったら躊躇なく逃げろよ。逃げた後、できれば洞窟の入り口で待機。難しければ村まで戻って助けを呼んでくれ」


「わ、分かったのだ」


 頷くと、アルアリアがランタンを持ってまま恐る恐る暗闇に消えていく。

 あちらは神龍さんがいるから探査魔法を使えるが、こちらにはそういう魔法を疲れる精霊がいないので、せめて視界の確保のため、ランタンの出力を上げる。そのまま歩を進めては見るものの、強くなったランタンの灯であっても限定的な範囲のみしか照らせず、暗がりからなにか出てこないか不安で仕方がない。

 警戒しつつ、少しずつ慎重に洞窟を歩いていくと、何か音が聞こえたような気がしたので立ち止まる。

 そのまま魔剣に手を伸ばし、周囲を警戒する。アルアリアと別れた分岐以外は一本道だったので、何かいるとしたら前方だ。


「…………」


 神経を研ぎ澄ます。警戒したまま前方へと進んでいくと、その音も少しずつ大きく、そしてはっきりと耳に入ってくる。


「グルルルル…………」


 獣の唸り声。それが一番近い。ただし、普通の獣と違い、魔素的な影響か、何か耳障りな雑音が混ざっている唸り声だ。

 魔獣となっても、もともとの生物としての有り様はそのまま残っていることが多いが、それでもやはり動物とは隔絶した存在だ。

 音がするあたりを目を凝らしてみる。

 犬のような、四足歩行の動物のシルエット。大きさはそれでも大型犬と同じかそれ以上。この感じは山籠もり中に何度か見たことがある。狼のような生き物が魔獣化した魔獣【ベルフォル】だ。

 まだあちらの警戒範囲の領域侵犯をしていないのだろう。すぐに襲い掛かってくるわけではないが、警戒、威嚇の姿勢を保ったままこちらを見ている。

 これなら、山籠もり中と同じ対応をとれば、何とかなる。

 目をそらさず、背中を向けないままま魔剣を抜く。

 そしてその姿勢のまま、魔法を発動。白色の魔法陣が顕現し、第五階位無属性強化魔法【豪傑の加護】が起動する。魔素を纏うことで身体能力を強化する魔法だ。無属性の近距離では皆が使っている基礎魔法。強化魔法を使わなければ、同じように魔法を使ってくる魔獣と相対する前衛としてお話にもならない。


「グルルルル……!」


 魔法陣を目にしたからか明らかに魔獣の興奮度合いが上がる。

 だが、焦らずに構えたまま待つ。

 しばらくそのままの膠着を続ける。

 そして。


「アォオオオオ!」


 遠吠えにも似た鳴き声とともに、ベルフォルも魔法を起動する。白色の魔法陣ということは無属性魔法だ。予想していた通り、よくいるタイプの身体強化を行い、力で押してくるタイプのベルフォルだ。


「ワォォォォ!」


 鳴き声を合図として、魔獣がとびかかってくる。鋭利な爪と野性味溢れる跳躍は動物のそれとは違い、相当の速度で放たれる。一般人からしたら脅威だ。

 だが、このパターンはベルフォルがやってくる予備動作からのよくある攻撃だ。山籠もり中も何度か見たことのある動きなので、素早く後ろの飛びのくことでこの攻撃を回避する。必然的に目標を失った爪は洞窟の地面を直撃。衝撃で岩盤が割れ、破片が辺りに散らばる。いつものことではあるものの、油断してあの攻撃に合わせるとこちらとしても危ない。威力を改めて目の当たりにし、同時に危機感も改めて高まる。

 ベルフォルはそのまま再度こちらを威嚇。こちらも迎え撃つ態勢をとる。

 しばらくそのままの膠着状態が続くが。


「ワォォォォ!」


 再度ベルフォルが襲いかかってくる。

 だが。

 今度は躱さず、飛びかかってきた最高速の魔獣の頭に合わせて、魔法で強化された突きを放つ。

 狙っていた頭は外れたものの、肉を断つ嫌な感覚とともに、魔剣の一撃は魔獣の体を貫く。血飛沫とともに断末魔のような悲鳴を上げ、魔獣がその場に倒れた。


「すまんね!」


 生命を奪う行為に対する若干の罪悪感からの言葉を口にしつつも、素早く魔剣を魔獣の体から抜き、間髪入れずに斬撃を放つ。魔法により強化された一撃で、いともたやすく魔獣の首と胴体が別れた。

 いくら魔獣といえど、ここまですれば絶命するが、念のため構えは解かない。


「…………」


 しばらくそのまま待ち、魔獣が動かないことを確認。安全が確保できたと判断し、魔剣の血を拭き取り、鞘に納める。


「ふぅー……よし」


 ベルフォルはそれほど長時間我慢ができる魔獣ではない、だから何もしないで膠着状態を作り出すと、焦れてきて、我慢の限界を迎えると飛びかかってくる。その時には予備動作も大きく攻撃の軌道も直線的でわかりやすいため、そこに合わせて一撃を繰り出すと倒すことができる。師匠から教えられ、実際師匠の監視下では何度か倒した魔獣だったが、初めて一人で討伐ができた。

 とりあえず、何とかなった。

 とんでもない魔力の魔獣でもいたらどうしようかと思ったが、ベルフォルであれば何度か相手をして倒している。今の自分の実力であれば、一対一はもちろん、二、三匹なら同時に相手しても勝てそうだ。魔獣としては色々なタイプがいて、他の魔獣と共生するようなものもいるが、ベルフォルは同じ魔獣同士で行動するため、おそらくこの後も、ベルフォルが出てくる可能性が高い。

 ならば、急いで行動するだけだ。

 警戒しつつも、先ほどまでより急いで歩を進める。

 そう進まないうちに、今度は開けた場所に出た。家で言えば大広間のような空間だろうか?全体像が見渡せないため、ランタンの出力を最大にして、周囲の様子を確認する。

 僕自身も先ほどの戦闘で気持ちが高ぶっていたのか、エトナを助けないといけない焦りからか、細かいところまで気が回らず、そこでようやくまた魔獣の唸り声が聞こえていたことに気づく。

 気づくと同時に、状況を把握する。

 あまり良くない状況を。

 あまりに良くない状況を。


「…………」


 周りにはベルフォルがいた。先ほどの個体と同じく警戒心をむき出しにしつつも、まだ威嚇をこちらに向けてきているだけだ。これだけなら先ほどと同じような状態ではあるが、今度は魔剣には手をかけず、そのままゆっくりと回れ右。

 そして。


「退却じゃあああああ!」


 六匹はさすがに無理よ、六匹は。


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