異世界生活271日目⑥
夜。
往々にして、悪い予感というのは当たるものだ。実際に統計をとったら、特に偏ったりしているわけではなく、こういう場面でとかく印象に残りやすいから、大体悪い予感が当たっている錯覚に陥るのだろう。
ある程度片付いていた事務所で夕食をとっている最中、ドンドンドン、と事務所の入り口の扉が激しくノックされた。
食事の手を止め、アルアリア、神龍さんと目を見合わせる。こんな時間に尋ねてくる客への心当たりのなさと、焦りを孕んだ激しい音を訝しむ。
「ごめんください!エトナはいますか!?」
連打されるノックと、必死な声でおおよその事情を察知し、急いで玄関に向かう。
扉を開けると、出迎えてくれたのはランドと一緒にいた男だった。息も絶え絶えで、表情には焦燥が色濃く滲む。
「どうしましたか?エトナちゃんがどうかしたんですか?」
「今日家に帰ってこないんです!色々聞いて回ったら、最近はこちらによく出入りしていると聞いて……。こちらにもいないですか?」
「今日は夕方に見たのが最後です。その後に家に帰るようなことを言っていましたが……」
心当たりと言えるものが無いでもないため、言い淀んででいると、それを不審に思ったのか、父親が追撃の質問をしてくる。
「何か知ってるんですか!?」
「……すみません、今度エトナちゃんが飛竜草を取りに行くと言っていたのですが、もしかしたら今日もう取りに行ったのかも……」
「飛竜草!?なんだってそんな……」
「それは申し訳ないです。僕達がうまく村に馴染んでいないのを見かねて、エトナちゃんが協力してくれるという話で……」
「そんな……!何もこんな時に行かなくても……」
「こんな時……何かあったんですか?」
父親が何かタイミングが問題なような言い回しをしているのが気になり、質問を挟む。
「それは……」
父親は後ろめたいことがあるのか、視線を逸らして言い淀む。しかしエトナの安否には変えられるはずもないのだろう、逡巡の後、観念したように口を開いた。
「……エトナが言っている場所のあたりで、魔獣の目撃情報があったんです」
「へ?でもギルドからの目撃情報は特に出てませんでしたけど……」
魔獣の目撃情報は、冒険者としての任務の基本中の基本だ。このため、魔獣の目撃情報は冒険者向けの情報としてすぐに公開・共有がなされている。
もしかしてこちらの見落としか、と思いが巡ったところで、父親が言葉を継ぐ。
「魔獣の目撃情報をギルドに報告をしてないからです……」
「…………」
頭では可能性の一つにすぐに行き当たる。
村全体での、冒険者に対するアレルギー反応。いやがらせなのかなんなのか、目的は分からないが、単純にギルドへの協力を拒んで、間接的に冒険者への協力も拒んでいる、ということなのだろう。
「冒険者に協力するのは嫌だから、ということですか?」
「……村にそういう考えのものがいるのは事実です」
父親は苦虫を噛み締めたような顔で返答する。自分はそういう考えではない、ということを暗に言っているのだろうが、同調している以上、その責任を逃れるというのも都合のいい話だ。本人もそのことは十分理解しているからこそ、こういった表情を浮かべているのだろうが。
「ただ、もちろん我々も対処できる範囲でそれ以外では――」
「あー、そっから先はもう大丈夫です」
父親の言葉を遮る。
父親の顔が拒絶を受けたためか、みるみる絶望に染まっていった。もしエトナが魔獣のねぐらに行っていたとして、解決の可能性が一番高いのは少なくとも村の中では冒険者である僕達だろう。
自警団があるといっても、あくまで自衛のための手段でしかない。積極的に魔獣の討伐に乗り出している冒険者とは存在意義も実力も違う存在だ。僕からの拒絶は問題の解決が振出に戻ったことを意味しているのだから落胆も当然だが、こちらが返答を遮った目的はそこではない。
「遮る形になってすみません。村の考えは置いておいて、まずやるべきはエトナちゃんの安否です」
「そんなことはもう既にやっています!」
「分かりました。焦るのは分かりますが、少し落ち着いて下さい。まずこちらも情報がなければ動きようがないです。状況の整理をさせてください。そもそも本当に村にはいないということで良いですか?」
「それは……恐らくいないと思います」
「確実ではないのなら、そちらをまず確実にしましょう。村のどこまで探してますか?」
「エトナの行きそうなところは、大体」
「村の人たちはどれくらいに声をかけてますか?」
「エトナの行きそうなところの友達の家にはいきました」
「一緒に探してくれているのは?」
「まだ確実ではないので私と妻の二人だけです」
「なら、取り合えず村の中をできるだけ協力してもらって調べてください。探し漏れがあるかもしれません。大体探し物って身近にあるもんですしね。何もなければそれで良い、という話ですので、すぐにやりましょう。あとは洞窟の場所を教えてもらえますか?」
「わ、分かりましたが……どうするつもりですか?」
父親が不安げに問うてくる。
師匠曰く、結局のところ冒険者の仕事というのは一つらしい。
民草の安寧を守ること。
笑顔を作る仕事ではなく、笑顔を保つ仕事であると。だから、おそらくこういう状況をなくす。それが本文なんだろう。
ゆえにできる限り落ち着き払い、泰然と構えて答える。
「そこは、専門家の仕事です」
【依頼:帰宅しない娘の捜索・保護 報酬:???アルフ 依頼者:エトナの父(お名前伺い漏れ)様】